✏️やってしまった!

 やってしまった!

 Gペンでモアイ像を生み出した。

 その重みに耐えきれず地面が抜け、下の階に落下。

 そして女性の悲鳴。


 「………」


 マヤは、ぽっかりと開いた地面の穴から、恐る恐る下の階を覗いた。

 モアイ像の頭しか見えない。


 「お〜これは派手にやってしまったな」


 顔のすぐ近くからラミの呑気な声が聞こえた。

 気付くと、小猿姿のラミがマヤの肩に乗っている。

 マヤは、ぶるぶると震えながらラミに尋ねた。


 「………ねえ、これ、現実?」

 「当たり前だろ」


 マヤの顔がさっと青くなる。

 借り部屋の床を破壊してしまった。

 しかも王宮。

 最悪だ。

 想像もしたくないが、もしも人がモアイ像の下敷きになっていたらどうしようか。

 マヤは殺人犯である。


 (と…とにかく、まずは確認しよう)


 マヤは急いで部屋を飛び出すと、階段を降りて下の階へ向かった。

 モアイ像が落下した部屋の前に着くと、人だかりが出来ていた。


 「喧しい音がしたと思ったらなんだこりゃ」

 「どこから出てきたんだ? この岩」

 「おい! なんか女の子が倒れてるぞ!」


 (大惨事になってる!)

 マヤは人だかりの中を無理矢理押し除け、部屋の中へ入った。

 天井に穴が空き、目の前には大きなモアイ像。


 「ひぃぃぃ」


 マヤは思わずうめき声を上げた。

 辺りを確認する。

 部屋のあちこちにフィギュアのようなものが転がっていた。

 あるものは潰れ、あるものはバラバラに崩れている。


 (私のせいだ……)


 さらに周囲を見渡すと、


 「あっ」


 赤髪の女の子が、顔を紫色にして倒れていた。

 マヤは慌てて女の子の前にしゃがみ込み、頭を抱きかかえた。


 「あの、大丈夫ですか⁈」


 女の子は「ううう」と呻くと、気を失ったまま苦しそうに呟いた。


 「………人面の…岩………」


 モアイ像のことだろう。

 マヤは女の子が無事なことにひとまずほっとした後、ガクガクと肩を揺らした。


 「…あの、誰か下敷きになったりとかは………」

 「お兄ちゃん…圧死……」


 (お兄ちゃん圧死いいいい⁈)


 誰かが下敷きになってしまったことが判明した。


 (どどどどうしよう! もう手遅れだろうけど、モアイ像をどかさなきゃ………)


 「…うう…レッドベリーお兄ちゃん……無念の死…。勇者様にやられたその日に……圧死…」


 (あの人だあーー!!)


 昼間に戦った竜使いの青年だろう。

 マヤは「ひぃん」と泣きべそをかきながら、立ち上がった。

 モアイ像に手をかけ、必死に押した。 

 しかし、マヤのひ弱な筋力でモアイ像が動くことはない。


 「おいおい、何やってんだよ」


 肩の上のラミが言った。


 「人が、人が潰されちゃったの!」

 「仕方ねえよ、これは不慮の事故だ。それより後ろを見ろ。おっさんどもがお前のこと不思議そうに見てるぜ」

 「そんなのどうでも良いよ…助けなきゃ…」


 マヤがボロボロと泣きながら、微動だにしないモアイ像を押していると、背後から聞き覚えのある少年の声がした。


 「おや、これはこれは。大きな音が響いたと思ったら、どういう状況ですか?」


 マヤが涙で腫らした顔を声の方へ向けると、水髪の魔法使い・アイルが佇んでいた。

 「…あ、あの…あのあの……竜使いの男の人が…潰されちゃって……」

 「レッドベリーの事ですね」


 アイルはモアイ像へ目をやった。


 「これは…」


 アイルは目を丸くしてつぶやくと、モアイ像に近づき、その岩肌をそっと撫でた。

 すると、アイルはほんのりと頬を赤くして、興奮混じりの声で呟いた。


 「ほうーー素晴らしい。高度な創造魔法だ。これは勇者様がやったのですか?」

 「……はい」


 マヤが頷くと、アイルは密かに口元に微笑を浮かべ「へえ」と呟いた。

 マヤはシクシクと泣きながら、項垂れた。


 「…本当に、本当にごめんなさい! 人の命を奪った以上謝ってもどうにもならないと思うけど…。あ、切腹します!」


 アイルが首を傾げる。


 「…セップク? なんですかそれ? …まあいいや、その様子だと彼を狙ってわざとやった訳ではないようですね」


 パニック状態のマヤはコクコクと頷いた。

 アイルは、マヤの前にやってくるとマヤの手首をぐいと引っ張った。

 耳元で優しく囁く。


 「大丈夫ですよ。彼はそんな柔なやつではありません」

 「………え?」


 ボカアアアアン!


 とモアイ像の方から爆発音。


 (なに⁈)


 マヤが慌てて振り返ると、大きな青色の魔法陣が広がっていた。


 「…なにこれ…」

 「防御陣です、奥をご覧なさい」


 マヤは、目を凝らして魔法陣の隙間からその奥を見た。

 すると、あの巨大なモアイ像が跡形もなくなっていた。代わりに周囲には石ころのようなものが転がっている。


 (モアイ像のーー破片⁈)


 魔法陣が消えた。

 するとモアイ像があった地点に、ゆらりと人影のようなものが揺らめいた。


 「あ……」


 負のオーラをまとったそれは、やけに輝く炎のような眼光をマヤに向けていた。


 (この人…)


 マヤの顔に、生気が戻った。


 (レッドベリーさん! 無事だった……!)


 しかし、様子がおかしかった。

 幽鬼のような青い顔を、頭から流れる血が真っ赤に染め、血走った赤眼はギラギラと異様に光っている。

 表情は硬く動かない。

 その視線はマヤを捉えて離さなかった。

 マヤは、レッドベリーの前に行くと頭を深く下げた。


 「…本当にごめんなさい…!」

 「………」


 レッドベリーはマヤの謝罪に応えずゾッとするような冷たい顔で押し黙っている。

 マヤは彼が自分に怒るのは当然のことだと思い、申し訳なさそうにポケットからハンカチを取り出すと、レッドベリーの顔の前にやった。


 「……あの、血が…」


 次の瞬間、

 マヤの手をパシッ! と勢いよくレッドベリーが叩いた。

 ハンカチがひらりと舞う。


 「触るな」

 「……っ……」


 冷たく言い放たれ、立ち尽くすマヤ。

 レッドベリーは腰にさしてあるサーベルをスラリと抜いた。


 「お前を…殺す」

 「…ええ⁈」


 レッドベリーの殺害宣言に、マヤは思わず後ずさった。


 (やっぱり相当怒ってる……当たり前だよね…)


 背後で事の次第を見守っていた野次馬たちが固唾を呑んだ。

 レッドベリーはサーベルの切先をマヤの鼻に合わせると、一言。 


 「死ね」


 サーベルが振り上げられ、物凄いスピードでマヤの頭目掛けて降ろされた。


 「ひんっ」


 咄嗟に目を背ける。


 カキーンッ!


 と剣と剣がぶつかる音。

 マヤが恐る恐る目を開ける。

 レッドベリーのサーベルを、アイルが短剣で受け止めていた。


 「アイルさん…!」


 アイルは短剣を振るとレッドベリーの剣を払った。

 レッドベリーが剣を降ろす。


 「アイル…構うな」

 「構いますよ。だめじゃないですか勇者様を奇襲するなんて」

 「先に奇襲してきたのはその小娘だ!」

 「彼女はわざとやったわけではないそうですよ」


 アイルとレッドベリーの間に沈黙が走る。

 マヤがどうして良いか分からず、二人の顔を交互に見ていた。

 すると耳元から、ラミの小声が聞こえてきた。


 「マヤ、決闘だ」

 「決闘?」


 「決闘」という言葉をつい繰り返す。

 すると、アイルとレッドベリーがばっとマヤの顔を見た。


 (わっ…しまった…大きな声で言っちゃった……)


 「なるほど決闘ですか」


 と、アイル。


 「あっいや、これは違って……」


 慌ててマヤが言葉を取り消そうとすると、今度はレッドベリーが「くくく」と低く笑った。


 「面白い。ここで一方的に殺してしまってもつまらないからな」

 「いえあの………」


 マヤが何か言う前に、アイルが片手でパーを作り二人の前に差し出した。


 「五日後でどうです?」

 (…あ、話がどんどん進んでく…どうしよう……)


 アイルの提案にレッドベリーが首を傾げた。

 「五日後? 明日……いや今からでも良いのだぞ」


 アイルがニコリと笑った。


 「そんなことしたら死んじゃいますよ」

 「死ぬ?」

 「ええ、貴方が…」


 アイルの言葉に、レッドベリーの血相が変わった。


 「どういう意味だ」

 「まだ勇者様は大胆な魔法しか使えないようですから、五日後までに僕が彼女に魔法を伝授して差し上げるのです」

 「………ふん、まあ良い。いずれにせよ五日後に、俺が、小娘を殺す。それだけだ」


 アイルはふふ、と微笑すると、


 「では五日後、楽しみにしていますね」

 

と楽しげに笑った。

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