✏️ドラゴンのお腹に穴

 (どうしよう、どうしよう、どうしようぅぅぅ)

 マヤは耳を塞ぎ蹲りながら、目の前で蠢く巨大なドラゴンに、視線を向けた。


 (うわー、怖い…怖いけど……超かっこいい!)


 恐怖を感じながらも、マヤの目は爛々と輝いている。


 うおおおおおおん


 ドラゴンがけたたましく嘶いた。


 (すごい! かっこいい! かっこいい! 描きたい!)


 マヤは、恐怖心を忘れた。

 自然と、背中のリュックの方へ手が伸びていく。

 お絵描き用のタブレットを取り出す。

 その場にしゃがみこみ、お絵描きアプリを開くと、付属のペンでドラゴンを写生し始めた。

 この状況において、恐怖よりも絵描き欲求が勝ったのだ。

 マヤはホクホクと頬を赤くしながら、絵に集中する。

 こうなると周りが見えない。

 マヤの奇怪な行動に、兵士たちがざわつく。

 レッドベリーは、うん? と小首を傾げた。

 「あいつ、何やってんだ?」

 ひたすら絵に没頭するマヤ。

 すると突然、マヤの脳内に、若い男性の声が響いた。


 「うおおおい! 何やってんだボケ!」

 「うひっ」


 マヤは、驚きのあまり思わず尻餅をついた。


 「誰ですか、絵、描いてるんですっ」

 「それどころじゃないだろ!あのドラゴンと戦うんだろ⁈」


 男性の声にはっとする。


 「そうだった! 私は、私は、そうーー」


 マヤは、ポケットから〈魔法のGペン〉を取り出し、己の顔の前でそれを力強く握りしめた。


 「……ドラゴンを倒すんだ」


 そう言ったところで、マヤは小さく「ううう」と唸った。


 「でも使い方よく分からないしなあ」


 前方から、レッドベリーの叫び声が聞こえた。


 「おい! お前何もしないならこっちからいくぞ!」


 どすん、どすん、ドラゴンの足が迫ってきた。

 マヤは焦った。


 「まずい…」


 男性の声が脳内に響く。


 「ペンで戦うのだ! さっきみたいに!」

 「分かった、やってみる! 天の声さん!」


 マヤはゆるりと立ち上がると、ドラゴンの方へキッと視線を向けた。

 周囲の家来たちが騒ついた。

 遠くから、ロザリーの甲高い声援も聞こえる。


 (立ってみたは良いものの…)


 少し思案して、森で赤いドラゴンを倒した時のことを思い出す。


 (そうそう、このペンを縦に振ったんだよね。精一杯の殺意を込めて)


 Gペンのペン先をドラゴンの方へ向けた。

 どっどっどっと心臓が激しく波打っている。


 (よし…私も漫画の主人公になったつもりで!)


 ドラゴンがドスドスドスも大きな足音を立ててマヤの方へ駆けてきた。


 (うわあ怖っ! でも……)


 「頑張る!」


 マヤは、ドラゴンの頭から股目掛けて、一直線に線を引いた。


 (真っ二つになれ!)


 マヤが引いた線に呼応して、ドラゴンの体に一直線の傷口が現れ、ぶしゃあああと真っ赤な鮮血が舞った。


(成功!)


周囲がどっと歓声を挙げる。


「何だあの魔法⁈」

「おお、あのレッドベリー様の竜に傷を付けるとは!」

「あの娘何者だ⁈」


 家来たちの声などマヤの耳には入っていない。

 ドラゴンの胴で広がった傷口をじっと眺めていた。

 心の中で、森の赤竜を倒した時の光景を夢想する。


 (だめだ…さっきと比べて傷が浅いみたい…どうしよう)


 ドラゴンは、体を捻り回して悶えていた。

 が、レッドベリーが操り、すぐにマヤの元へ駆けた。


 今度は先ほどよりも速度が早い。


 (どうしよう、どうしよう……傷を付けるだけじゃ倒せない……。どうすれば良いの…⁈ えっと、えっと…)


 マヤの頭に、ピコーンと天啓が降りる。


 「そうだ!」


 マヤは、再度Gペンを強く握りしめると、ドラゴンの腹へ向けた。


 (上手くいくか分からないけど…やってみよう!)


 手を精一杯に動かし、円を描いた。

 ドラゴンがすぐ目の前まで迫ったその時、大きな声で叫んだ。


 「穴空いて!」


 刹那、ドラゴンの腹が抉れ、ぽっかりと巨大な洞が開いた。


 (成功…!)


 大量の血が噴き出る。

 マヤの方にも雨のように降り注いだ。


 「わっ」


 マヤが体を背けたその時、何者かがマヤの腹を抱え、背後に飛びのいた。

 すたり、と颯爽に後方へ着地。

 マヤが大量の血を被ることが防がれる。


 (だ、だれ…?)


 自分を抱える人物の顔を見上げた。


 「あ……」


 水色の美しい髪、中世的な顔立ちに穏やかな笑みーーー魔法使いアイルだ。


 「感服いたしましたよ、勇者様」


 ーー勇者様。


 彼は初めてマヤをそう呼んだ。

 ポカーンとするマヤに、アイルが前方を確認するよう指で促す。

 マヤは、ドラゴンの方を見た。

 腹にぽっかりと穴が空いていて、白目を剥いている。

 その巨体からはすっかり生気が無くなっていた。


 (……死んでる)


 一目で分かった。

 ドラゴンの死骸は、数秒そこで踏みとどまった後、どすーーんと喧しい音を立てて、背中から崩れ落ちた。

 広間の一部分が鮮血で染まっている。

 大広間に、沈黙が走った。

 その場にいる全員の目が、斃れたドラゴンと、幼く小さなマヤに、釘付けになっていたが、

 次の瞬間ーー。


 「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおあおおおおお」」」


 男たちの喝采が上がった。


 「レッドベリー様の竜を倒した!」

 「なんという力だ!!」

 「勇者様の到来だあああああ」


 (わあ)


 突然周囲から上がった男達のむさ苦しい叫び声に、マヤは思わず耳を塞いだ。

 それからしばらくの間、城内では、「勇者様、勇者様、勇者様………」という掛け声が続いたのであった。


***


 ドラゴンを瞬殺したマヤに広間中が湧く中、レッドベリーが、鬼のような忌々しい顔でマヤを睨みつけていた。


 (…俺の竜があんなガキにやられるはずがない…。絶対に何かズルをしやがったんだ…)


 ボソリと呟く。


 「…俺が直接手を下してやる」

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