✏️モアイ像

「やっと一人になれたあ…」


 マヤはベッドに転がり込んだ。

 羽毛布団がふかふかしていて気持ち良い。

 御前でドラゴンを倒した一件のあと、マヤは、正式にこの国の勇者に就任した。

 その後、豪華な晩餐を頂きながら、王や家臣から質問攻めにあった。

 出身地、両親、生い立ち、魔法はどこで覚えたのか…などなど。

 マヤは、小学生の時に描いたファンタジー漫画のヒロインの設定を咄嗟に口にし、質問を凌いだ。

 その後だだっ広いこの部屋に通された。

 今日から七日間、悪魔を倒すまでマヤ専用の部屋になるようだ。

 室内にはベットや机や椅子がポツン、ポツン、と配置されているだけだが、そのどれもに煌びやかな装飾が施されている。


(お姫様のお部屋みたい…。いや、妖精さんかな…)


 そんな事を考えていた。

 ベッドに仰向けに寝転がりながら、ポケットからGペンを取り出した。

 今日一日で二匹のドラゴンを退治した時の事を思い出した。

 遠くからGペンでドラゴンを薙いだ感触が、まだ手に残る。


 「……それにしても、このペン何なんだろう」

 「女神様がお前に授けた魔法のGペンさ」


 マヤの呟きに答えるように、男の声が頭に響いた。


 「天の声さん⁈」


 はっと体を起こし、辺りを見渡す。

 高級な家具が目に入るだけで、人の気配はない。


 「…どうしてお顔を見せないの…」


 しゅんとするマヤ。


 すると背後からまた、例の声が聞こえた。


 「いるぞ、ここに」

 「え?」


 クルリと上半身を背後に向ける。

 見えるのはベッドの派手な背もたれだけ。


 「どこ…?」

 「ここだよここ」


 じっと声のする方を見つめる。

 が、声の主の姿が見えない。

 どういうことだろう、と不思議に思いながら何気なく視線を下の方に移す。

 途端、マヤの疲れきった瞳に光が宿った。


 「え⁈ お猿さんだ!」


 マヤが座るベッドの上に一匹の小さな子猿の姿があった。

 人間に調教された猿だろうか。

 二本足で立っている。

 猿が口を開いた。


 「俺はラミ。可憐な美天使。動物でも人でも好きな姿に変身できる。まあよろし……」


 猿が言い終わる前にマヤの手が伸びた。


 「わ! なんだ?!」


 マヤは猿を抱き上げると、その顔に頬擦りをした。


 「可愛い〜〜〜」

 「おい! やめろ!」


 強く抱きかかえられ、子猿の抵抗虚しく小さな体は動かない。


 「お猿さん、大好き」


 マヤは動物の中でも猿が大好きだった。猿を見たいがために自宅から遠い動物園に通うほどだ。

 猿は懸命に体を捻り、スポッとマヤの手から抜けると、マヤの顔にキックをかました。


 「ふぎゃっ」


 ポスっとベッドの上で尻餅をつくマヤ。

 対して華麗に着地する子猿。


 「おい! 俺は高貴な大天使様なんだぞ! 雑に扱うな!」

 「お、お猿さんが喋った…」


 マヤは丸い目をパチクリと瞬かせた。


 「いいか、俺は猿じゃない! ラミ! 高貴な天使! よく見とけ」


 その場でピョーンと飛び跳ねた。

 ボフン!と小さな爆発音を立てて煙が舞い、マヤの視界が閉ざされる。


 「けほっ…なにこれぇ…」


 モクモクと湧く煙。

 それが徐々に薄まり、視界が開けてくると、マヤの前方に大きな影が浮かんだ。

 見上げると、見知らぬ美青年がベッドの上に仁王立ちをしていた。


 (……え?! だれ?)


 年齢は二十歳くらいだろうか。

 可憐な銀髪が月光に照らされて輝いており、真っ白なタキシードで身を包んでいる。

 その上品な佇まいから、王子様のように見えた。


 「これが俺の真の姿。今日から女神様の言いつけにより、お前の使い魔をさせてもらうぞ」


 マヤは、ラミと名乗る青年の言葉に目をキラキラと輝かせた。


 「わあ、猿の王子様が使い魔…⁈」


 さすがファンタジーの世界! 

 とマヤは胸を躍らせた。

 しかし、一方のラミはさも機嫌悪そうに眉を顰め、マヤの額にデコピンをかました。


 「きゃうっ」

 「おい、よーく覚えておけ。俺は猿じゃねえし、王子でもじゃねえ、天使だ」


 ラミは猿の姿に戻ると、自己紹介を兼ねて、話始めた。


 曰く。

 ラミは天界でも女神様の信頼が最も厚い上級天使。

 今回、マヤが異世界に転移するに伴って、マヤの使い魔を任された。

 動物でも人でも、哺乳類ならばどんな姿にでも変身できるという能力を持つ。

 ちなみに異世界では、女神様の助言で、マヤが大好きな猿の姿を基本として生活することになっている。


 「へえ、じゃあやっぱり今まで起きた事は夢じゃなくて現実なんだね。ドラゴンを倒した事も、女神様とお話ししたことも」

 「ああ。女神様から受けた御神託はちゃんと覚えているか?」

 「えっと、私はこの世界で、最高の漫画を描き上げないといけないんだよね。じゃないと元の世界に帰してもらえない」

 「そうだ」


 マヤはベッドから降りると窓の前に立ち、夜風に涼みながらGペンを握った。


 「…それにしても、このGペンは一体何?」


 マヤの質問に、ラミは「ふ、ふ、ふ」と不敵な笑みを溢した。


 「それはな、我が偉大なる女神様がお前に送った、〈魔法のGペン〉だ」

 「なんかすごい!」

 「だろ? 描いたものが実体化でき、頭の中で浮かべたことは何でも実現できる。超絶便利な魔法道具だ。注意点は、魔力を消費することと、物体を生み出した場合は、十日以内に消失してしまうこと。まあ、これはどれだけ精密に描いたかによって変わるがな」


 マヤの表情が無邪気に明るくなった。


 「描いたものが生み出せるって本当?」 

 「ああ、試しに何か描いてみろ。宙でペンを走らせるんだ」

 「…うん」


 マヤはGペンを強く握り締めると、何もない宙に、一筋の線を引いた。

 すると不思議なことに、黒い直線がマヤの目の前に浮かんだ。


「わ、すごい…」


 マヤは、夢中でペンを走らせた。

 何もないところに、真黒な線が引かれていく。

 線と線は繋がり、やがて何かの形を成した。

 気付くと立派な人の顔…ではなく、モアイ像の絵が出来上がっていた。


 「いや何でモアイ⁈」


 すかさずツッコむラミ。


 「この間描いたばっかりで、手が覚えていたの。それで、これをどうすれば良いの?」


 「実際のモアイ像をイメージして、ペンを一振りしろ。そんで、モアイ像! って叫ぶんだ」


 コクリと頷く。


 (えーと、えーと…)


 目を瞑り、石でできた巨大なモアイ像を頭に思い浮かべる。

 面長な人面、石のゴツゴツ感、重み…。

 重みを絵で上手く表現できてない気がしたので、急遽線を描き足す。

 そして、再度目を瞑りモアイ像を夢想した。


 ーーよし。


 Gペンを上に向けて、勢いよく振る。


 「モアイ像!」


 刹那ーー


 ドカアアアアアアン!


 と大きな物が落下する。


 「うきゃあっ」


 マヤは目の前で何が起きたのかも分からぬまた、反射的に背後に飛びのいた。

 背中を床に叩きつける。


 「いてて…」


 背中をさすりながら、ゆるりと上半身を起こした。


 (な、なに…?)


 前方に目を向ける。

 するとマヤの目に信じられない光景が映り込んだ。

 大きな岩の壁ーーいや、モアイ像が出現していたのだ。

 その全長はマヤの身長を優に超えていて、この部屋の高い天井にぎりぎりつくかつかないくらいだ。


 「うそ………すごい」


 マヤが驚愕していると、モアイ像が佇む床の方から、ミリミリと小さな地割れのような音がした。


 (え…)


 恐ろしい予感がして、床に目を凝らした。


 ミリミリ…ミリミリ…


 (こ、これは……)


 モアイ像の重さに床が耐えかねた。

 地割れが起きる。


 「えっ…これ抜け落ちるのでは…」


 割れ目は徐々に広まっていきーー。


 「おい! 危険だ離れろ!」


 ラミが慌てたように哮り叫んだ。


 「は、離れるったってどこに…」

 「……えーとそれはーーー」


 どかあああああああああん

 真夜中の城。

 豪快に床が抜ける音が、鳴り響いた。

 

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