✏️レッドベリーの怒り

 「あの忌わしい小娘が…。絶対に殺す…」


 レッドベリー・デイスは怒りと屈辱に燃えていた。

 突然我々の前に姿を現し、勇者として囃し立てられていた少女。

 名はマヤと言ったか、阿呆のような名前である。

 あのいかにも臆病そうな小娘が赤竜を倒しただと?

 おまけに大量の魔力を有している?

 小動物のようにビクビクと震え、小さくうずくまるマヤの姿を思い出し、レッドベリーはふっと嘲笑った。


 (…あり得ない)


 なんだかの手段を講じて姫様を誑かしたに決まっている。

 なんと浅ましいことか。


 「俺の竜とて、きっと何か小賢しい方法で倒したんだ。でないとやられる訳がなかろう。それに今日の俺は本調子ではなかった」


 レッドベリーはぶつぶつと怨みつらみを呟きながら、自室で粘土を練っていた。

 レッドベリー・デイスは竜使いである。

 先祖代々の異能力で、既存の竜を好きなように改造する事が可能であった。

 竜であればミニ型のフィギュアのような形にして所持しておくことも出来る。

 レッドベリーはこの能力で王国の騎士に成り上がったのだ。

 レッドベリーは、マヤへ報復する為に、より強力な竜を作ろうと模索していた。

 まずは粘土で竜の造形を決める。


 「上出来なのができそうだ…」


 ニヤリ、と怪しく笑う。

 どすん、どすん、

 と天井の方から物音が聞こえた。


 「ああそうだ…」


 思い出した。

 そう言えば、忌まわしい小娘が泊まる部屋は、丁度レッドベリーの研究室の真上の部屋なのである。

 偶然であった。

 レッドベリーは、マヤの顔を思い出しちっと舌打ちを打った。


***


 「お兄ちゃん、今日もお疲れ様」


 背後から可愛らしい声。

 振り向くと、レッドベリーの妹・アイリスが盆に茶菓子を乗せて立っていた。


 「そこに置いてくれ」


 レッドベリーは無愛想にそれだけ言うと、また粘土作りに没頭していた。

 アイリスは、夢中で机に向かうレッドベリーに溜息をついた。


 「昼のこと、聞いたよお兄ちゃん」


 ピクリとレッドベリーの手が止まる。


 「勇者様が現れて、お兄ちゃんの竜をほぼ一撃で倒したんだってね」

 「…………」

 「お兄ちゃんの竜を倒すくらいなんだから、きっとこの国を救ってくれるわ」 

 「…………」


 無視して粘土を練り続ける兄の背中を、アイリスは心配そうに見つめた。


 「…だから、あんまり気を落とすことないと思うわ、ね、お兄ちゃ…」

 「うるさい!」


 レッドベリーの突然の大声に、アイリスの肩がびくっと跳ねた。

 レッドベリーはアイリスの方へ振り返ると、鬼のような形相で自分の妹を睨んだ。


 「沢山の者が見ている前で……王の御前で…あの小娘は、忌まわしい手段で、俺を陥れたんだ………奴が勇者だと? 笑わせるな」

 「お兄ちゃん…」


 今までに見たことの無いような兄の苦悶の表情に、アイリスは胸を痛めた。

 アイリスは、兄の乱れた心に土足で踏み込んでしまったことに気づき後悔した。

 レッドベリーは作業を止め立ち上がると、アイリスの方へ向き直った。  

 そして、爪が食い込んで血が滲むほど強く拳を握り、断言した。


 「俺は強い。俺の作った竜も強い。従って真っ向勝負であんな小娘に負けるのは有り得ない。今後も、金輪際、誰にも負けないんだ! 悪魔だって俺が倒しーーー」


 ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!


 レッドベリーが言い終える前に、アイリスの目の前で耳をつんざくような爆発音が響いた。

 と同時に、地面が大きく揺れ視界が塞がった。 


 「きゃあ!」


 アイリスは何が起こったのかも分からないまま、後方に倒れ込んだ。


 「何…?」


 慌てて体を起こすと、目の前に信じられない光景が広がっていた。

 今まで兄が立っていた場所に大きな岩の壁のようなものが出現していたのだ。


 「えっ…ちょっ…お兄ちゃんんんんんんんんんんんんんんん?!?!」


 パニック状態になりながら見上げると、天井にぽっかりと大きな穴が空いていた。


 (……上の階から、落ちてきた…?)


 岩の断面をよく見ると凹凸があり、それは面長な人の顔のように見えた。


 「お兄ちゃんが…人面岩に潰された……これは、きっと…夢…………」


 アイリスはショックで気を失い、ふらりと倒れ込んだ。

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