✏️預言者

 百年前のお話。

悪虐非道の限りを尽くした暴君がいました。

 世界中の国々に攻め行っては侵略し、蹂躙し、人々を殺戮します。

 世界中の国々が寄ってたかって、彼の国を滅ぼそうと戦いを挑みますが、不可能でした。

 なぜならば、その国には八人の最強の防人がいたからです。

 ですがある日のことです。

 八人の防人の一人が国を裏切り、反乱を起こします。

 その隙を狙って、世界中の国々がかの国へ攻め入りました。

 結果、彼の国は滅び、世界が平和になりました。


***


 「……と言う歴史があるのだけど……勇者様、どうしてそんなに目を輝かせているの?」


 昔話を語り終えたロザリーは、キラキラと目を輝かすマヤに尋ねた。


 「…八人の防人ってなんかかっこいいですっ! 漫画みたい…」

 「…かっこいい、かあ。なんか変わってるね、マヤちゃん」

 「そ、そうでしょうか…」


 小首を傾げるマヤに、ロザリーがふっと笑った。


 「それでね、この話には続きがあって、八人の護り人はまだ生きてるのよ」

 「ええ?! 百年も前なのにですか!」

 マヤの幼い瞳が再びピコンと輝き出す。

 「そう。各国の牢で、厳重に閉じ込められているわ。私の国の地下牢にも、そのうちの一人が繋がれているの」

 「す、すごい………」

 「で…拘束されている彼らには特殊能力があるの」

 「特殊能力?」

 「うちの国の彼は【預言者ハルヒ】。未来のことを予知できるのよ。それでね、ここからが重要」


 真剣な表情でマヤを見据えるロザリーに、マヤも緊張した面持ちで、ごくりと一つ、唾を呑み込んだ。


 「彼が先日預言したの。『悪魔が国を滅ぼすだろう』と。

 「…え⁈ 大変じゃないですか!」

 「いいえ」


 首を横に振るロザリー。


 「でもね、この預言には続きがあるの…………『勇者が現れ必ずや悪魔を退治するだろう』とね」

 「勇者!」


 ファンタジーの単語に、マヤの目がパアアと輝き出す。


 「そうよ」


 ロザリーはマヤの手をぎゅっと握った。


 「それが貴女よ!」

 「えー⁈」


 マヤはギョッと目を剥いた。


 「ええ、あの赤竜を一発で倒し、規格外の魔力を備えているのよ。こんな強い人、勇者でないはずがない!」

 「………でも私…」


 この世界の人間じゃないし……という言葉が喉まででかかったが、ギリギリのところで止める。

 馬車が止まり、外から馭者の声が聴こえた。


 「姫様、お城に到着いたしました」


***


 馬車を降りると、目の前に西欧風の大きな城が佇んでいた。

 その圧巻の風景にマヤは息を呑んだ。


 「すごい…綺麗…」

 「勇者様、行きましょう」

 「は、はい」


 (私、もう完全に勇者として扱われている!)


 ロザリーの期待に満ちた瞳を向けられ、マヤは何だか落ち着かなかった。

 門番が城の巨大な扉を開く。

 豪奢な城内をしばらく進んで、いきなり御前に通された。

 大きな広間で、中央の奥には高い背もたれの玉座が構えてある。

 そこには優雅な老人が座していた。

 ロザリーは、マヤの手を掴み老人の方へ駆け寄った。


 「お父様! ただいま戻りました!」

 「お帰りロザリー。してその子供は何だね?」


 大きな瞳を、マヤの方にギョロリと向ける。


 (わあ、オーラというか圧がすごい! お姫様のお父さんだから、きっと王様だよね)


 なぜマヤが王の御前に通されたのか。

 理由は一つしかないだろう。

 ロザリーはマヤの肩を抱くと、王の前へズイとやった。


 「やっと見つけましたの! 勇者様!」

 「………勇者?」


 王の眉がぴくりと動く。


 「ええ、この子が七日後に現れるという悪魔を、きっと退治してくださいますわ!」

 「……………」


 王は答えずに、マヤを真剣な表情でじっと凝視した。

 あまりの圧にぶるりと肩が震えたが、マヤは目を逸らさなかった。


 (…こ、これが、お伽噺の世界の本物の王様! 絵に描きたい!)


 王が、大きな口を開いた。


 「こんな子供に悪魔を倒せるとは到底思えん。どうしてまた……」

 「この子はあの赤竜を一発で仕留めましたの。それに、この世の者とは思えないほどの強大な魔力を有していますのよ! ね、アイル」


 横で静かにしていたアイルに、ロザリーが同意を求める。

 王がアイルの方へ顔を向けた。


 「アイルよ、ロザリーが言っていることは本当かね」


 アイルは穏やかな表情で王の前に進み出ると、慇懃に跪いた。


 「ええ、赤竜を倒したところは目撃しておりませんが、彼女が大量の魔力を有しているのは本当でございます」

「ふむ」


 王はパチクリと目を見開き、顎を撫でた。

 王が何か言おうとしたその時、広間全体に若い男の声が響いた。


 「王よ、お待ち下さい!」


 そう言って家来の中から御前に進み出てきた青年がいた。

 炎のように赤い髪に、赤眼。

 官帽を被り、軍服をまとった精悍な青年だ。

 厳しい表情で王を仰ぐ。


 「姫様の仰ることが、信じられません。このような幼児が、悪魔を倒せるわけがございません」


 青年は強く言い放つと、今度はマヤの方へそのギラギラと輝く眼光を向けた。

 その視線の鋭さにマヤの体が固まった。


 「貴様、王に近づきたいがために、姫様をたぶらかしたのだろう。浅ましい」


 (たぶらかしてなんかないよ…)


 この世界に来て初めて人から向けられた敵意にマヤが困惑していると、王が「かかか」と快活に笑った。


 「落ち着けレッドベリー。ワシは何も言うとらんぞ。ただ、大量の魔力を有していることをアイルが認めたのだ。興味はある。悪魔を倒してくれるのならば歓迎したいがな」


 レッドベリーが言った。


 「では、彼女の力を今から試すのはどうでしょうか」


 王がニヤリと笑う。


 「なるほど、名案だ。どう試す?」

 「竜を召喚させます。彼女と闘わせましょう」

 (え…竜と戦う⁈)


 トントン拍子に進んでいく話に、マヤが異論を挟む隙はなかった。

 異世界に転移させられたその日に2度もドラゴンと戦わせられるとは。

 レッドベリーは、マヤに向かって言った。


 「おい小娘。着いてこい。決闘場へ案内する」

「……えっ…今からですか……?」


 せめて〈魔法のGペン〉とやらの使い方を天の声さんにしっかりと教えてもらってからにしてもらいたいが、どうやらその暇はないらしい。


 (どうしよう…)


 王が「レッドベリー」と呼び止めた。

 ニヤリと笑う。


 「いや、ここで始めなさい。私も見たいからのう」


 「は⁈ いやしかし…」


 すかさずレッドベリーが異論を唱えようとすると、王はその強い目付きでレッドベリーを睨んだ。


 「竜を操れるのだろう。〈竜使いレッドベリー〉よ」

「………


 レッドベリーは一瞬渋ったような顔をしたが、すぐに真剣な表情に戻ると、王の前に跪いた。


 「仰せのままに。王よ」


***

 

 レッドベリーは、広場の中央へ進み出た。

 そして、マヤを見据えると懐から小さなフィギュアのようなものを取り出すと、周りに向けてこう叫んだ。


 「そこの小娘以外は、危険であるからで下がれ!」


 広間にいた家来たちが列を崩し、壁の方へさ下がった。


 ロザリーもマヤの耳元で「貴女なら大丈夫よ」と囁いた後、玉座の横に身をひそめた。

 大きな広間の真ん中に、マヤとレッドベリーの二人だけが取り残される。

 気付くとマヤの膝は、立つことすらままならないくらいガクガクと震えていた。


 (どどどどうしよう…。えっと、このペンを対象のものに向けてーー)


 マヤは先ほど実践した〈魔法のGペン〉の使い方を脳内で復習していた。

 レッドベリーが、小さなフィギュアをぽろりと地面に落とし、素早く後ろへ下がった。

 すると、


 ボカーーーーーン


 と大きな爆発音をたて、大量の煙が広間を包んだ。


 「わっ」


 突然の爆音に、思わず耳を塞ぎしゃがみ込むマヤ。

 もくもくと広がる煙の中、目を凝らし、前方を見た。


 煙は次第に消え、その中から巨体が姿を表した。


 「………⁈」


 ドラゴンだ。

 漆黒の甲羅に身を包んでいる。

 マヤが森で倒したものよりも倍以上の背丈をしていた。


 がおおおおおん


 ドラゴンが嘶く。


 (やっぱり本物のドラゴンはすごいなあ…漫画よりも迫力がある…描きたい…。

 ーーーーじゃなくて、まずこの状況をどう切り抜けるか考えなきゃっ)


 ドラゴンの背後からレッドベリーの嘲笑が聞こえた。


 「小娘! こいつは今度現れる悪魔よりは格段に弱い。このくらい倒せるよなあ?」 


(どうしよううーーーー!)


 

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