第110話 鬼の故郷


「ひゃっ!」


「っく!!」


「ってぇ……どこだ、ここ?」


 どれほど落ちてきたか。

 美穂たちが目を覚ますと、そこは見たこともない場所だった。


 今まで見てきたダンジョンとは違う、明るい遺跡。

 更に、壁や床には様々な装飾模様が施されている。


(今まで見て来たダンジョンは全て壁床無地だったんだが……一定以上の深さで変わったりするのか?)


「どう思います、裕也さん?」


 有紗さんが裕也さんに問う。

 予想外の事態に陥ってしまったため、極級探索者として経験の長い裕也さんに聞くのは当然にして最善だった。


 ──がいなければ。


『オイ……ここって……!』


「あ? どうした、鬼道丸?」


「……蓮、何か知ってる?」


 蓮は首をかしげると、鬼道丸に話を聞く。


『どうなってやがる? ここは──』


「地獄」


「「「!!」」」


 美穂の問いに答えたのは、悪鬼千縁だった。


「地獄……?」


「俺様たちの故郷だ。岩晶族がなぜ現世にいるのかと思ったが……そういうことか」


 一人で納得する悪鬼に、耐えかねた誠一さんが怒鳴り散らす。


「どういうことなんだ! 一人で勝手に納得してないで早く説明せんか!」


「誠一さん! 焦る気持ちは分かりますが、いったん落ち着いて……!」


 しかし、有紗さんの言葉も気に留めず、誠一さんはパニックになって悪鬼に掴みかかる。


「もしかしてお前が連れて来たのか!? スキルならそう説明してくれ! こんなこと全く──」


「黙れ」


 悪鬼が一言そういうと、場が静まり返った。


(宝晶千縁君…………)


「テメェが気にすることはねぇ、幻惑にかかる分際でな」


「「「!!」」」


 悪鬼は誠一さんの胸ぐらをつかみ上げると、後方組に向かって投げ飛ばす。


「どうせ大した魔法も使わねぇんだ、そこですっこんでろ」


「なに……!?」


「ちょっ、ちよ、言いすぎじゃ」「千縁……落ち着いて」


 暴れる悪鬼に、美穂と蓮は慌てて諫めようとするが、そこで違和感に気づく。


(あれ……)


「なんだ……? なんで……だれも止めようとしないんだ?」


 有紗さんや勝瑞さん、それに裕也さんまで。

 誰一人として止めようとしないのだ。


 まるでかのように。


「……オイ、オオカミ女。さっき何層程落ちたか数えたか?」


「え?」


 不意に向けられた質問に美穂は瞬きするが、先の見えないダンジョンの奥に向けられた悪鬼の眼をみて、真剣に答える。


「……恐らく、70以上は」


「な、70じゃと!? あそこは40層を超えてたはず! そこから70階層もメギドはないじゃろ!」


「こいつバカか……」


 美穂の言葉に異常な程反応する誠一さんだが、悪鬼は呆れてため息を吐くとそれを無視して告げる。


「ああ、そうだ。確か100層も無いはずだよな? つまりここは明らかに別の空間だ。そして……俺様はここを知っている」


「なっ……なんで?」


「悪鬼が言ったろ。俺様たちの故郷に類似してんだ、ここは」


 美穂の問いかけに、今度は鬼童丸が答えた。


「ここは恐らく岩晶洞。岩晶族っつう硬さにだけは自信ある奴らが住む所だ」


「岩晶洞……蓮も知ってるの」


 美穂は蓮の言葉に緊張感を持ちつつも、少し気後れしてしまう。


(私は何も……)


 そう、一瞬。

 一瞬、意識を逸らした瞬間だった。


「……ゴァッ」


「!!」


 美穂の目の前に、一匹のゴーレムが現れた。

 その鋭い四本爪は、美穂の眼球を確実に捉えている。


 あと数ミリでも動けば、美穂の目が確実に潰れてしまう……それ程の勢いであった。


 それを腕をのばし、止めた悪鬼は、力を入れそのまま握りつぶす。


「ゴァア……グォッ!」


「あ……あ、え?」


「しっかりしやがれ、オオカミ女。死ぬぞ」


 手首から先を握りつぶされたゴーレムは、再び見えないほどの速度で闇へと帰っていく。

 その間も、他のメンバーは闇を見て動かなかった。


(一体なにが……)


「分かったか、オオカミ女。今こいつらが警戒してるのは奴だけじゃねぇ……あの向こうに、


「!!」


 美穂はそう言われて、戦闘態勢に入る。


 鬼童丸はここの厄介さを知っているが故に、天星裕也はの威圧感を感じて、一歩も動けないでいたのだ。


 本能が告げている──


 ──下手に動くと、全滅する。と。


「そこのじじいは耐えれずに発狂しやがった。あのヒーラー女は立つだけでキツそうだな」


「なんのために来たんだよ、こいつらはよぉ」


 鬼童丸と悪鬼は軽く言うが、その意識には一瞬たりとも隙がない。


 特に鬼童丸には、多少の緊張さえ見える。


「優鬼! ビビってんのか!? アァ!?」


「ハァ!? ふざけたことぬかしてんじゃねぇぞゴラァ!!」


「ちょっ……」


(そんな大声出したら……!)


 美穂は突然怒鳴り声をあげた悪鬼と鬼童丸を見て、臨戦態勢に入る──が。

 そんな美穂達の目の前に現れたのは、予想外の存在だった。


「クソッ! なんでここに悪鬼が!? 冗談だろ!」


「「「っ……!?」」」


 暗闇の中から現れた巨大な影。

 高さ20メートルはあろうかというゴーレムだ。


(あれは、さっきの……!)


「あ、あぁ……ああ……」


「嘘だろ……?」


 それが、

 更にその後ろに、2倍以上の図体を持つゴーレムが。

 その風貌は正に全身凶器。


 その威圧感に、この場の全員が唾を飲んだ。


「チッ……よりによって今お前かよ」


「な……あいつは……!」


「悪鬼……何しに来た!!」


 先ほど極級探索者である裕也さんですら苦戦した巨大ゴーレム。

 それらを数十体従える、地獄のゴーレムの威圧は、並大抵のものではなかった。


「ごちゃごちゃうるせえよ。俺様を勝手に招待したのはテメェだろうが、ノスフェラトゥ」


 悪鬼の言葉に、ノスフェラトゥと呼ばれたゴーレムは拳を震わせる。


「貴様……! 以前気に食わないとかいう理由で乗り込んでここを壊滅させたこと、忘れたとは言わせんぞ!」


「覚えとく価値のない奴等だったことは覚えているが」


「なに……話が見えない」


(ここは……地獄? 鬼の故郷……?)


 地獄にも鬼以外の魔物がいるのか……という話はさておき、悪鬼と面識がある相手らしい。

 ただ、それなりの強さを誇ると自負する鬼童丸が緊張しているのを見れば、簡単な相手ではないのは一目瞭然。


「ふざけるな! 以前殺された同胞たちの恨み……今、晴らしてくれるわ!」


 ノスフェラトゥが高らかにそう言うと、悪鬼目掛けて幾十もの巨機兵ゴーレムが闇より飛び出したのだった。

 

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