2. 光北高校吹奏楽部定期演奏会、開演直前にて

※櫻子視点です。


「定演?」

「はい、今回私が目立つところはもうありませんけど、良かったら見に来てください!」

「日付はゴールデンウィーク中のこどもの日ね。見に行くわ!」


 そして、こどもの日。お昼過ぎ。

 私は光北市市民ホールに来ている。

 琴葉から光北高校吹奏楽部の定期演奏会に招待されたからだ。

 もちろん、琴葉がよく見えるように、上手かみて側の席を確保して座っている。

 今回、琴葉のソロは無く後輩がソロをやるとのことで、もう琴葉も3年生か、と思ってしまう。

 私もかつて、光北高校吹奏楽部の一員としてバスクラリネットを吹いていた。

 琴葉とはよく吹奏楽の話もする。

 琴葉の話を聞いていると、昔も今も変わらないことも多いんだなと感じさせられる。

 狭い楽器庫の中で部内カップルがいちゃいちゃしてるのに出会でくわして気まずかった、という話は私の頃にもあって、私もそういうカップルを見たことがある。そのカップルは結局ゴタゴタの末に別れて今はそれぞれどうしてるのかしらね。

 ただ、今となっては私と琴葉も気を付けないとそんなバカップルの同類になりかねない。私と琴葉だって、図書室で2人で過ごしているときに誰かに入って来られたら同じだもの。

 それを琴葉に言ったら、顔を真っ赤にして首をぶんぶん振りながら「あんなのといっしょにしないでええええ」って。

 そんな琴葉はすごく可愛かった。可愛かったのだけれども。

 そうなの琴葉。冷静に客観視すれば私達も図書室でいちゃいちゃしてるバカップルなの。しかも先生と生徒で。

 そもそも私達は人目を忍んででしか寄り添えないけれど、もし、そんな枷が無かったら?

 思い出してみなさい。クリスマスのあの初めてのデートを。

 琴葉もだけど、私も浮かれていた。大人気おとなげないくらい。

 琴葉が可愛くて、琴葉と結ばれたことが嬉しくて。ずっと学校で抑えていた思いが溢れてきて。

 きっと琴葉もそうだと思う。

 だから琴葉、図書室でのいちゃいちゃはそろそろ控えましょうね……。私も辛いけれど……。

 という話を琴葉にいつしようかしら……と考えていたらぼーっとしていたのかしら。

「藤枝先生!」

 と呼び掛けられてハッとした。

「あら……赤城さんに青葉さんね。新しいクラスはどう?」

 赤城美登さんと青葉あやめさん。去年は琴葉と同じクラスだった子たちね。青葉さんは文芸部だから話す機会も多かったかな。

「私はまあぼちぼちですけれど、美登が心配ですね。宿題終わった?」

「それ先生の前で聞くとかあやめは鬼なの?」

「赤城さん、もうゴールデンウィークほとんど終わりよ?」

「やーめーてーくーだーさーいー」

「あらあら。2人も清永さんに誘われて来たの?」

「はい! 私はクラス離れてしまいましたけど琴葉に誘ってもらったので!」

「去年、琴葉経由で千利ちゃんとも仲良くなったんで。……2人"も"ってことは藤枝先生も琴葉から?」

「ええそうなの。赤城さん鋭いわね。去年の文化祭のときに清永さんから誘われて聴きに行って、また今回も誘ってくれたのよ。」

「藤枝先生、琴葉に好かれてますからねー。去年、藤枝先生の初めての授業のあとで琴葉が文芸部に入りたがってましたもん。私が文芸部おいでよって言ったら結構悩んでましたね。」

「あったねーそんなこと。」

「そんなことがあったの。私の初めての授業の日、か。清永さん、文芸部に行こうとしてたの!」

 やっぱり、初めて会ったあの日から、貴女は私のこと、少なくとも気になってたのね。図書室に積極的に来てたのも、きっと。……一目惚れ、だったのかしら。可愛い琴葉。

「藤枝先生の笑顔! 先生って授業で全然笑わないから、こんなに嬉しそうに笑ってるのは珍しいです!」

「あ、美登は本当に授業でしか藤枝先生に会わないのか。藤枝先生、授業じゃないときは結構笑ってくれるよ? ……でもこんなに満面の笑顔は初めて見たな。」

「うふふふふ。そうね。授業の時に笑わないのは、意図的にしてるの。ナメられないように。でも、そろそろやめてもいいのかな。」

「もっと笑いましょうよー。藤枝先生は美人ですもの、もったいない。美登もそう思うでしょ?」

「うん。先生もったいない。」

「んー。もう何年もこのスタイルだから、ちょっと変なテンションになっちゃうかも。」

「授業でも笑ってくれるの、楽しみにしてますよ!」

 赤城さん、青葉さん、気持ちは嬉しいけれど、明るく授業するのはちょっと難しいかな。

 だって、そうやって自分を抑えていないと、琴葉に微笑んでしまうから。

 琴葉への気持ちが、授業中でも溢れてきてしまうから。

 琴葉だけへの微笑みを隠して、私はみんなの前に立つの。

「また先生、嬉しそうな顔しながらぼーっとしてるね。」

「先生、オフの日だと印象全然違うんだね。」

「文芸部でもここまでふわーってしてないよ。たまにしかいらっしゃらないけど。」

 あらいやだ。そんなにぼーっとしてたかしら。

「まあ。赤城さんにそこまで言われるということは、よっぽどギャップがあるみたいね、私。」

「あります。絶対あります。」

 そのとき。館内に短いメロディと放送が響き渡る。

『まもなく開演です。ロビーにおいでの方はご着席ください。』

「それじゃあ、私達はそろそろ行きますね。」

「行ってらっしゃい。」

 赤城さんと青葉さんを見送って、携帯の電源を切る。

 琴葉の演奏会を聞きに来ているとはいえ、少し緩み過ぎたかな。

 赤城さんと青葉さん、琴葉と仲がいいみたいだし、気を付けないといけないわね。

 一息ついているうちに、開演を知らせるブザーがブーと鳴った。

 いよいよね。ソロなんてなくても、私には貴女琴葉が誰より素敵に見えるでしょう。

 


 終演後。何処かの喫茶店にて。

「琴葉、わざわざ藤枝先生を誘ってたってことだよね。」

「そうなるよね。」

「藤枝先生も琴葉を気に入ってるっぽいよね。」

「うん、私もそう思う。」

 しばしの思考の末、美登とあやめは頷きあった。

 あの2人、仲良すぎ。

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