3. 新しい伝統は本と共に 前編

 ゴールデンウィーク中の定期演奏会が終わり、(新生)光北高校吹奏楽部は1年生を迎えて、夏のコンクールに向けて動き出した。

 銀河ちゃんは千利から部長の座を受け継いで、一生懸命部活を引っ張っていってくれている。

 ある日、私は新しい部長となった銀河ちゃんに相談された。

「琴葉先輩、少し手伝っていただきたいことがあるのですが。」

「いいよ、なあに?」

「それはですね……。」

 というわけで、私は銀河ちゃんと図書室に向かっている。

 少し時間をさかのぼって。

「去年、コッペリアを演奏した時、和泉先輩が曲の説明をみんなの前でしてくれたじゃないですか。あれを今年もやろうって話になって。和泉先輩に相談したら、『元々の言い出しは私だけど、実際に本を探してくれたのは琴葉の手柄だから琴葉に聞いてくれ。』とのことで。ということで、部活の時間に申し訳ないですけれど、図書室に一緒に来ていただいていいでしょうか。」

「なるほどね。うん。1年生のめいちゃんは日々喜ちゃんが面倒見てくれそうだし。何なら、今からでもいいよ。」

「ありがとうございます。では、さっそく行きましょうか。」

 時間を今に戻して。

「琴葉先輩、図書室の藤枝先生と仲良いですよね。」

「ま、まあね。」

「去年、2学期の中間テスト対策で、図書室でよく琴葉先輩と藤枝先生と会いましたけど、なんだかそんな感じがして。」

「そ、そうなの。」

「和泉先輩から、本探してくれたのは琴葉先輩と聞いてすごく納得しましたもの。あの本も藤枝先生が出してくれたって聞いて。和泉先輩、琴葉先輩が図書室によく行ってるから本探しをお願いした、も言ってましたね。」

「千利、ほとんど全部喋ってるじゃないの。まあ、あれがきっかけで藤枝先生と仲良くなれたし千利には感謝してるよ。」

「せんぱーい。やっぱり藤枝先生と仲良しじゃないですかー。」

「もうー。先輩をからかわないの!」

「はあい。」

「銀河ちゃん、クールビューティーに見えてそういうとこあるんだね。」

「みんなが勝手にそう思ってるだけだと思いますよ。本当は私だって琴葉先輩の想い人、気になってましたもの。」

「え、えー! 銀河ちゃんが!?」

「先輩! 声大きいです! 目立ちます!」

「う、うん。ごめん。」

 その想い人、今となっては……私の恋人に今から会いに行くんだよ! こんな状況でそんな話されたらそりゃびっくりするよ!

「先輩、図書室に着きましたよ。」

「う、うん。じゃあ、入ろうか。」

 落ち着こうと深呼吸をする。銀河ちゃんの話が話だっただけにまだそわそわしてるけれど、ずっと慌てているわけにはいかない。

 銀河ちゃんが図書室の扉を開けてくれて、それに続いて私も入室する。

 と、ふわりと愛しい香りを感じる。声を聴くよりも前に。あのラベンダーの練り香水の香りに重なる、彼女そのものの優しい香り。

 櫻子。

「外から清永さんの声がしたから見に来てみたら、やっぱり、ね。お久しぶり、黒木さん。」

「お久しぶりです。藤枝先生。琴葉先輩の声を覚えてるんですね、流石です。」

「ふふ、1年も教えていれば覚えるわよ。黒木さんだって友達の声は覚えてるでしょ?」

「そうですね。吹奏楽部のメンバーは大体聞いたらわかりますね。」

「でしょ? そんなに特別なことじゃないわ。私に御用があったら、いつでも話しかけてね。」

「はい、それでは今からよろしいでしょうか。」

「まあ。黒木さん。」

「昨年、琴葉先輩が吹奏楽コンクールで演奏する曲についての本を藤枝先生に探してもらってたと聞きまして。今年もそれをやろうとしてて、こうして琴葉先輩と一緒に図書室に来たんです。」

「あらぁ! 嬉しいわ! また吹奏楽部のお役に立てるなんて! 今年は何を演奏するの? 清永さんはコンクール出るの?」

「今年はシェヘラザードですね。リムスキー・コルサコフの。」

「私はコンクールに出て引退のつもりですね。文化祭は客席から楽しもうと思ってます。」

「シェヘラザード、アラビアン・ナイトの語り役、というところまでは予習してきました。」

「銀河ちゃんは抜かりがないね。」

 こんなところでさりげなく櫻子に出来る子アピールとは! 本人にそんな意図があるかわかんないし、櫻子は私の恋人だから、私がここであたふたする理由なんてないけど!

「まあ。黒木さん、正解よ。清永さんはコンクールが最後の舞台なのね?」

「はい、といっても、アラビアン・ナイトを小学校の頃に児童書で読んだことがあってそれでぼんやりシェヘラザードって名前を覚えてただけなんですけどね。映画のアラジンが好きなので。」

「それなら文化祭の希望でアラジンメドレー出してみたら? あ、脱線しそう。そうです。んーでも、まだ悩んでますね! 演奏する機会もあまりもう無いけれど、一回くらいはみんなの演奏を客席で見てみたいってのもありますし!」

「来年には実写版が公開されますからね! やるなら今年かもです! ……おっと。映画の原作を読んでみたくなってアラビアン・ナイトを借りて読んでみたことがあるんです。元のお話は映画とだいぶ違いましたけどね……。」

「そうそう! 趣味は出したもん勝ちだよ! ……さて。ごめんなさい。私のせいですね。本題に戻りましょう。」

「うふふふ、清永さん、お気遣いありがとう。脱線も楽しいものよ? 私の授業だって、たまに脱線してるでしょう?」

 やった、櫻子に褒めてもらえた! 櫻子は私の恋人だって自信はあるけど、やっぱり褒めてもらえると嬉しい!

「黒木さん、アラジンが好きなのね。それならシェヘラザードは吹いていて楽しいかもしれないわ。」

「小さいときからアラジンが大好きなんです。曲もアラジンもカッコよくて! シェヘラザードはまだ一回しか合奏してないのでよくわかんないですね……。譜読みもしきれてないですし。」

「ふふ、大好きなお話のもとになったお話、と考えれば楽しいと思うわ! さて。シェヘラザードは黒木さんの知っている通り、アラビアン・ナイトの語り手の女性ね。うーん、シェヘラザードそのものねぇ。ちょっとこれは難しいかなぁ。アラビアン・ナイトも黒木さんは読んだことがあるみたいだし。仕方ないわね。」

「藤枝先生?」

 銀河ちゃんが心配そうに首をかしげる。

「これは先生の宿題にさせてくれる? 近いうちに清永さん経由でまた本を教えてあげるわ。清永さんのほうがよく会うもの。」

「そうですね。藤枝先生は琴葉先輩のほうがすぐ話ができますよね。わかりました!」

「アラビアン・ナイトの本なら、貸し出しされてなければ9類の棚にあるから欲しいなら借りていってね。アラブの文化や歴史なら2類の棚かな。そうそう。部活動向け貸し出しカードのことは知ってる?」

「琴葉先輩から教えてもらいました。」

「うふふ、清永さんはしっかり教えてくれたのね。その調子で、他の部活動にも図書室の利用が広がるといいんだけどなあ。」

 実は貸し出しカードのことは話の流れで教えただけだけど、それでも櫻子に褒められると嬉しい!

「もちろんしっかり教えましたよ! うーん、運動部だとどんな本借りるんだろ?」

「ふふふ、清永さんのおかげで図書室がまた一つお役に立てたわ。今度の目標は運動部へのサービス提案、かな。」

「藤枝先生、まるで営業みたいですね。」

「黒木さん、清永さんも。図書室の先生としての私の役割は、生徒への読書推進と学習の手助け、そして居場所としての図書室の実現、他にもあるけどみんなに深く関わってくるのはこのあたりかな。どの本を読むか、いつ読むか、そもそも読むか読まないか、決めるのはみんなだけれど。私はみんなが本を読んで楽しいと、成長出来ると、もっと本を読みたいと、そんなふうに思えるようにするのが仕事なの。だから、チャンスがあれば積極的に仕掛けるわ。部活動への貸し出しを始めたのも、少しでも本や図書室を身近に思って欲しかったからなのよ。結果として、こうして吹奏楽部は部活動としても利用が根付いてくれたから、私の施策は1つ成功したと言えるわ!」

 この部活動への本の貸し出し、櫻子はそんなに思い入れあったの! 初めて聞いた!

「この部活動貸し出し、吹奏楽部は琴葉先輩が元祖ですね。そんなに藤枝先生が力を入れてくださるなら、来年も今の一年生に教えてみようかと思います!」

「ふふ、私も吹奏楽部の卒業生だからちょっと力が入っちゃうのはあるわね。でも、黒木さんがそう言ってくれるのは嬉しいわ! これからもよろしくね。」

「はい! よろしくお願いします!」

「なんか、私が吹奏楽部に図書室を紹介したみたいになってますね。」

「実際、一番最初にやったのは和泉先輩と琴葉先輩ですよ。私は先輩の真似をしただけですので。それでは、アラビアン・ナイトの一番早く読めそうな本を借りていきます。」

「自分で選ぶ? 私が選書する?」

「あ、ではせっかくですので選書をお願いします。シェヘラザードについてはお願いした通りですので……」

「黒木さんはアラビアン・ナイトを読んだことがあっても他のメンバーは読んだことがない子もいるでしょう。出来るだけサクッと読めて雰囲気が伝わるものを選ぶわ。ふふ、それでは9類の棚と2類の棚に行きましょうか。」

 櫻子は私の方に一瞬だけ手を伸ばそうとしたように見えた。でもその手はすぐに戻されていた。

 櫻子について私達は書架に向かった。

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