4. 新しい伝統は本と共に 中編

 櫻子と、銀河ちゃんと3人で、9類の書架に入る。

 かつて櫻子と一緒にコッペリアの資料を探した書架は7類で、分類も場所も違った。

 9類の書架と書架の間も狭く、まるであの時、櫻子と一緒に狭い7類の書架に入ったときのことを思わせる。

 しかし今日は、櫻子と2人っきりではない。ただでさえ狭い書架と書架の間に3人で入っているので、さらに狭く感じてしまう。

 ふと、私は去年のあの日のことを思い出す。まだ櫻子とお付き合いする前、櫻子と出会ったばかりのころ。

 図書室が暑くて、櫻子が上着だけ図書室に忘れていって。

 私が櫻子の上着を職員室に届けに行ったら、今度は自分が上着を図書室に忘れてしまって。

 そういえば今年はそんなに暑くないな。気候が涼しいのかな?

 あのときは書架と書架の間が狭くて、櫻子との距離がすごく近く感じてドキドキしてしまった。

 今は……ただでさえ狭い書架と書架の間に、銀河ちゃんも加えて3人でいる。

 狭いから櫻子とより近くなって、でも銀河ちゃんに悟られないように平静を保たなくてはいけない。

 こんなに近いのに2人きりじゃないなんて。

 銀河ちゃんは櫻子が本を探す手を見つめてるみたい。櫻子の手、白くて絹みたいで綺麗だよね。……渡さないよ。

 櫻子は時々本を手に取ると、さらっと中を確認しては書架に戻していく。

 中を見て吟味してるのかな?

 何冊かの本を選ぶと、櫻子が本を私達に見せてくれた。

「ここだと狭いから机で読みましょう?」

 櫻子がそう促してくれたので、私達は書架と書架の間を抜けて、閲覧席の椅子に座った。

 私としては、書架と書架の間の狭い空間で櫻子を近くに感じていたかったけれど、このドキドキを銀河ちゃんに悟られないように我慢するのは辛くもあったので、残念なような、ほっとしたような、どちらとも言えない気分である。

「今、本文をさっと見ながら何冊か選んでみたわ。去年のコッペリアに比べれば、本の数は多いわね。その分、選ぶのに悩んだわ。事前知識無しでもすらすら読める本を選んだつもりよ。」

 櫻子が机に出してくれた何冊かの本はどれも読みやすくて、挿絵もたくさん入っていた。

「去年は和泉先輩がまとめて、みんなの前でお話をしていましたけれど、今年はみんなにも休憩がてらとかに本を読んでもらいたいので、本は多いと助かります。」

「黒木さん、どうしてみんなにも読んでもらいたいの?」

「なんていうのでしょう……受け身じゃなくて自分で考えて欲しいというか。合奏の時も自分からって感じじゃなくて、先生から言われてそう吹いてるだけって感じがするんです。もっとみんな自分の考えを持ってほしい、みんなで部活を作りたいと、私は思うんです!」

 ご立派! 千利は自分でぐいぐい引っ張る(そして抱え込んでしんどくなる)タイプだったけれど、銀河ちゃんは本当にみんなで部活をやろうとしてるんだね。

 ……私も、去年あの「水辺に願いを」と、コンクールで櫻子に本を選んでもらった「コッペリア」以外はそこまで真剣に自分で考えて吹いてなかったような。

「わわっ、すごく立派なこころざしが返ってきた。すごいや銀河ちゃん。……でも、それってすごく大変じゃない?」

「黒木さん、すごくいい考え方だと思うわ。コンクール以外でも、いえ、吹奏楽部の外でも、その考え方を大切にして。これからも、誰かと何かを作り上げることは、大学でも社会でも、何度でも出てくるから。」

 櫻子はやっぱり先生で大人だなあ。あれれ、なんと当たり前のことを言ってるんだろう。……最近、恋人として甘えてきたり、キスして私を蕩けさせちゃったりする櫻子のほうが可愛くて印象に残っちゃってるのかな?

 でも、こうして優しく教えてる櫻子も大好き! 授業のちょっと怖い櫻子も、もちろん。

「藤枝先生、ありがとうございます。」

「きっと、黒木さんの思うようにはすぐに上手くいかないと思う。みんながみんな、黒木さんみたいな熱意や余裕があるわけではないから。ただ本を渡すだけじゃなくて、黒木さんはみんなにどうしてほしいか、しっかり伝えてあげるのも大切だと思うわ。これは先生じゃなくて、個人的なアドバイスね。ふふふ、いろんな人がいるもの。大人になったら、いいえちょっと違うわね、いろんな経験をしていけば、私の言ってることがわかると思う。」

「私も相談に乗るよ。千利に言いづらいこととか、そういうのは私の方がいいんじゃないかな。もちろん、そこは千利にも秘密にするし。」

「私ももっと力になりたいわ。部活のことでも、それ以外のことでも言ってちょうだいな。2年生の先生じゃないとか、気にしないで。私は図書室の先生でもあるから。図書室に来る子を手助けするのは何にもおかしなことじゃないもの。」

 櫻子、あかえもんみたい。キャラというか方向性は違うけど。

「お二人とも、ありがとうございます。」

「今日できるのはこれくらいかな。貸し出し手続きをするわ。貸し出しカードを持ってカウンターに来てちょうだい。」

「はい。」

 3人でカウンターに向かう。

「お願いします。」

 銀河ちゃんがカードを櫻子に渡して、櫻子が貸し出し処理をしていく。貸し出し処理を終えた本を櫻子が重ねて、カードと一緒に銀河ちゃんに渡す。

「はい、どうぞ。」

「ありがとうございます。」

 本を渡す櫻子の手と、本を受け取る銀河ちゃんの手が一瞬触れる。

 ……銀河ちゃん、ちょっと嬉しそうに見えるのは気のせいかな。いやいや、好きな題材の本だって聞いてるし櫻子は綺麗だからね! しょうがないよね!

「では、そろそろ戻ります。みんな練習してるので。ありがとうございました。」

「うふふ、2人とも頑張り過ぎないようにね。またいらっしゃいな。」 


 その夜。櫻子から秘密のメールアドレスでこんなメッセージが来た。

『今日の黒木さんの件なんだけど、本を選ぶの手伝ってくれる?』

『もちろんです。お昼休みですか?』

『貴女はしばらく部活があるわよね。お昼休みにしましょう。』

『はい。明日のお昼休みに図書室行きます。』


 黒木銀河は他の吹奏楽部員が帰った後、借りてきた本を読みながら思っている。

「やっぱり琴葉先輩の想い人って藤枝先生としか思えない。だって先輩、そういう顔して藤枝先生を見つめてたから。あんなに笑って、ちょっとだけ顔も赤くて。そんな顔、部活では一回も見たことないですよ。……藤枝先生ももしかして? 先輩のこと好き? 藤枝先生、綺麗で優しいから先輩が羨ましいです。授業でも藤枝先生と一緒なんて羨ましいなあ。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る