✏️魔力とマッチ棒

 金色の髪に宝石のような碧眼。

 美しい顔立ち。


 (うわあ、可愛い…)


 マヤはその美しさにうっとりと息を呑みながら尋ねた。


 「…あ、あの、誰ですか…すっごく可愛いですね!」


 女性はほっそりとした手で髪の毛をサラリと流すと、笑みを浮かべた。


 「ふふ、ありがとう。私はロザリー。チャムリンマ王国の姫よ」

 「お…お姫様…?!」

 「そうよ」


 キラリーンとマヤの幼い瞳が煌めいた。

 ドラゴンに、魔法のペンに、コーカソイドのお姫様…。


(すごい! 女神様の夢は現実で、私…やっぱり本当に異世界に来ちゃったんだね)


 興奮したようにホクホクと赤らんだマヤの顔をロザリーは心配そうに覗いた。


 「大丈夫? 勇者様」

 「……はい、大丈夫です、お姫様!」


 答えたところで、自分が勇者と呼ばれていることに気がつく。


 「あの…勇者様ってなんですか?」

 「貴女のことよ」

 「なんで私が勇者なんですか?」

 「それは……」


 ロザリーはドラゴンの死骸を一瞥した。


 「とりあえず、近くに馬車を停めてるから乗ってくれるかしら? 詳しいことはそこで話すわ」


***


 少し歩いたところに、豪奢な装飾が施された馬車が停めてあった。

 ロザリーに続いて恐る恐る馬車に乗り込むと、一人の少年が座っていた。

 瑠璃色の瞳に、肩までしたたる水色の髪が特徴的な美しい少年だ。

 穏やかな表情をしている。


 (少女漫画に出てきそうな綺麗な男の子…)


 マヤが少年に魅入っていると、ロザリーがポンと少年の肩を叩いた。


 「この子は私の従者のアイル・ターゴ君よ。こう見えて最強の魔法使いなのよ」

 「……魔法使い……」


 水髪の少年ーーアイルがニコリと優しく微笑む。


 「初めまして、お嬢さん」

 「は、初めまして魔法使いさんのアイルさん。マヤっていいます」


 (魔法使い…。まさか本物に会えるなんて…)


 マヤが感慨に浸ってると、ロザリーが元気よく言った。


 「で、勇者様! 貴女にお願いがあるのよ!」


 ロザリーの圧に、びくりとマヤの肩が跳ねる。

 「なんですか?」


 馬車が動き始める。

 ゴトンゴトンと車内が揺れる。


 「最恐最悪の悪魔を退治してほしいの!」

 「…え?!」


 予想だにしなかった”お願い”に思わず驚きの声を漏らす。

 マヤはフルフルと顔を横に振った。


「あ、あのあのあの、よく分からないんですけど…」

「あのね、私見てたの。貴女が赤龍を一発で仕留めるところ」

「そうなんですね」

 「赤龍の甲羅は硬くて有名なの。大抵の武器じゃ破れるはずがないし、手練の魔術師や剣士でも、あれを倒すのは容易ではないわ。それを貴女が一人で、一発で倒したのよ! 勇者様! 貴女なら悪魔を退治できるわ」

 「そうなんですか?!」

 「貴女は天才よ!」

 「天才、 そ、そうですかね…」


 ロザリーの称賛に、満更でもない様子のマヤ。

 手に握るGペンに視線を落とす。


(よく分からないけど、強い敵を私が倒したってことだよね…。このGペンで…)


 ならば、もしかしたらもしかすると、最恐最悪の悪魔も倒せるのでは…。

 と、そんな期待が頭をよぎりかけたその時、アイルが「姫様」とロザリーを呼んだ。


「何? アイル」

「お言葉ですが、この子が可哀想ですよ。いきなり無理な話をされては」


 ロザリーがプゥと頬を膨らませる。


「無理じゃないわ、だってあの赤龍を一発で仕留めたのよ」


 アイルは、至極穏やかな笑みで諭すようにロザリーに語りかけた。


 「俄に信じ難いです。僕でさえ最低でも三発は食らわせないと、あの竜は倒せません」

 「本当よ、私見たもん」

 「見間違いではないでしょうか」

 「……」


 ロザリーは不服そうにアイルを見ていたが、やがて何か閃いたようにポンと手を叩いた。


 「そうだ、じゃあ勇者様の魔力測ってよ。そしたらきっと、私の話が嘘じゃないって分かるはずよ!」


 やれやれ、と言うふうにため息を吐くアイル。


 「分かりました、それで姫様のお気が済むのならそうしましょう」


 アイルは懐から木箱を取り出すと、その中から一本の小さな棒をゆるりと摘み上げた。

 先端が丸く赤い。


 (マッチ棒だ……)


 マヤは、不思議そうにそれを見つめた。

 アイルは取り出したマッチ棒を、箱の側面にしゅっと素早く擦った。

 ポォと小さな蒼い炎が灯る。


 「マヤさん」

 「は、はい!」


 アイルは優しくマヤに呼びかけると、マッチ棒をマヤの方へ向けた。


 「今から、貴女の魔力を測ります。この炎を両手で包んでもらえますか?」


 コクリと頷く。

 恐る恐るマッチ棒に手を伸ばし、両手でマッチ棒を包んだ。


 「こうですか?」

 「はい。では、魔力を注いでください」

 「……え?」


 小首をかしげるマヤ。 


 「あの、魔力とかよく分からないんですけど………」


 マヤの言葉にアイルは「おや」と眉をかしげる。

 ロザリーの方に視線を移した。


 「マヤさんは魔力の使い方もご存知ないようですが、いよいよ赤竜を倒したか怪しくなりましたよ。…もとより信じていませんが」

 「…良いから魔力を測りなさい!」


 アイルは「はいはい」と笑うと、一方の手で、炎を包むマヤの手に触れた。


 「では、僕がお手伝いしますね」

 「…はあ」


 するとマヤの手の中から青い光が漏れ出た。 

 手の中で、炎が大きくなるのが分かった。

 不思議と熱くない。


 (すごい…これも魔法かなあ)


 呑気にそんな事を思っていると、突然、青い光が車内全体に広がった。

 マヤ達はたちまち青い炎に包まれた。

 炎はどんどんと大きくなり、馬車を包み、車外にまで燃え広がった。


 「ひゃあっ」


 マヤが驚き、手を離す。

 それでも炎は止まない。

 炎に包まれているはずなのに、熱さは無かった。

 むしろ少し心地よい。

 前方からアイルの声が聞こえた。


 「信じられない…。こんな魔力…」


 (…え?)


 マヤは、アイルの方へ視線を向けた。

 アイルは今までの穏やかな表情を崩し、驚きに満ちた丸い瞳をマッチ棒に向けている。

 ロザリーが嬉しそうな声を上げた。


 「ほら、言ったでしょう。この子が倒したのよ!」

 「………」


 アイルが無言でマッチ棒を握りつぶす。 

 手の中からバキッと木の棒が折れる音が聞こえると同時に、辺り一面に広がった炎も消失した。


 「ねえアイル! 信じた? 信じたわよね」

 「………ええ」


 アイルの眼中にロザリーはなかった。

 その真剣な目つきはマヤを捉えている。


 (な、なに……?)


 マヤが困惑していると、ロザリーが勢いよく両手を握ってきた。


 「やっぱり貴女は勇者様よ! 悪魔を倒せるのは貴女だけ」


 ロザリーのキラキラした瞳に見つめられ、マヤはつい心臓を躍らせた。


 「よ、よく分からないけど、倒します! 悪魔!」


 マヤがそう言うと、ロザリーはバシッとアイルの背中を叩いた。


 「アイルを勇者様に付かせるわ。悪魔が現れるのは、一週間後。その間に魔法を教わりなさい。これは命令よ」

 「ま、魔法⁈ 教えてもらえるんですか」

 「もちろんよ! バシバシしばいてもらいなさい!」

 「はい、バシバシしばいてもらいますっ」


 (魔法を教えてもらえるなんて…漫画のネタになりそう)


 爛々と目を輝かせる二人の少女の横で、アイルは大きなため息をついた。


 (突然現れた身元不明の女の子…。しかも魔法を使えないくせして何故か桁外れな魔力を秘めている…どうやって魔法を教えたら良いのか…)


 アイルは心の中で、そう喚いていた。

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