5.長幼の序列で進めましょう

 すさまじく気を取り直して、くじ引きが続けられた。


「私は最後でかまいません。後は、長幼ちょうようの序列で進めましょう」


 長女の静峯姫しずおひめがそう言ったので、姉妹はおとなしくうなずいた。


 各々おのおのに思うところが、ないでもないが、それを言い始めたら法師ほうしがストレスで死ぬ。浜路姫はまじひめの地雷処理、もといフォローにことなきを得たので、誰もが虚脱きょだつしていたせいもある。


 なんと言っても、中世の武家の娘だ。義成よしなりのナチュラル爆破テロも、腹立たしいが一理いちりと認めざるを得ない。


 十八歳の次女、城之戸姫きのとひめが、二番手でを引いた。はしの文字は犬川いぬかわ壮助そうすけたまの文字だった。


 二十六歳の壮助そうすけは、信乃しのとは幼い頃から剣の修行を共にした仲で、八犬士としてのきずなを最初に結んだ親友同士だ。下男奉公げなんぼうこうの生い立ちもあって、なんだかんだと東奔西走とうほんせいそうする他の八犬士たちの世話を焼く、苦労人の気質きしつがあった。


 そんな壮助そうすけの、おかたく張った直垂ひたたれの肩を、城之戸姫きのとひめがほがらかな笑顔で叩いた。


「おー、壮助そうすけくんかぁ! なんか、改まると照れちゃうけど、よろしくね! 仲良くしようね!」


 照柿色てりがきいろ大袖おおそでを振り回して、ばんばん叩く。壮助そうすけが、ちょっと説教顔になった。


「こちらこそ、とは言いますが……よろしいですか、城之戸姫きのとひめ。私も、もう一人前の武士で、そもそも八つも歳上です。いつまでも親戚しんせきの子供のような呼び方は、いかがなものかと」


「えー、いいじゃん! だから、照れちゃうんだってば、もー! 壮助そうすけくんは壮助そうすけくん! はい、決まり! おしまーい!」


 明るい大声が、少しなつかかしい。


 今でこそ着飾って座っているが、初めて会った時は、ちょうどその大袖おおそでの色にじゅくした柿の実を取りに、襷掛たすきがけで木に登っていた。落っこちてきて、危うく受け止めた壮助そうすけに、あっけらかんとしたこの笑顔と大声でお礼の柿を差し出してきた。


 いや、違う。よく聞けば、声音こわね含羞がんしゅうつやがある。よく見れば、ほおがあの時の柿よりあかれている。


 壮助そうすけも、やれやれと苦笑した。


「仕方ないな、おまえは……まったく」


 壮助そうすけにまっすぐ見つめられて、城之戸姫きのとひめが、いよいよ言いわけのきかない笑顔に固まっていた。


 続く三番手を引いたのは、同じ十八歳の双子の三女、鄙木姫ひなきひめだ。文字はれい犬村いぬむら大角だいかくたまの文字だった。


 大角だいかくは二十五歳、長身のみやび美丈夫びじょうふで、もの静かな雰囲気をまとっている。それはかつて、愛妻あいさい雛衣ひなぎぬを不幸な誤解から失った、悲痛さから生まれていた。


大角だいかくさま……大角だいかくさまが、今でも雛衣ひなぎぬさまを、大切におもっていることは……承知しております」


 鄙木姫ひなきひめが、青柳色あおやぎいろ大袖おおそでたもとに、眼差まなざしを伏せる。大角だいかくが、どんな太刀よりも鋭い刃で、胸を突かれた顔をした。


鄙木姫ひなきひめ、それは……」


「それでも私は、大角だいかくさまの新しい妻になれることを、嬉しく思います」


 鄙木姫ひなきひめが瞳を上げて、可憐かれん微笑ほほえんだ。


大角だいかくさまのおもいも、罪も……共に抱いて差し上げたいと存じます。どうか、おそばにることを、お許しいただけないでしょうか」


 大角だいかく逡巡しゅんじゅんは、ほんのわずかだった。


 表情を改め、居住まいを正し、端然たんぜんとした美しい所作しょさ鄙木姫ひなきひめの左手を握る。


雛衣ひなぎぬを、かつての妻を死なせた罪は、私一人のものです。その罪も、おもいも……赤岩あかいわ角太郎かくたろうの名と共に、死の国へいました。鄙木姫ひなきひめ、これからは……あなた一人を、生涯、愛すると誓いましょう」


 鄙木姫ひなきひめが今度は、はにかむように目を伏せた。


 そして、大角だいかくに握られていない右手を、大角だいかくからは見えない位置で、力強くサムズアップした。七姉妹と七犬士が、それぞれの表情でサムズアップを返す。大角だいかくだけが、それに、まったく気がついていなかった。


 さておきの四番手、浜路姫はまじひめと双子の四女、十七歳の竹野姫たけのひめちゅうの文字を引いた。犬山いぬやま道節どうせつたまの文字だ。


 葡萄色えびいろ大袖おおそで竹野姫たけのひめが、せっかく形の良い顔のパーツを、盛大にひん曲げた。


「げっ! あんたぁ?」


「そりゃこっちの台詞せりふだ! よりにもよって、おまえかよ?」


「なによ!」


「なんだよ!」


 二十六歳の道節どうせつも同じレベルで、野生味あふれる男っぷりを、残念にくずす。もとからげきしやすく、熱くなったら燃費も抜群、頭は悪くないのにちょくちょく使い忘れる、八犬士のメインエンジンかつトラブルメーカーだ。


 竹野姫たけのひめ竹野姫たけのひめで、気の強さと遠慮のなさは、滝田城たきだじょうの一番星だ。お互い顔を見ればこの調子で、言わなくて良い一言から瞬間沸騰しゅんかんふっとう、もう様式美の世界だった。


 つのを突く、どころか鼻息の交わる距離でにらみ合い、しばらくして双方いつものように、唐突とうとつ明後日あさっての方を向く。


「あ、ありがたく思いなさいよ? あんたみたいな、短気の単純お馬鹿、相手にしてやるのなんて、私くらいなんだから!」


「そっちこそ、心の広い俺さまに感謝しやがれ! おまえみたいなじゃじゃ馬、他のやつなら、二日とかからず三行半みくだりはんだぜ!」


「言ったわねぇ! この、がさつ大王! 無神経!」


「言ったがどうした! この、癇癪玉かんしゃくだま! 鈍感女!」


 犬士だけに、犬も食わないなんとやら、だ。きもせずイチャイチャ怒鳴どなり合う二人に、今さら突っ込む野暮やぼもなかった。

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