10. 図書室にはまさかのまさかのアイツ
2学期が始まって、学校は文化祭の支度でどこも賑やかになってきた。
千利は文化祭の演奏に参加するので、毎日放課後には部活に行っている。
夏休みにほぼ毎日練習が聞こえてくるのでプログラムはもうだいたいわかってしまっている。
けれど音しか聞こえないから寸劇や振り付けまでは見えない。
だから楽しみはまだまだある。
それに、今までずっと、中学校の吹奏楽部時代も含めれば5年以上一緒に演奏してきた千利の晴れ姿を、ようやく自分の目で客席から見られる。
考えてみれば、5年も一緒に吹奏楽をやってきたのに、一度も客席から千利の演奏を聞いたことがなかった。
ずっと一緒に演奏してきたのだから当たり前といえば当たり前だけど、櫻子への片思いをも相談できた唯一の親友の演奏をゆっくり客席から聞くのはこれが初めてという事実。
それは私にとって不思議な感覚だった。
そして。
まだ本人を誘ってはいないけれど、楽しみにしていることがある。
千利の最後の舞台である文化祭の吹奏楽部のステージは、櫻子と一緒に鑑賞するつもりだ。
文化祭を櫻子と二人で一緒に回ると目立っちゃうから、有志のダンスや吹奏楽部のステージだけは隣同士の席で一緒に見る。
……でも、やっぱり櫻子と文化祭を一緒に回ってみたいなあ!
放課後、いつものように図書室へ向かう。
誰かいたら櫻子と文化祭の話は出来ないけれど。
今日は……げっ! よりにもよってミタがいる!
最悪だ! こう言うとミタのこと嫌いみたいに見えるけど。
嫌いではないけど今は苦手ではあるかな!
だって私の恋人のことをまだ追求してくるんだもん!
ミタが帰るまで迂闊に櫻子に近づけないよ。
まあ、ミタのことはもう4月に櫻子に話してあるから櫻子も上手くやってくれると信じてるけど!
というか、ミタも図書室で勉強するんだ!?
「ミタ。ミタも図書室で勉強するんだね。」
「部活引退したら親に、家で勉強しないんだから学校で勉強してから帰って来いって怒られちゃってさー。琴葉が図書室でずっと勉強してるって聞いたから、図書室なら勉強できると思って来てみたのー。放課後には藤枝先生もいるんだねー。」
「そ、そうなの。うん。藤枝先生はよくいるよ。私もよくここで勉強してる。」
頑張れ、頑張れ私。ペースを崩すな。
「国語のわからないところなら藤枝先生に質問できるし、図書室で勉強するのもいいねー。私もしばらく放課後は図書室で勉強しようっとー。」
ま、まじか。
うわーん! 図書室にミタがいるなら櫻子に会いに行けないよー!
もうこんな状況なら私も勉強して話しかけるなムードにしてやるー!
もう頑張って平静を保て私!
「お互い頑張ろう。私も勉強するから集中するね!」
出来るだけミタから離れて、かつ司書室に近い位置に陣取る。
しばらく宿題やセンター試験対策をこなして、さりげなく司書室を見る。
櫻子は櫻子で、仕事に集中しているみたい。
……もしかして、ミタが来たから警戒して司書室に籠ったのかな。
……ミタ。悪い子じゃないんだ。
おちゃらけてはいたし恋バナのことになるともういろんな人に迷惑をかけまくってはいたけれど。
恋バナへの執着さえなければ話しやすい子ではあるんだよね……。
でも恋バナへの執着からの迷惑さで全部台無しになってる。
ともかく。絶対にミタの前で怪しいそぶりは絶対にダメ。
ミタが帰るまでひたすら勉強!
そうだ! 勉強しろって言う神様からのお告げだと思って勉強する!
……そして。かれこれ。
ミタは結局。
閉館時間まで真面目に勉強していた!
閉館時刻ともなれば。
櫻子も司書室から出てくる。
「木々見さん。清永さん。もう帰りましょうね。戸締りの時間ですよ。」
「はあい。藤枝先生ー。図書室は集中できますねー。」
「まあ。木々見さん。そう言ってもらえると嬉しいわ。」
「親に勉強してから帰って来いって怒られちゃったんですよー。」
「まあ。そんな子たちのためにも図書室を開放しているのよ。だからこれからもどんどん来てね。」
櫻子。ミタにも優しい。そりゃあ先生から見れば私もミタも同じ生徒に過ぎないのは分かってるけれど。
「清永さん。早く帰りましょう? もう外は結構暗いわよ?」
櫻子の声は、2人っきりではないけれどそれでも優しくて、ドキドキしてしまう。
隣にミタがいるというのに!
「は、はい。すぐ片づけて帰ります。」
ちぇー。今日は櫻子とくっつきそびれた。それに文化祭のお話も出来なかった!
ミタが悪いわけではないけれど、やっぱりなー。
「清永さん。木々見さん。せっかくだから正門まで一緒に行きましょう?」
え? 櫻子? もしかしてミタをさりげなく先に帰そうってつもり?
図書室から正門まで櫻子と一緒に歩くのって、あの日、告白して恋人同士になった日以来だなあ。
「藤枝先生と一緒にですかー。」
「ええ。私は職員用玄関から出るから、清永さんと木々見さんは先に出てて?」
「はーい。」
「先生と一緒に帰るってなんか不思議ー。」
櫻子に促される通りに、私とミタは先に正門へ向かう。
「でさー、琴葉。結局琴葉の好きな人って誰なのさー。いないってことは無いでしょー?」
うーん! 安定のミタ!
「まあ、いるよ。それは否定しない。」
「でしょー! もういい加減教えてよー!」
「そうだねえ。」
うん。もうここでミタをある程度大人しくさせておく方がいいのかもしれない。
「約束する。卒業したらミタにも教えてあげる。」
「えー、そんなに待つのー!?」
「言ってももうあと半年でしょ! それまでは絶対秘密! いいね!」
「ぶー。それまでに絶対見つけ出してやるー!」
こんなのでミタが引っ込むとは思ってないけど、とりあえず『好きなひとがいる、いない』でミタに問い詰められることは減る……よね?
「うふふっ。追いつけたわ!」
櫻子!
「藤枝先生って、授業のときとそうじゃないときで全然雰囲気違いますねー。授業だと怖いのに授業じゃないとなんか、可愛いです。」
「あ、そっか。ミタも授業じゃない藤枝先生は初めてか。」
「琴葉は藤枝先生と仲良さそうだもんねー。」
「ま、まあね。」
「まあ。私。そんなにギャップがあると思われてるの? あまりにみんなに言われるのだけれど。」
「ありますよー! 藤枝先生、授業の時より可愛いですもの!」
「うーん。もう授業の時に厳しい顔するのやめてもいいのかしら……。ここ荒れた学校じゃないし。」
「やめていいと思いますよー。」
「あ、藤枝先生。そろそろ正門ですよ。」
ミタと3人で話していても、櫻子と一緒ならあっという間だな。
「あ! まずい!」
上手くいくかな。
「図書室に忘れ物した!」
本当は忘れ物なんてしてないけれど。
「藤枝先生。ごめんなさい。図書室……また開けてもらっていいですか? 歩かせてしまって、ごめんなさい。」
「全然構わないわ、清永さん。遅くなっちゃうから、木々見さんは先に帰ってちょうだい?」
「琴葉ー。何してるのー。それじゃ、さようならー。」
ミタは流石に素直に帰っていった。
ミタが見えなくなってほぼすぐに。
「……本当は忘れ物なんてしてないのでしょう? 琴葉?」
「……そうですよ。櫻子。どうしても、櫻子とお話したくて、嘘ついちゃいました。」
「……もう。真っ暗だから、手短に、ね。」
「じゃあ、2つ。今度の文化祭……吹奏楽部のステージと有志のダンス発表、2人で隣同士で見ませんか? 文化祭を2人で巡ると目立っちゃいますから、ステージ発表だけでも。」
「いいわね! じゃあ、私が席を取っておくから、琴葉は後からさりげなく来て? 場所はどこにする?」
「じゃあ、出入りしやすいように端っこ……千利が出演するからトランペット側……客席から見て左側の端っこにしていいですか?」
「わかったわ。じゃあ、あとは当日上手く合流しましょうね。いちゃいちゃは出来ないけれど、2人で行く最初で最後の文化祭ね!」
「はい! そしてもう一つ、ですね。……今日、ミタいたじゃないですか。あの子、これから勉強でよく図書室行くって言ってたから……しばらくこんな感じになりそうです……。」
「これからみんな受験で気合い入れる頃だから、もっと人は増えると思うわ。……まあ、図書室の先生としては喜ばないとね。……琴葉。」
「なんでしょう。」
「図書室ではもう、一緒に過ごせないと思うけれど。……私がお休みの日は、私の家で過ごしましょう? 勉強に集中できる環境を整えておくわ。」
「勉強に疲れたら、櫻子に甘えて癒してもらいますね。」
「そう言うと思ってたわ。私の家なら、誰にも邪魔されずに勉強も出来て、私にも甘えられるでしょう? ……甘えんぼの、琴葉。」
私の愛しい櫻子。櫻子と一緒に暮らすためにも、大学に合格しなくちゃ。
「授業じゃない藤枝先生は可愛いって言われてますけど。……藤枝先生の一番可愛い姿は私だけのものですよ……櫻子。……そろそろ、帰りますね。」
「ええ……気を付けて。文化祭、楽しみにしてるわ。」
「はい……さようなら。」
短い間だけれど、あの告白した日みたいに正門で恋人として過ごせたから、今日の私は満足です。
図書室で勉強した時間よりずっと短い時間しか櫻子と甘い時を過ごせなかったけれど、私はとても満ち足りていました。
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