第4話 シオン
私が、走り去る女性を目で追っているとき、男性が口を開いた。
「君はもしかして、ピティエさんですか?」
「はい。ど、どうして私の名前をご存知なのですか?」
「いや……」
男性は言葉を濁した。
「僕の名前はシオンと言います。助けていただきありがとうございます。もう少しで、ピティエさんを僕の巻き添えにしてしまうところでした」
シオンと名乗る男性は、細身で背が高く、小顔にパッチリとした目を持っていた。その顔は整っていて、間違いなく女性の気を引くタイプなのだが、本人はそんなことを意識していないのだろう、まったく洒落っ気がなく素朴な雰囲気を漂わせている。
「巻き添えだなんて、逆に私がシオンさんを巻き込んでしまったのかもしれません」
「どういうことでしょう」
シオンは不思議そうに尋ねてくる。
「実は私……」
こんなことを他人に話してもいいのだろうかと躊躇しながら続けた。
「実は私、命を狙われているのです」
「えっ?」
私は今朝届いた魔法郵便の内容をシオンに話した。脅迫状ともとれる郵便の内容を、初めて会う男性に話すのもどうかと思ったが、彼の姿を見ていると信用できる人物に思えてきたため自然と口にすることができた。
「では、ピティエさんは、ここに来なければ命がないと脅されていたのですね」
「はい」
「そして僕はここで魔人に襲われた」
シオンは少し考え込んだ後、こう付け加えた。
「もしかして、ピティエさんをここにおびき寄せた人物は、僕とピティエさんの両方を一度に殺してしまおうと考えていたのではないのだろうか」
「けれど、魔人を使って都合よく私たちを襲わせることなんてできるのでしょうか?」
「できますよ」
シオンは私の顔をじっと見つめてきた。
「犯人が魔族召喚術を使える人物なら可能です。そう、あなたと同じ術を使える者なら可能です」
彼の言葉は合っている。確かにそうだった。シオンの言葉通り、魔族召喚術を使える者なら、魔人を意のままに操り、シオンと私を一度に殺してしまうことも可能なのだ。
そして私は、第二王子のホーハイトの怒りを買ってしまっている。だったら私たちを殺そうとしたのはホーハイトなのだろうか?
しかしなぜ?
確かに私はホーハイトの企みを知ってしまった。彼は以前から誰かを殺そうと計画していたのだ。けれど、ホーハイトは魔族召喚術など使えない。なぜ、わざわざそんな術を誰かに使わせて私たちを一緒に殺そうとしているのだろうか。しかも、殺すなら一緒にではなく別々に、魔族召喚術でない方法で計画してもいいではないか。
ここまで考えて、ハッとすることがあった。もしかして……。
私は、すべてのことを感覚で判断してしまうところがある。しかし、その感覚的な思考が、論理を超える正解を導き出してしまうことが度々あった。これまでに何度もそういった経験をしてきた。そんな私が導き出した感覚的思考の答えはこうだった。
ホーハイトが以前から殺そうとしている人物は、ここにいるシオンだろう。そして、魔族召喚術で私を一緒に殺してしまえば、私がシオンを殺そうとして共倒れになったことにできるのでは。そう、私は魔族召喚術が使えると、一部の人は知っている。その私が、シオンを魔族召喚術で殺し、何かの手違いで私も同じ場所で死んでしまったとすれば、すべての罪を私に着せることができる。
つまり私は、殺人の犯人に仕立て上げられているのではないのか。
理屈ではなく、瞬時に、そんな考えが私の頭に自然とひらめいてきた。
そして、本当ならば、私とシオンはパラディスの森で殺されていたはずなのに、使えないはずの私の術がたまたま成功したおかげで、こうして生きながらえることができた。
ということは……。
「シオン、私たちはまたすぐ命を狙われることになるわ」
「うん、僕もいま、そう考えていたところなんだ」
「シオンはホーハイトに恨みを買っているの?」
「ホーハイト?」
シオンは急に出てきた名前に驚いた様子だった。
「ホーハイトとは、第二王子のホーハイトのことかい?」
「はい」
私の中に溜め込まれている不安と恐怖を少しでも和らげるため、今思いついた感覚的思考をシオンに話してみた。私たちの命を狙う犯人はホーハイトで、おそらくはシオンの命を奪い、私を犯人に仕立てようとしていること。私は自分の家をホーハイトに知られてしまっているため、もう帰るところがないこと。仮に私が逃げても、巨大な権力を持つホーハイトの企みを知っている以上、この国にいる限りは命を狙われ続けること。そういった話を、矢継ぎ早に述べてみた。
私の話が一段落するのを待って、シオンはこう話しだした。
「確かに、ホーハイトは僕を消し去ろうとしているかもしれない。彼にとって僕は邪魔な存在であることに間違いないからね」
「どういうこと? どうしてあなたがホーハイトにとって邪魔な存在なの?」
「詳しいことを今君に伝えることはできない。また必要な時がきたらちゃんと説明するよ」
どうして今は説明できないのだろうか。私は何もかも包み隠さずに話しているのに、シオンは全く自分をさらけ出そうとはしない。何か、知られるとまずいことでもあるのだろうか。しかし、言いたくないのなら、それ以上詮索することもできない。
「それはそうと」
シオンはあらためて私に視線を合わせた。
「ここで立ち話していても危険なだけだ。一緒に僕の家に来ないかい? ひとまず僕の家で身を隠すことにしよう」
その言葉を聞き、私は躊躇した。確かに自分の家に帰っても、いつ命を狙われるのか気が気ではなく、とてもじゃないがそんな所に一人で帰るわけにはいかない。けれど、今日会ったばかりの男性の部屋に無防備で訪れても良いものなのだろうか。これでも私は年頃の女性である。そしてシオンもほぼ同年代の男性だ。
彼は信用できる人物なのだろうか?
そんなことを思っている私の気持ちを察したのだろうか、シオンがこんなことを言ってきた。
「大丈夫だよ。君におかしなことはしないと約束するから」
シオンはそう言いながら、ホッとするような笑顔を向けてきたのだった。
今の私に、帰るべき家などない。だったら、シオンを信用して彼の家に身を隠すしか方法はない。
「わかった。迷惑かけるけど、あなたの家でお世話になるわ」
私の返事を聞くとシオンはうなずき、「さあ、こっちだよ」と私の前を歩き始めた。私もその後を歩調を合わせてついていった。
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