赤熊人と命の使徒

 ボルドが息子を失ってから1年後、ボルド村を見渡せる樹の上に、銀髪ミドルヘアー赤目長身の美女と、黒髪ロングヘアー青目長身の美女が立っていた。二人とも長く尖った耳をし、銀髪の方は白を基調とし赤で炎を意匠したドレス、黒髪の方は黒を基調とし青で水を意匠したドレスを着ていた。


「本当に、こんな蛮族から布教を始めて上手くいくのかい?ミリア」

 銀髪が明るくおどけた調子で黒髪のミリアに問いかける。

「上手く行くよ。フレア」

 ミリアが抑揚の少ない静かな声で銀髪のフレアに答えた。そして、何故上手くいくのか説明を続けた。

「赤熊人には防衛力が不足している。弱者は神にすがる。そして、赤熊人の神、レッドベアは信者を救わない。救われないのは信者の強さが不足しているからと教えられている。後はわかるだろ?」

「なるほどなるほど~、アニマ教徒になれば世界樹と虚界樹の祝福を受けて、魔法が使えるようになる。それを売りに、布教するってことだな~?」

「その通りだフレア。メリットを説明し、教典を渡してしまえばアニマ教徒になる。一番いいのは、敵対勢力からの襲撃があった時、私たちが手助けし、撃退して見せることだ。そうすれば、頼まずとも教典を欲しがるだろう」

「ふむふむ、ということは襲撃があるまで、村に留まるわけか」

「そうだ。だから、その間、村人とはもめ事を起こさず良好な関係を築く必要がある」

「それは僕の得意分野だ♪まあ、僕が布教活動を行えば、敵対勢力からの襲撃が来る前に村人全員をアニマ教徒に改宗してしまうかもしれないけどね♪」

「それは、止めた方が良い。宗教勧誘に来たと分かれば村人は警戒する」

「じゃあ、布教活動は行わないと?」

「そうではない。布教活動だと悟られずに教典を便利な魔法が使えるようになるアイテムとして渡すのだ」

「ええ~。嘘を吐くの?僕は嫌だなぁ~。アニマ教の教えは素晴らしいものなんだから、正直に勧誘した方が良いと思うんだけどな~(疑問)」

「フレア。それは狂信者の考え方だ。布教したいなら相手の立場に立って考えなければ失敗する」

「でも、嘘は良くないよ~(プンプン)」

「考えてみてくれ、メシアス教徒が勧誘してきたら君は、どう思う?」

「え?何言ってんだこいつって、思うにきまってるよ(怒)」

「村人から、同じように思われるとは考えないのか?」

「え?なんで?アニマ教の教えは本当に素晴らしいから、改宗してくれるに決まってるだろ?それに、僕は自分で言うのもなんだが美人だ。男なら簡単に改宗してくれるよ♪」

(ダメだ。フレアは脳がアニマに侵されすぎて話が通じない……)

「分かった。フレアは好きなようにすればいい。だから、私も好きなように布教する。ここからは別行動だ。村で会っても赤の他人、それでいい?」

「ええ~、寂しいことを言うなよ~(哀)君と僕の仲じゃないか~(願)」

「仲良くしたいなら、私のやり方に従って」

「ふう~、しょうがないな~(やれやれ)嘘を吐くのは嫌だから、他人って事で良いよ♪」

「そう。では、また。後ほど村で会いましょう」

「はいは~い♪」

 こうして、フレアとミリアは別々に村に入り布教する事になった。


 村は簡素な木製の塀で囲まれており、入り口は北と南だけだった。フレアは、上っていた樹から飛び降り、フレアは北の入り口へと歩いて行った。

「ふふふ、第一村人発見♪」

 村の入り口には赤熊人の屈強な男の戦士が立って居た。右手には槍、服装は銀色の獣の皮をなめして作った一枚の布を羽織っていた。髪は剃ってありスキンヘッドで右側頭部には熊を意匠した赤い刺青をしていた。

「止まれ!何者だ!」

 戦士はフレアを呼び止めた。

「やあやあ、こんにちは、僕は白樹人しらきびとにしてアニマ教の命の使徒フレアと申します(大げさなお辞儀)本日は、あなたの村にアニマ教を布教に参りました(畏まり)」

 フレアは、ドレスの裾を持ち上げ貴族がするような優雅な動作を行った。それを見た戦士は、一瞬でフレアがヤバイ奴だと理解した。

「帰れ!お前のような怪しい奴を村に入れる訳にはいかない!」

 そう言って戦士は槍をフレアに向けて戦闘態勢を取った。

「ええ?なんで?????」

 フレアはショックを受けていた。フレアは自分の容姿に絶対の自信があった。だが、目の前の男は、フレアの容姿を歯牙にもかけずに槍を向けてきた。

「宗教の勧誘は断っている!去らねば殺す!」

(ああ、ミリアの言っていたことは本当だった。だが、ここで引き下がっては、ミリアに負けを認めるのも同義、ならば説得するしかない)

「ごめんなさい(土下座)知らなかったんです!宗教勧誘お断りの村だって(頭を地面に何度も打ち付ける)もう、ここには来ないので命だけは助けてください(懇願)」

 フレアは、即座に泣き崩れ、両膝を地面に着き、両手を胸の前で組んで、命乞いをした。それを見た戦士は拍子抜けした。悪辣な宣教師は簡単に引き下がらないと経験で知っていたからだ。

「そうか、それならいい。脅して悪かった。大人しく帰るのなら、命までは取らない」

(よかった、命乞いは通じるようだ。だが、しゃくだがミリアの言った事は正しかった。ここはひとまず泣き落としで村に入らせてもらおう。そして、仲良くなってから切り出せば……)

「許して頂いてありがとうございます。あの、厚かましいお願いなのですが、困ったことにジャングルで迷ってしまいまして(汗)ようやく人が住んでいる村を見つけたんです~(涙目)どうにか帰る手段を見つけるまでの間、この村に泊まらせて頂けないでしょうか(ピエン)もちろん布教活動はしませんし、報酬もお支払いします(笑顔)」

 そう言って、フレアは一振りの剣とプラスチック製の腰ベルトを戦士に見せた。


「剣は分かるが、この紐のようなものはなんだ?」

「聞いたことはありませんか?シールドベルトという防具です♪」

「聞いたことがある。古代人の遺跡でたまに見つかるやつだ。弓矢はもちろん銃撃も防ぐという貴重品だ……。それをくれると言うのか?」

「はい、僕を村に泊めて頂けるのであれば喜んで差し上げます(笑顔)」

「ちょっと待っていろ、長老に聞いてくる」

「ありがとうございます(ペコペコ)」

「村には入るなよ」

「もちろんです(了解)」


 戦士が村に入った後、さほど時間を空けずに帰ってきた。

「喜べ、長老がお会いくださるそうだ」

「ああ、ありがとうございます戦士様(両手を胸の前で組んで感謝)」

「なに、報酬が良かったのだ。この村は空地人そらちびとと戦争中だ。戦力になる物は何でも歓迎だ!」

「ほほ~、そうなんですね~(親指と人差し指を顎の下に当てて納得)」

(ふふふ、ミリアの情報通りだな、土産を持ってきて正解だった。これなら傭兵として村に雇われるのもアリだな……)


 戦士に案内されてフレアは村の中に入った。村人は全員が赤熊人だった。平均身長250センチメートルの男女が簡素な布を身にまとい、物珍しそうにフレアを見ていた。

 家は細長い木の板材で作った円錐形の簡素なものだった。だが、板材には色とりどりの何とも言えない奇妙な文様が施されており、ある意味芸術作品の様に見えた。フレアは、その中でも黒と白に彩られた何となく威厳を感じる文様の家に通された。


 中には、年老いた赤熊人が座って待っていた。年老いてはいても赤熊人は高身長で筋肉質の為、弱弱しい印象は無く、眼光が衰えていない事もあり、一流の戦士の趣があった。この年老いた赤熊人が、この村の長にして長老と崇められる男ジルドだった。

 頭はスキンヘッドでボルドと同じく右側頭部に熊を意匠した赤い刺青をしていた。髪型と刺青は赤熊人にとって戦士の証だった。


「ようこられた、お客人。まずは、座られよ」

 ジルドはそう言って、向かいに座るようにフレアに手ぶりで示した。

「はい♪」

 フレアは、上機嫌でジルドの前にシュシュッと正座した。

「そう畏まらなくてもよい。楽な姿勢で座られよ」

「あ、良いんですか~。では、お言葉に甘えて~」

 そう言って今度は胡坐あぐらをかいた。スカートのお陰で下着は見えないが、ジルドと戦士はフレアの行いに驚いていた。ジルドも戦士もフレアが女性の様に普通に足を崩して少し寝そべるような感じで座ると思っていたからだ。

 だが、ジルドはフレアが白樹人だという事を戦士から聞いていたので、納得した。

「お客人は白樹人でしたな、女性かと思っておりましたが、そもそも白樹人には性別は無く外見が女性の様に見えるだけでしたな」

「いえいえ、長老殿~。それは誤解です。確かに白樹人には生殖機能が無く、他の種族の様に子を作ることはありませんが、外見に合わせて性格や振舞は変わります。なので、僕の事は女性と思って下さってかまいませんよ~」

「ふ~む、普通の女性は胡坐をかかないものですが……」

「あっ、そういう事か~(納得)すみませんね~。アレが無いんで、隠すように座るという感覚がありませんでした~。アハハ~(あっけらかん)」

「はっはっはっ、面白いお方だ。自分を女性と言いつつも恥じらう事が無いとは、申し遅れました。この村で長く生きたからというだけで、おさをさせて貰っているジルドと申す」

「あ、これはこれはご丁寧に。僕はフレア。アニマ教の命の使徒で、今は迷子です。帰り道が分かるまで居させて欲しいです。よろしくお願いします(おじぎ)」

「ははは、面白い物言いをする。気に入った。ボルド、泊まるところを用意してやれ」

「良いのですか?宣教師ですよ?」

「よい。この者は約束したのだろう?布教活動はしないと」

 ジルドはボルドの方は見ずにフレアを見て言った。その眼光には約束を反故にしたら許さないと言う意思が込められていた。

(やれやれ、気の良い爺さんかと思ったが、優しくはないか……。仕方ない僕もこういう爺さんは好きだし、約束は守るとしよう。あくまでも僕からはアニマ教を教えないという程度だけどね)

「確かに約束しました。守りますとも(笑顔)」

「だそうだ、ボルド。フレア殿、報酬はそこに居るこの村一番の勇者ボルドにわたしてくだされ」

「ジルド様!剣はともかくシールドベルトはジルド様がお使いになるべきです!」

「そう、わめくなボルド。ワシはもう十分に生きた。そのシールドベルトはお前が使え。そして、出来るだけ多くの子供たちを守れ、もうこれ以上連れ去られるのを黙って見送るのには飽きたのだ」

 ジルドは悲しそうな顔でボルドに言った。

「ジルド様……」

 ボルドは何も言えなかった。その悲しみをボルドもまた共有していた。

「ふむ!なんとなく事情は察しました。このフレア!一宿一飯の恩に報いるために助太刀いたします(奮起)」

 そう言って、フレアは胸の前で左の手のひらに右手で作った拳の甲をぶつけた。

「申し出は、ありがたいが、あんた戦えるのか?」

 ボルドがフレアの服装を見ていぶかし気に聞いた。

(ドレスを着た女に何が出来るんだ?こんななりで銃でも持っているのか?)

「よくぞ聞いてくれました!僕はこう見えて結構強いんですよ(チッチッチ)なんなら試してみます~(ウインク)」

「ボルド、見てやれ」

「怪我をしても知らんぞ」

「ボルド殿、そうはならないと断言しましょう。僕にはアニマ教がありますから(自信)」

「そうか、ではこちらへ」

 そう言って、ボルドは村の広場へフレアを案内した。


「おい、聞いたか?白樹人がボルド様とやるそうだ」「なに?本当か?というか相手になるのか?」「分からん」「あれが白樹人か、噂通り白くて美形だな」「だが、あいつらホワイトガーデンから出てこないじゃなかったか?」「変わり者なんだろうよ」「おい!身長差を見てみろよ大人と子供だぜ」「武器は何を使うんだ?」

 村人たちは、ボルドとフレアを囲んで口々にヒソヒソ話をしていた。村の様子を双眼鏡で伺っていたミリアは樹の上で考えていた。

(なんだ、何が始まる。フレアには作戦を伝えているのに、なぜ戦おうとしている。やはり、一人で行かせたのは不味かったか?だが、今さら仲裁に行ったとしても私も敵と認定されるだけでメリットがない。様子を見るか、最悪、この村は皆殺しにすれば問題ない。一度失敗すればフレアも私の提案に従うようになるだろうし、アニマ教の不利益にはならない)

 ミリアはフレアが宣教師として村に行き処刑されようとしていると判断し、静観することにした。ミリアは戦いになった場合、フレアが死んだり、敗北して捕らえられるという可能性が無い事を知っていた。

 だから、助けに入る必要は無く、やるなら仲裁を行う事になるが、その場合、ミリアもアニマ教徒だと思われる可能性が高い上に、仲裁できる可能性は限りなく低い。結果、交渉は決裂すると予想していた。

 交渉が決裂した場合、村人を生かしておくと他の赤熊人の村にまでフレアとミリアがアニマ教の宣教師だとバレてしまう。そうなると布教活動が難しくなるため、村人を皆殺しにして口封じを行う事になる。

 その際、討ち漏らしあればさらに厄介なことになる。なので、最悪皆殺しを行うにしてもミリアがアニマ教の宣教師だという事を隠しておけば、のちのちフレアを悪者にしてミリアが他の村に潜入し布教活動を行うという手段も取れるので、ミリアは静観することにした。

 ただし、自分とフレアの実力なら村人を討ち漏らす可能性が無いという事をミリアは理解していたが、全知全能ではなくアニマのしもべたる自分が、アニマの期待に無意識に応えて村人を討ち漏らす可能性を考慮して、安全策を取った。


「武器は何を使う?」

 ボルドがフレアに問いかけた。

「僕の武器は、コレさ」

 フレアは何も無い空中から右手で一本の短剣を取り出した。それは、刃渡り30センチメートルのダガーだった。

「それでいいのか?あんたが持ってきた剣、あんたに返しても良いんだが?」

「いやいや、それには及ばないよ。これは僕の実力を示す試合だろ?なら僕が不利な方が良い(ニヤニヤ)それより、ボルド殿は何をお使いになるので?」

「あんたが使わないのなら俺がこの剣を使わせてもらう」

「ふむふむ、それでいいのかい?槍を持っていたようだけど、あっちの方が得意なんじゃないのかい?」

「あれは、度重なる戦闘で使っていた剣が折れて仕方なく槍にしていただけだ。本来、俺はこっちの方が得意だ」

「なるほどなるほど、なら、安心だ。僕が勝った時、得意武器じゃなかったって言われなくて済むからね(ニコニコ)」

「大した自信だな。では、行くぞ!」

「いつでもどうぞ(ニコ)」


 ボルドが剣を正眼に構える。フレアが持って来た剣は刃渡り1メートルのロングソードだった。ボルドは、この程度のロングソードであれば片手で扱えるが、彼は本来刃渡り3メートル以上のクレイモアを扱うのが得意だった。だから、彼にとって小ぶりとはいえ片手で扱うよりは両手で持った方が扱いやすい為、両手で構えた。

(なんだ?隙が無い。あんなでたらめな構えなのに……)

 ボルドは相対しているフレアのどこに打ち込んでも返されるという事を直感的に理解してしまった。フレアはダガーを右手に持ち、体は正面を向き左手は腰に、右腕は肩から直角に天を突く形でダガーを持っていた。その姿はさながら、料理の素人が、まな板にキャベツを置いてこれから切りますよ~と言っているかのようなフザケタ構えだった。

「どうしたんだい?かかってこないのかい?なら、僕から行っちゃうよ(首傾げ)」

 フレアに挑発されたがボルドは動けなかった。


「カット≪瞬間移動≫」

 フレアは一瞬でボルドの背後に移動し、ダガーをボルドの首に横から優しく当てていた。

「はい、1回~(ニヤリ)」

(なっ)

 ボルドは反射的に前転し、背後のフレアに向き直った。

(動きが、全く見えなかった……。何をしたんだ?)

「あ、不思議に思っているようだね~(ニヤニヤ)教えてあげようか?」

 フレアはダガーでお手玉をしながらボルドに聞いた。

「何をしたんだ?」

「よくぞ聞いてくれました(カカンッ)これに取り出したりマスはアニマ教の教典(デデンッ)」

 そう言ってフレアは何もない空間から表側が白で裏側は黒い本を取り出した。

「この本があれば、誰でも簡単に魔法が使えるようになるのです!」

「魔法……だと?」

「そう、マ・ホ・ウ。チャーム≪魅了≫」

 フレアは、女性が男性をとろけさせる様に囁いた後、魅了の魔法を使った。それを見ていた赤熊人の村人の男たちが、フレアに魅了される。だが、ボルドとジルドだけは、平静を保っていた。

(へぇ~。やっぱり一流の戦士は精神支配系の魔法は影響を受けないか……。いいね♪いいね♪やっぱりあの二人良い♪欲しい!欲しい!ぜひ欲しい!二人とも欲しい!アニマ教に欲しい!どちらか一方は確実に神器に気に入られるはず!)

「どうすれば、その本を手に入れられる」

「アニマ教徒になるならタダであげるよ(投げキッス)」

「ふん!その本で本当に魔法が使えるようになるかも怪しいのに改宗などするものか!」

 ボルドは、激怒した。フレアが約束を破ったからだ。空が割れんばかりの雄たけびを上げて、ボルドは自分の体を叩きながら歌い踊り始めた。

「森に住みし偉大なる神、レッドベアにこの戦いを捧げる」

「「「応!応!応!」」」

 ボルドの叫びに呼応し女子供も含めて村人全員が歌い踊り始める。

「我らは森の子、神の血をひきし戦士」

「「「応!応!応!」」」

「恐怖は我らのものにあらず!我らに仇成すものたちのもの」

「「「応!応!応!」」」

「我らに勝利を!勝利を!勝利を!」

「「「勝利を!勝利を!勝利を」」」

 それは、ウォークライと呼ばれる戦いの儀式だった。赤熊人が戦闘を始める前に行う恐怖を取り去り、身体能力を上げる儀式だった。

(おお~!すごい!すごいぞ!これはまるで魔法だ!ますます欲しい!)

「うぉ~~~~~~~~~~~~~!」

 獣の様な咆哮を上げてボルドがフレアに斬りかかる。大上段から振り下ろされたボルドの斬撃をフレアは半身になって避けた。そのまま地面に激突した剣は地面を爆発させる。飛び散った石つぶてをフレアは目にも止まらぬ速さでダガーを振るい防ぎきる。

 ボルドはそのまま剣を跳ね上げてフレアを逆袈裟から切ろうとする。フレアはのけぞって剣を避ける。そして、ボルドの懐に入ってすれ違いざまにダガーで首筋を一撫でする。

「2回目~(ウフフ)」

「布教活動はしないと約束した!」

 ボルドは、フレアを追いかけて、もう一回大上段から剣を振り下ろす。

「そうだよ。約束した(アハハ)カット≪瞬間移動≫」

 フレアは振り下ろされた剣の上に乗っていた。

「貴様は!約束を!破った!」

 ボルドの筋肉が膨れ上がり、フレアが乗ったままの剣を振り上げた。

「アハハッ!すごい力だ!でも、僕は約束を破ってないよ(困惑)」

 空に舞い上がりながらフレアは答える。

「さっき!布教~しただろうが~!」

 空から落ちてきたフレアの胴体を両断するべくボルドが剣を振るう。

「カット≪瞬間移動≫。あれは、聞かれたから答えただけで~、僕から布教したんじゃないよ~(ピエン)」

 剣が当たる寸前、フレアは瞬間移動して、ボルドの背後から1回目と同じように首にダガーを当てた。

「屁理屈をこねるな~!」

 ボルドは前転せずに反転して、背後のフレアを切ろうとする。フレアは左手の人差し指と親指だけでボルドの剣を受け止める。

「3回目~。屁理屈って言われてもな~(困)僕は、正直に答えただけなんだけどな~(首傾げ~右手の人差し指を唇に当てる)」

 フレアはダガーを捨てていた。ボルドは両手に力を込めてフレアを切ろうとするが、剣は微動だにしない。

(なぜだ!なぜ動かん!)

「ま~ったく。こんなに力を込めて~(プンプン)これが、ミスリル製のロングソードじゃなかったらグニャグニャに曲がっちゃってるよ~(フフフ)」

「なめるな~~~~~~!」

 ボルドはさらに力を込めたが、剣は動かなかった。

「やれやれ、せっかくあげた物を壊すのは忍びないし、そろそろ決着をつけようか(呆れ)カット≪瞬間移動≫」

 フレアは不意に姿を消した。急に力の均衡が崩れたボルドは体制を崩してしまう。そして、ボルドの側面に現れたフレアはボルドから剣を奪い。ボルドを投げ飛ばして、仰向けに地面に叩きつけた。そして、そのまま馬乗りになる。剣は放り投げた上で……。

「はい、4回目~。まだ、負けを認めないのかい(首傾げ~)」

 ボルドはマウントポジションをとられながらも下からフレアを両手で殴りつけた。だが、フレアはボルドの拳を受けつつ余裕で笑っている。

「そろそろ理解してくれないかな~。僕の方が圧倒的に強いんだよ。攻撃力、防御力、回避力、魔法能力、どれをとってもボルド殿は僕に敵わない(エッヘン)」


「そこまでだ!ボルド!もうよせ!」

 止めに入ったのはジルドだった。

「しかし!」

「分からんのか!フレア殿は敵対する意思を見せておらん!」

 ボルドは抵抗するのを止めて、フレアを改めて見た。フレアはボルドに追撃する事もなく、また、ボルドの攻撃でダメージを負うこともなく、微笑んでいた。

(この俺が遊ばれるとはな……)

「本当に布教活動はしないのだな?」

「ああ、もちろん。ただ、アニマ教に興味を持って僕に問いかけてきた場合は答えちゃうかもね(テヘペロ)」

「ふふふ、ははは、あ~はっはっはっ!」

 ボルドはフレアのあまりに正直な態度に笑ってしまった。そして、同時に今のままではどうあってもフレアに勝てない事も理解もした。

「ジルド様、受け入れるおつもりですか?」

「そうは言っておらん。フレア殿、お泊めできないと言ったらどうするつもりですかな?」

(ここで、嫌だと言われてもワシらにはどうすることも出来んが、何と答える?答えによっては女子供を他の村に逃がして、戦士は死ぬまで足止めをする。勝つことは出来んだろう)

「ええ~、剣とシールドベルトで泊めてくれるって言ったのに~(ピエン)」

「剣とシールドベルトはお返しすると言ったら?」

「はぁ~、しょうがないな~、別の村を探して泊めてもらうしかないな~(遠い空を見つめる)」

「ボルド。理解したか?」

「はい」

(フレア殿は宣教師ではあるが、我らの敵ではない。これだけの実力を示しながら武力によって居座ろうとしなかった。そして、本当にさっきの布教は聞かれたから答えただけだなのだろう)

「試すようなことを言ってすなまかったフレア殿、約束通り剣とシールドベルトを頂こう。ボルド泊まる所の用意を、それとフレア殿、助力の件、ぜひともお願いしたい」

「え?良いの~(喜)ホントに?」

「ええ、是非ともこの村に逗留頂きたい」

「うわ~、やった~、ありがとう(歓喜)」

 フレアはボルドの腹の上からジルドの目の前に移動し飛び上がって喜びを表現した。

「それと、ワシにアニマ教とやらを教えて下さらんか?ぜひ、魔法というものを使ってみたい」

「ジルド様!それは!」

「言うなボルド、ワシは老い先短い。フレア殿の言っていることが本当か確かめるのならワシが適任だろう」

「え?ジルド殿、アニマ教徒になってくれるの?(驚き&パチクリ)」

「ああ、是非、教えて下され。もし、良い教えであれば他の者に布教することを許そう」

「やったやったやった~。見たかミリア!やっぱり僕のやり方は正しかったんだ~(小踊り)」

「早速で悪いが、泊まるところの手配が終わるまでワシに教えて下さらんか?」

「あ、いいよ~。というかね~僕から教える必要が無いんだ~。この本を受け取ってくれればアニマ教の事は全て分かるんだよ~(笑顔)」

 そう言って、フレアが差し出したのは表側が白で裏側は黒いアニマ教の教典だった。

「ワシは文字が読めんのですが」

「大丈夫、大丈夫、文字が読めなくても意味が分かる魔法の本なんだよ~♪」

「凄いですな」

「さあ、どうぞ~」

 そう言って、フレアが差し出した本をジルドは受け取った。その瞬間、ジルドは全てを理解した。

「なるほど、これがアニマ教か……」

 ジルドは喜びと共に悲しみも知った。自分が信じていたレッドベアの教えがアニマ教の教えの一部でしかない事を知ったからだ。

(レッドベアの教えは間違っていないが足りていなかった。どうする?この本を受け取れば村人は全てアニマ教徒になってしまう。それはあまりにも危険だ。アニマ教の教えは素晴らしい。だが、フレア様の狙いが分からない。うかつに広めるのは危険だ。フレア様の目的がはっきりするまでは、この老いぼれだけにしておこう)

「どう?理解できた?」

「はい、『使徒』様。アニマ教は素晴らしいですな」

「そうだろう、そうだろう。他の村人にも教えて良い(首傾げ)」

「それは、まだダメですな。もうしばらく吟味しませんと」

「ええ~(驚き)残念~(哀)でも、気が変わったら教えてね~(お願い)」

「はい、それはもちろん」

「あ、そうだ。すぐには魔法を使えるようになってないとは思うけど本を天に向けて開いてみて」

「こうですかな?」

 ジルドが本を左手に持って天に向けて開くと世界樹と虚界樹が姿を現した。それは枝ではなく既に樹になっており、葉が茂り実もなっていた。

「すごい!渡されたばかりで樹になるなんて!さすが僕が見込んだ戦士だ!」

「これは?」

「こっちの光の樹は世界樹と言って命と創造を司っているんだ。こっちの闇の樹は虚界樹と言って死と破壊を司っているんだよ。それぞれなっている実は、使えるようになった理、つまり魔法を現しているんだよ(早口)」

「なるほど、ワシが使えるようになったのは、鼓舞の魔法と身体強化、それに火矢ですか」

「いや~、優秀だね~。このまま本を読み続ければ、遠からず瞬間移動使えるようになるかもね~」

「それは、楽しみですな」

「ジルド様、さっきから何を見ておられるのです?」

 ボルドの目には本も樹も見えていなかった。だから、ジルドとフレアが虚空を見上げて話しているように見えた。他の村人にも本も樹も見えていなかった。なので、ジルドの姿を見て、多くの村人はアニマ教が危険な教えであると考え始めていた。

「ああ、お前たちには見えんよ。これは、アニマ教徒しか見る事の出来ない本だからな」

(まあ、意図すれば見せることも出来るが、ワシ以外にアニマ教に興味を持ってフレア様に質問するものが現れても困るし、今はこれでいい)

(おお、これは僥倖、僕とジルドが何を見ているのか知りたい奴をアニマ教に勧誘できるチャンスじゃないか?なら、たたみかけるしかない)

 フレアはこの時、致命的なミスを犯した。アニマ教徒になったジルドには樹が見えているが、それ以外の村人には、ジルドが何かの影響を受けておかしくなった様に見えていた。だから、この後に続けたフレアの言葉は村人からアニマ教はヤバイ宗教だと認識させることになった。

「そうそう、何をしてるか知りたかったら、ボルド殿もアニマ教徒になればいいよ(期待)」

「いや、俺は遠慮しておく」

 ボルドは真顔でフレアに答えた。

(怪しすぎるだろ。警戒していたジルド様が、態度を変えた上に、虚空を見上げて会話し始めるなんて……)

「残念。気が変わったらいつでも聞きに来てね。君の様に強い戦士は大歓迎だ(笑顔)」

 上機嫌のフレアをよそに赤熊人たちの警戒値は上がっていた。

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