11.2人で過ごす最初で最後の文化祭
今日はいよいよ文化祭1日目!
去年の文化祭は、ユーフォニアムのソロがきっかけで櫻子が好きだって、櫻子に恋しちゃったって気づいてからもう、何もかもがそれどころじゃなくなってしまっていた。
藤枝先生に恋しちゃったなんて誰にも言えなくて、告白しちゃったらもう普通の先生と生徒ではいられなくなっちゃうから怖くて告白なんて出来る気がしなかった。
でももう自分の
もうたまらず図書室の藤枝先生に会いに行って、そこで藤枝先生に迫られて、準備と覚悟をしてからだけれど告白をするって決意が出来た。
そうしてようやく吹っ切れて、私はソロを気持ちよく吹ききれた。
そして一番褒めて貰いたかった藤枝先生に褒めて貰えた。
実際に告白したのはそれからもう少し後の、2学期の終業式、12月だった。
あの文化祭から1年。
あの時、まだ私は藤枝先生に片思いしていて、告白する勇気も覚悟も持ち切れていなかった。
でも今。
私と藤枝先生は恋人同士で、2人きりなら藤枝先生ではなく櫻子と、恋人として名前を呼ぶ。
あの日、一年前の私は苦しくてどうしたらいいかわからなかった。
私は一年前の自分にエールを送る。
大丈夫。
あの時の私が覚悟して踏み出したから、今、私は
ありがとう。過去の私。
各クラスのステージ発表を鑑賞しながら、私は今までの歩みを追想していた。
明日はいよいよ吹奏楽部のステージ発表本番! 私は櫻子と最初で最後の文化祭!
美登もあやめも、今年は作品を出してなくて店番も無いみたい。
でも落ち着くから去年と同じように美術部・文芸部・手芸部の3部合同展示部屋でのんびりするんだって。
私はどうしようかな。
櫻子と文化祭を巡りたいけれど、流石にそんなわけにはいかないから、櫻子とステージ発表を見る以外は、一通り展示を見たら去年と一緒で3部合同展示部屋でのんびりしよう。
なんだかんだ、それが落ち着く。
そして翌日。
朝のホームルームが終わったら自由行動だ。
隣のクラスの千利にひと声掛けに行く。
「頑張って!」
「おう! 行ってくるわ!」
千利はこの文化祭が光北高校吹奏楽部・現役生としては最後の演奏だからね。
悔いのない演奏が出来るように、私も応援してるよ。
千利と別れたら、美登とあやめと一緒に文化祭を一通りは見て回るために歩き出した。
「1年生のクラス発表か。懐かしいな。」
私がそう言うと、
「懐かしいね。美術部だからって展示の看板描かされて、自分の美術部の制作もしなきゃいけないのに時間無くて、泣きながらやってたら吹奏楽部終わった琴葉が手伝ってくれたのは今でも覚えてるよ。」
と美登が言い出す。
とあやめが、
「ええ、そんなのあったの。」
「こういうときだけ美術部頼ってくるんだから……。せめて色塗りくらいはもっとみんな手伝ってくれても良かったと思うの!」
美登が愚痴り始めた。まあ確かにあの時はクラスメイトも酷かったなと今でも思う。
思い出話をしながら1年生のクラス展示(巨大イラストのパネルとか、ダンボール迷路とか、ムービー上映とか、面白いところでは謎解き脱出ゲームっぽいのもあった。)
一通り見て回ったところでいい時間になってきたので吹奏楽部とその前の筝曲部のステージを見に体育館へと動き始める。
着いたときには箏曲部が舞台上のセッティングをしているところだった。
そして舞台下手側の体育館出入り口近くには
「藤枝先生!」
「あら、貴女たち。クラスが離れても仲良しさんね。」
櫻子にそう言われてあやめは照れながら話す。
「えへへっ。藤枝先生もステージ見るんですか。」
「もちろんよ。去年も箏曲部と吹奏楽部と見せてもらって楽しかったから今年も見たいわ。貴女たちは吹奏楽部見に来たの?」
「はい。今年は千利ちゃんが文化祭で引退なので千利ちゃんの勇姿を見に来てます!」
美登が答える。美登も千利と1年生2年生と2回クラス同じだったし、この2人も結構仲良くなってたのね。
「ふふ。私はこのあたりで見るつもりだけれど良かったら貴女たちもご一緒にどう?」
「はい!」
「もー、琴葉。藤枝先生からのお誘いはすごくいい返事なんだからぁ。」
実はもう約束済みだけどね!
なーんて美登にもあやめにも今は言えない。
「あはははは。そんなに?」
「そんなにだよー。だーって去年の藤枝先生来た初日から文芸部の私のこと羨ましがってたのはどこのどなた様でしたっけ?」
「ちょ、あーやーめー!!!」
こんなとこでバラされるとは!
「もう、こ…清永さんったらそんなこと言ってたの?」
「言ってましたー。ねー。」
「私も覚えてますよー。」
「美登まで!」
全部事実だけど止めてくれ、顔が、顔がー!!
恥ずかしくて赤くなってくー!
「赤城さん、青葉さん。そのくらいにしてあげたら? もうこt……清永さん真っ赤になっちゃってるわよ?」
櫻子が助け舟を出してくれてる。本当に助けて。
「はーい。」
「はーい。」
美登とあやめが仲良く返事する。
ふと、櫻子がステージに目を向けるとステージはほとんど筝曲部のセッティングが出来上がっていた。
「あら。筝曲部の準備もそろそろ出来てきたみたいね。そろそろ席に着きましょうか。」
櫻子がそう言って通路から4番目の席に座り、櫻子の隣に私が座って、美登、あやめと続く。
予想外に美登とあやめにどぎまぎさせられたおかげで、櫻子の隣に座るだけなのにドキドキしてしまう。
私と櫻子の、最初で最後の、恋人として過ごす文化祭。
ざわざわしている間に筝曲部の準備が完了したようで、文化祭の全体を進行するアナウンスが筝曲部の発表を始めて行く。
「……準備が整ったようですね。筝曲部さん、よろしいですか?」
進行担当と思われる筝曲部の生徒にマイクが渡り、進行は筝曲部へと引き継がれる。
「ありがとうございます。私達は筝曲部です。」
筝曲部の生徒がアナウンスを始め、つづいて筝曲部の演奏が始まった。
小さい秋見つけた、ふるさと、と秋らしい童謡が2曲続いた後にアニメ映画の主題歌。
楽譜が出版されているのか部員が楽譜を作ったのか。
筝曲の楽譜事情には詳しくないので、私はそれが気になって仕方なかった。
筝曲部の本番が終わって、次はいよいよ吹奏楽部だ!
去年は私も舞台の上にいたなあ、と感慨にふけっていると舞台上の照明も減らされて体育館全体が薄暗くなった。
と、膝の上の私の手に櫻子が手を伸ばしてきて、そっと繋がれた。
目線だけで右側を見ても暗くて櫻子がどんな顔をしているのか見えない。
でも私はそっと櫻子の手を握り返す。
暗くなった体育館が、私と櫻子をみんなから隠してくれる。
暗闇にまぎれて、私と櫻子は2人になる。
吹奏楽部の手際の良さは私もよく知っているので、暗闇にまぎれて手を繋いでいられる時間はほんのわずかだ。
相変わらず体育館の舞台に乗り切れないくらい大所帯の吹奏楽部が、体育館の前の空間まで使ったセッティングを薄暗さの中で完了させていく。
セッティングされた席に吹奏楽部員たちが座り始めると、櫻子はすうっと手を離した。
まもなく舞台側の照明がつけられて体育館がぱっと明るくなった。
「こんにちは! 私達は吹奏楽部です!」
銀河ちゃんの明るくはきはきした声が体育館中に響き渡る。
頑張れ。楽しみだよ。
銀河ちゃん、日々喜ちゃん、そして千利。ついこの間まで一緒に演奏していた仲間たち。
指揮台に登る山城先生。
私はエールを込めて、精一杯の拍手を送った。
舞台上から客席を見渡す黒木銀河は、客席に先輩である清永琴葉、その隣に藤枝櫻子を見つけた。
ああ、琴葉先輩。藤枝先生。やっぱりそうなのですね。
一年生の時に、図書室の先生である藤枝先生に、私はどうしてか引き付けられて、貴女に会いたいがために、テスト期間の放課後は図書室に通っておりました。
でも、もう貴女は……。
琴葉先輩と貴女が一緒にいるのを見るたびに、私は満たされないような想いが湧いて、貴女に優しくされるたびに私は一人で舞い上がってしまいました。
ならば。
琴葉先輩にも、貴女にも、私はこの胸の内を封じ込めましょう。
……ああ。琴葉先輩。去年、そんな曲を演奏しましたよね。
―― だから私は 心を決めた
私は秘める 私の恋を
私は言わぬ 貴方が好きと ――
お幸せに。
水の底から王子様とお姫様の幸せを願う人魚姫のように、私は一人、貴女と琴葉先輩の幸せを、願います。
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