赤熊人と死の使徒

 その日の夜、フレアとクレア(ミリア)は、同じ家で、別々の寝具の毛皮に寝そべっていた。毛皮はシルバーウルフの物だった。最高の触り心地で、地面の硬さを感じさせない最高のベットだった。

「あの、さっきはゴメン。あまりにも知り合いに似てたし、ここで落ち合う約束をしてたから、誤解しちゃって……」

 話しかけたのはフレアだった。

「あ~。大丈夫ですよ。白樹人しらきびと黒樹人くろきびとも世界樹と虚界樹から生み出された統一品ですからね」

(明日には、私がミリアだとバレるのだろうけど、面白いから、このまま別人を演じておこう)

「統一品か~。クレアは辛辣な物言いをするんだね」

「事実でしょう。どちらも本体を守るための駒でしかないんですから」

「それは、同意だけど、なら、なんで僕のような性格のものを作ったんだろうって、思っちゃうんだよね~」

(ああ、フレアは変わらないな。私以外にもその疑問をぶつけるんだ。アニマに触れた今、理由は分かっているだろうに……)

「それは、必要があったからに決まってます。あなたは何故、この村に?」

「僕は、アニマ教を広めに来たんだ」

「なら、決まりです。それが理由ですよ」

「どうして、そう思うんだい?」

「普通の白樹人は世界樹から離れられないですよね?普通の黒樹人も虚界樹からは離れられません。私は、例外的に離れることを許されました。理由は、弱かったせいですが……。今は本来の役目から離れるためにそう作られたと思っています」

(あれ?どっかで聞いたことがあるような……)

「だから、あなたも、選ばれたのです。世界樹の元を離れ、アニマ教を世界に広める為に」

「ねぇ、君、本当はミリアじゃない?」

 フレアは、以前、禁域の門番になった時、同じことをミリアに問いかけ、同じような答えを聞いていた。

「私はクレアです。ミリアではありませんよ(首かしげ)」

 その言葉に嘘は無い。ミリアが演じる時は、本当にその者に成りきる。成りきっている時は本当に別人なのだ。だから、嘘は無い。だが、他の人間からすれば、ミリアは嘘つきでしかない。

「そっか、似たような境遇の黒樹人が他にも居たってことか~」

(だとすると、ミリアは今どこで何をやってるんだ?)

 フレアは疑問を感じつつもクレア(ミリア)と雑談したあと眠りについた。


 翌日、ミリアはブルーシートを敷き、銃とシールドベルトと医療品を陳列し、商売を始めた。商品の中に茶色の表紙の分厚い本が10冊ほど積まれていた。それを見たフレアは、その本の正体に気が付いた。


(あれは……。表紙が魔法で偽装されてるけど、アニマ教の教典じゃないか、なんでクレアが売っているんだ?ミリアに依頼されたのか?いや、それならあの本に触れてアニマ教徒になっているはず。だけど、信者は増えていないし、クレアからアニマ教について何もふれてこなかった。という事は、やっぱりあれはミリアじゃないか!

 ダ・マ・サ・レ・タ~~~~~。完全に騙された!なにあの演技!嘘を吐いているように見えなかった。普段、あんなに不愛想なのに……。だけど、まあ仕方ない他人で居ようって約束を守れなかった僕が悪い)


 フレアが真実に気が付き悶絶しているのをミリアは横目で見てクレアの演技を続けながら、楽しんでいた。

(ふふふ、気が付いたようね。ものすごく悶絶している。本当に面白い)


「赤熊人の皆さん。ごきげんよう(笑顔)。私は黒樹人の行商人クレアと申します。今日は、武具や医薬品の行商に参りました。興味がある方は、ご覧ください」


 赤熊人は有能な戦士であり、労働者だった。大きい体格は荷物の運搬に適しており、体力も他の種族に比べて多かった。だが、知能が低く、銃火器に対する防御手段が無いため、空地人や宇宙人から、奴隷として狩られる事になってしまった。

 だから、ミリアが持ち込んだ銃とシールドベルトは赤熊人にとっては貴重品、喉から手が出るほど欲しい商品だった。

 ミリアは、それを承知で商売をしている。ミリアの前にジルドとボルドが現れた。そして、村人の多くがミリアの持ってきた物に興味を抱いて、老若男女問わず集まってきていた。

「さて、商人どの!?」

(なん!だと?この方は死の使徒様ではないか!どういうことだ!?)

 ジルドは話しかけて、クレア(ミリア)を見た瞬間、正体が分かった。それは、アニマ教の教典の効果だった。アニマ教徒は同じアニマ教徒を認識できる。ミリアは、それを理解した上で、フレアを騙した。

 だが、シルバはフレアほど馬鹿では無く、直感を信じるタイプだったので、目を見開いて驚いた。

「どうか、されましたか?」

(さすがに、気付いたか。だが、今は何も言うな、村人の命が大事ならな)

 ミリアは愛想良く応えながら念話でジルドを脅した。

「いや、なんでもない」

(村の殲滅が目的か?いや、だが、それなら、この方1人でも十分だ。殲滅が目的ではないとするのなら、あの武具をこちらに譲るつもりで来たという事、後ほど真意を聞くとしよう……)

 ジルドは冷静に考えて、ミリアのいう事に従った。


「さて、これらの商品を得るために、ワシらは何をすれば良いので?」

「そうですね。シルバーウルフの生け捕りなら1頭、死体なら2頭、血止めの薬草アゲハモドキなら2kg、他にも薬用効果がある草なら何でも買取しますよ?」

「なるほど、ならボルドにはシルバーウルフの生け捕りを、他の村のものには薬草の採取をやらせましょう」

「それは、ありがたい。では、交渉成立ですね。あ、ちなみにこの本は子供向けの玩具の本でして、開くと綺麗なホログラフで表示されるんですよ。

 それと、文字ではなく画像で物語も見れるんです。こちらは、泊めて頂いたお礼にタダで差し上げますよ。どうかな?君たちこの本欲しい?」

 そう言ってミリアはアニマ教の教典を一つ開いて見せた。開かれた本の上には、世界樹と虚界樹ではなく、綺麗な風景が表示されていた。それは、ミリアの偽装だった。遠巻きに村長と商人の交渉を見守っていた村の子供たちが、本の美しさに興味を抱いて本に群がり本を手に取った。

(ああ、何と言う事だ。これで、あの子達はアニマ教徒になってしまった。何も知らない子供たちは使徒様たちが命じれば、何でも言うことを聞いてしまう)

 そう考えたジルドだったが、瞬時に別の可能性が脳裏をよぎる。

(まて、フレア様は正攻法で布教に来た。ミリア様は手段を問わずに布教に来た。どちらも村人に危害を加えるつもりは無い。この教典を通して、二人からの慈愛を感じる。しかも、フレア様よりもミリア様の方から、我ら赤熊人の置かれた状況を打破しようという強い意思を感じる……。なぜだ?)


 アニマ教の教典を取った子供の一人ニトラ(男8才)は、本を手にした瞬間、理解した。この世界は喜劇と悲劇で出来ていると、そして、自分が悲劇の演者の一人だと理解し、泣きそうになっていた。

「どうしたのニトラ、その本に何かあるの?」

 ニトラの母親が、心配して駆け寄った。


 そのニトラに対して、ミリアは言葉を与える。

「大丈夫、その本はハッピーエンドを迎える物語だよ。辛い時も苦しい時もあるだろう。だが、最後にそれは覆される。約束する。この本を手に取った君は不幸にはならない……」

「分かった。信じる。だから、僕のお姉ちゃんも幸せにして」

「分かった。約束だ。これ以上、君のお姉さんが涙を流さぬように私は君のお姉さんにもこの本を届けに行くよ」

 ニトラはミリアの言葉を信じた。1年前に攫われた姉が幸せになれるのなら、死の使徒ミリアと命の使徒フレアに忠誠を誓うことを決めた。


「さて、ジルド様、ボルド様の狩りに同行したいのですが、よろしいですか?」

「ええ、構いません。ボルド、狩りに行く準備を」

「分かりました」

「ボルドの準備が終わるまで、クレア殿はワシに宇宙人の事を教えて頂けますかな?」

「ええ、構いませんよ(笑顔)」


 ジルドの家で二人は立ったまま対峙していた。

「先ほどの念話の真意を聞かせてください」

「3日後に、空族の襲撃がある。このままだと、また誰かが拐われる。私とフレアは、それを防ぎにきた」

 ミリアはクレアの演技を止め、いつもの淡々とした口調で話した。

「アニマ教を広めるためにですね?」

「否定はしない。だが、これはアニマの導きでもある」

「アニマの?」

「まだ、理解が足りていないな、もっと教典を読むと良い。アニマは虐げられた者たちが立ち上がり逆転する物語が好きなのだ。だから、使徒たる自分たちが使わされた」

「お心は理解しました。ただ、それならば最初から危機を知らせ武具を提供すれば良いのでは?」

「ジルド殿、それはアニマに思考が侵されている者の考え方だ。普通の者なら、この世に無償で提供されるモノなど無いと思うものだ。だから、分かりやすい対価を要求している」

「なるほど、分かりました。協力いたします」


「俺の準備は整った。クレア殿の準備はいかがか?」

「私も大丈夫ですよ。いつでも行けます(笑顔)」

 ミリアは商人になりきり愛想良く答えた。

「同行するのは構わないが、シルバーウルフは危険な獣だ。クレア殿を守るのは難しい。自衛の手段はあるのか?」

「そこは、ご心配なく。落ちこぼれとはいえ私も黒樹人のはしくれ、逃げることならぞうさもありませんよ(笑顔)」

「なるほど、ジャングルを歩いて来たのだったな」

「そう言う事です。さすがに討伐や捕獲は無理でしたが(テヘヘ)」

「だから、商談が成り立つのだな、任せてくれ」

「その狩り、僕も行きたいなー(ワクワク)」

 フレアは退屈しのぎに思いつきで、そう言った。

「フレア殿には別の事を頼みたいのだが?」

「え~?ナニナニ?楽しいこと?」

「薬草採取に行く女性と子供たちを守って欲しい」

「薬草採取か~、つまんなそう。シルバーウルフ狩りの方がいい!」

(フレア、薬草採取には、新しく入ったアニマ教の子供たちが居るのだけど、守らないつもり?)

 わがままを言うフレアにミリアは念話で伝えた。

「あ、やっぱ、今の無し。薬草採取も楽しそうだから、そっちにする。知っての通り僕は強い!大船に乗ったつもりでいてくれたまえよ♪」

「ありがたい。子供たちを頼みます」

 こうして、ミリアとボルドはシルバーウルフ狩りに、フレアと女性と子供たちは薬草採取に行くことになった。


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