Ex. 琴葉と素敵な誕生日

!!注意!!

 本編には、前作「恋を知らない女子高生は女教師に恋をした」全編のネタバレを含みます。

 ご了承の上、お読みください。

 ネタバレが嫌だという方は、ブラウザバックの上で前作をお読みいただいてから戻ってきてくださいませ。


 櫻子の誕生日記念のエピソードです。櫻子視点です。


 4月12日。私の誕生日。今日で30歳になった。

 同い年の友達の何人かは、誕生日が来るのがむしろ嫌になったという子もいる。

 私はそこまではまだ思わない。

 それよりも、この時期は年度初めでとても忙しく、自分ですらも誕生日であることを忘れていることがよくある。

 昨年は異動も重なったので新しい学校職場に慣れることや生徒たちの顔を覚えるのに必死過ぎて、誕生日を思い出したのはもはや月末近く、目の前にはゴールデンウィークという有様であった。

 そんな私が、今日誕生日であることを覚えている理由なんて、一つしかない。

 琴葉が昨日、メールで聞いてきてくれたからだ。

『櫻子、明日は早く帰れそうですか?』

『明日? 明日は会議があるから遅くなりそうね。うちに来るなら別の日はどう?』

『どのくらい遅くなりそうですか? 明日は櫻子の誕生日だから、一緒に過ごしたいです。』

『そうだったわ! 明日誕生日だったわね。祝ってくれてありがとう! 会議の後にすぐに帰れればいいけれど、帰れなかったら琴葉が待ちぼうけになっちゃいそう。最悪帰れないか、帰れても7時とかで、少しだけ会って琴葉に帰ってもらうことになっちゃうかもしれないけれど、いい?』

『大丈夫です。8時くらいまでは櫻子の家の近くで待ってます。ちょっとしたものですけど、プレゼントもあります。』

『出来るだけ帰れるように頑張るわね。楽しみだわ!』

『私も楽しみです! では、そろそろおやすみなさいませ。』

 会議はなんとか18時半頃に終わって、今は電車で大急ぎで家に向かっている。

 琴葉。私の生徒にして、可愛い恋人。同じ巳年。

 干支が同じということは12歳の差があるのだけれど、そんなことはどうでもいい。

 去年の今頃に琴葉と初めて会って、琴葉は私の顔をじっと見てきたっけ。

 あの頃は、まさか告白されて恋人になるなんて、思ってもいなかった。

 琴葉はよく図書室に来てくれて、私と過ごしてくれた。

 昨年の文化祭の前には、ソロをやるから見て欲しいって言ってきたり、そう言ってきたのに文化祭の本番前日には悩んでいて全然元気がなくて、私が渇を入れたらその場では答えを出さずにいたけれど本番当日では素敵な演奏を聞かせてくれて。

 きっとあの時の悩みは、私に告白をするかどうか、だったのね。

 琴葉は図書室で、思い悩む姿も、一生懸命勉強する姿も、いろんな姿を見せてくれた。

 そんなひたむきな琴葉に、私は少しずつ惹かれていたみたいで、琴葉が悩んでいるときは私も辛くて、琴葉が笑顔でいると私も幸せで、琴葉が何かやり遂げたとき、例えば文化祭のソロやテストで良い成績を取れたとか、そんなときは私もすごく嬉しかった。

 ある日、琴葉が図書室での私の仕事に興味を持ってくれて、ブッカー貼りを教えてあげることになったことがあった。

 その時、私は琴葉に触れたくて、つい琴葉の手を取ってしまった。

 琴葉が私の使っている練り香水の香りが好きだと聞いて、私は琴葉の手に練り香水を塗ってあげた。正直、役得だった。

 練り香水を塗られている琴葉はうっとりしていて幸せそうだったけれど、私も幸せで溢れそうだった。

 やっと、琴葉に触れられる。

 先生として、教え子に恋をするなんて許されないこと。

 そう思っていたけれど、練り香水を塗るために琴葉の手に触れたとき、私の中で何かが解き放たれてしまった。

 私は、琴葉が好き。

 お揃いの練り香水を纏ってお揃いの香りがわかるくらいお互いに近づいたとき、私はもう我慢できなくなってしまっていた。

 私の香水を纏う琴葉。それはなんだか、琴葉が私のものになったみたいで、付き合ってもいないのに私の心は激しくドキドキと昂ぶっていた。

 たとえ許されない恋だとしても、私は琴葉と一緒にいたい。

 だから、私から告白は出来なくても、琴葉から告白してくれたなら。

 琴葉となら、きっとうまくいく。

 そして終業式のあの日。琴葉が私へ告白してくれて、晴れて私達は結ばれた。

 誰もいない図書室でキスをして。琴葉のファーストキスが私だなんて、こんなに素敵なことなんて他に何も思いつかない。

 クリスマスの初めてのデートでお揃いのネックレスを琴葉と買って毎日2人で着けている。光北高校は制服を着崩す子がほとんどで、大人しい子でもカッターシャツのボタンの上の方が開いていることは多い(まあ苦しいのはよく分かる)。

 それでも琴葉はカッターシャツのボタンを上まで閉じている。そんな琴葉だから、カッターシャツの下にお揃いのネックレスをつけていても誰も気づかない。

 私のネックレスは皆から見えるけれど、琴葉のネックレスを知っているのは私だけ。

 クリスマスのデートといえば、私が先生と呼ばないでって怒っちゃって、やっと琴葉が私を『櫻子』と呼んでくれたわね。

 琴葉はどんどん私を魅了していって、私は理性の瀬戸際に立たされている。それでも琴葉に『藤枝先生』と呼ばれると、私は先生であることが憎らしくなってきてしまう。

 せめて、琴葉が卒業するまでは。そう思っているのに、はち切れそうになってしまう。

 せめて、学校の外では。恋人として名前を呼んで。

 やっと『櫻子』と名前を呼んでくれたとき、私は先生でありながら琴葉の恋人という在り方になれた。

 バレンタインで初めてのおうちデート、引っ越しも手伝ってもらっちゃって、琴葉と一緒に買い出ししてチョコフォンデュ! 琴葉が卒業して同棲が叶ったら、きっと毎日こんなに幸せなんだと、私は琴葉との未来に向けてまた頑張ろうと思えた。

 春休みのおうちデートで、宿題をやりに来た琴葉とケンカしちゃったこともあったわね。私が年上だから、先生だからって琴葉に甘えないようにしてたし、琴葉を子ども扱いしていた。琴葉はそれが不満だったみたいで、泣いてしまった私を、宿題を放り出して涙を拭いて抱きしめてキスしてくれた。

 そもそもの予定の宿題を邪魔してしまったから先生としては良くないのだけれど、琴葉の不満に気づくことができて、恋人としてはまた一つ前に進めたかなと思っている。

 今日も、先生としては早く帰りなさいと言うべきところだけれど、恋人として誕生日を一緒に過ごしたいという琴葉の思いを無碍には出来ない。

 だから、琴葉。もうすぐよ。

 7時少し前。

『あと5分くらいで鵜山駅に着くわ!』

『わかりました! 改札に向かいますね!』

 電車を降りて改札に向かうと、その向こうには愛しい恋人の姿。制服の上から薄いウィンドブレーカーを羽織っている。

「お待たせ! ごめんなさい。遅くなってしまって。」

「私が待ちたくて待ってたのでいいんです。ケーキ、買ってありますよ! 鵜山駅の近くのケーキ屋さんなので櫻子は食べたことがあるかもしれませんが……。」

「まあ! 貴女のお誕生日で、しっかりお返ししないとね。うち、行きましょ?」

 琴葉と手を繋いで自宅のマンションに向かう。

 年上年下だとか、先生と生徒だとか、もう私達には関係ない。

 琴葉が私の教え子であるうちは道を誤らないように私が導いていくけれど、その先は2人で歩んでいくのだから。

「お誕生日おめでとう! あーん……」

 琴葉の言うとおり、ケーキそのものは一人で買って食べたことがあるケーキだったけれど、琴葉に食べさせてもらうケーキはそれよりも甘くて優しくてとろけそうで。

「ありがとう。琴葉。こんなに素敵な誕生日は初めてよ。」

 ケーキの最後のひと口を食べて、舌の上にクリームが残ったまま琴葉にキスをして。

 琴葉の舌をクリームまみれにしちゃったわ。

 うふふ、私からのお返し、どうだったかしら?

 でも、クリームなんて無くても、琴葉の唇は柔らかくて甘いから。

「……美味しかったです。櫻子からのクリーム。」

 クリームの不意討ちを受けた琴葉は苺みたいに真っ赤で目は溶けたクリームみたいにとろんとしてて、もう琴葉を食べちゃいたい!

 一緒に居られた時間は長くなかったけれど、そんなの忘れちゃうくらい甘くて濃厚なひとときを愛しい恋人からもらえた誕生日は、今まで過ごしたどの誕生日よりも特別で素敵な日になりました。



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