第109話 奈落への招待



「【破砕旋風】」


「!!」


 場を包む緊張感に似つかわしくない笑い声と共に、悪鬼がゴーレムに向かって飛び出した。

 悪鬼がその手に持つ三叉槍を空に向かって振るうと、ジャラジャラジャラ! とうるさい鎖音をたてながら三叉槍が変形する。


 蛇の身の如く細長く伸びた刀身は、悪鬼を中心とするようにして宙でとぐろを巻く。


 それはまさしく、かつて千縁が学園対抗祭決勝にて一度だけ見せた、蛇腹剣での一撃。


 初めて、使瞬間だった。


「あれって……」


「ゴオオオオ!!」


「!?」


 それを受けたゴーレムは、思わず一歩引き下がる。

 これを見て驚いたのは有紗さんだ。


(うそ……祐也さんの攻撃でも踏みとどまるようなモンスターを……!?)


「ハッハァ! 中々面白そうな奴が出てきたじゃねぇか、オイ! さあ、ひとつ……勝負と行こうぜ!!」


 巨大ゴーレムを見た悪鬼はそういうと、単騎ゴーレムへと突っ込んでいく。


「ちょっ……千縁君!?」


「ラァ!! 【鏖殺】!」


 凄まじい衝突音を奏でながらも、余裕の表情で武器を振り回す悪鬼に、思わず祐也さんはそう叫ぶ。


 誰もが困惑してこの状況についていけない中、目を凝らしていた美穂はを捉えていた。


(あのゴーレム……まるで嫌がるように、【破砕旋風】が当たる直前で一歩引いた……?)


 あたかも悪鬼の攻撃により怯んだように見えた巨大ゴーレムだが、よく見ていれば避けていた。


(もしかして……あの技に何かがある?)


 それに加え、自分の弱点となりうるものを理解し、察して避けれる敵ということだ。


「あの図体であの速度……!」


「まさか……ボスか!?」


 勝瑞さんや誠一さんも、今の状況には混乱を隠せないでいる。

 何よりも、何の前触れもなく、現れたことが気になって仕方ないのだろう。

 本来あそこまでの魔力を持つゴーレムなら、目視できるところまで近寄らずともその魔力を感知できたはずだ。


 それなのに、この場の誰もが──いや、悪鬼以外の全員が察知できなかった。


 これだけでも、警戒心を最大にする必要がある。


「……来るぞ!!」


 祐也さんが言うが早いか、巨大ゴーレムはその剛腕を振り上げた。


「ゴウオォォォォォオ!!」


 その剛腕が残像を生むほどの速度で振り下ろされる。

 標的は、足元にいる悪鬼。


「あ?」


「避けろ、千縁君!」


 悪鬼が上を見上げると同時、ゴーレムの拳による一撃が炸裂する。

 衝撃波が、付近の大地をも捲り上げた。


「くっ……!? 千縁くん……!」


「千縁!!」


「ちよ!」


 凄まじい地響きと共に、大地に穴が空く。

 美穂達が千縁に向かって叫ぶのと、は、同時だった。


「バカか。【破砕旋風】」


「──グゥオォオ!?」


 平然と振り下ろされた拳の上に立っていた悪鬼は、蛇腹剣に紅の魔力を乗せて振り切った。

 それすら巨体に見合わぬ速度で体を逸らして避けようとしたゴーレムに、悪鬼は更なる追撃をする。


「【爆地】」


「「「!!」」」


 ゴーレムの腕の上に乗った悪鬼は、その足を大きく振り上げると、力強く振り下ろした。


 ゴーレムが大きく体勢を崩す。

 そして──


「グゥオオオオオオオオオオン!!!」


 ついに【破砕旋風】が直撃した。

 瞬間。


「消えろ……【悪逆阿修羅】!!」


 いつの間にか溜めの姿勢に入っていた悪鬼は、真紅の斬光を飛ばす。


「近づきすぎだ! 物理攻撃は効かない! 早く離れ──」


 裕也さんの声が届くよりも先に、紅き斬閃がゴーレムと衝突した。

 

「うわっ!?」


「くっ……!?」


 膨大な魔力のぶつかり合う波動が、後衛たちをものけぞらせる。


「千縁!」


「ハッ……ようやく面見せたなァ」


「「「!!」」」


 悪鬼の声に、美穂たちはバッと振り返った。


「ぐ、ががが……」


「【破砕旋風】には敵の防御力効果がある……というのをこいつは──」


「なんだ……?」


 そこでは、【破砕旋風】を受けたゴーレムが砕け散った腹を抱え、唸り声をあげていた。


 モンスターが傷を気にするというのも聞いたことがない話だが、それより気になるのは……


『き、きさ、きさま……貴様……!』


「なに!?」


「こいつ、言葉を……!」


 まるで頭の中に響くようにして聞こえる、この声だ。


「違うな。喋ってるのは……こいつの親玉だ」


「親……玉?」


 有紗さんの声に、悪鬼は鼻を鳴らして答える。


「こいつ……どうみても岩晶族がんしょうぞくだ」


「岩晶族!?!?」


「お前……知ってるのか?」


 勝瑞さんと蓮が詰め寄る。


「ああ……そもそもこいつら、なんで──ック!?」


「「「!?」」」


 悪鬼がその質問に答えようとした……瞬間、悪鬼は不意に頭を抑えてよろめいた。

 よく見れば、悪鬼の体にノイズが走っている。


「ッハ……どういうことだ?」


「おい、どうしたんだよ!?」


「……!!」


 美穂と蓮にとっては、何度も共にダンジョンに潜って、何度も共に戦ってきた“悪鬼”だ。

 そんな悪鬼が怯むのを、二人はまだ見たことがない。


(今……何があったの?)


「チッ……あ? なるほどな……!! 千縁!」


「え?」「ん?」


 特に悪鬼と長く過ごしてきた美穂と蓮は、その反応に違和感を覚える。


(何かが……おかしい。ここに来てから……ずっと……)


 ダンジョンブレイクに来てから、ずっと纏わりついていた違和感。

 特筆することがないほどの順調さ……千縁の異変。


「なにか、見逃しているような──」


『き、貴様ら……を……』


 美穂が眉をしかめた……刹那。


 キュイン! という音と共に、ゴーレムの体が輝きだす。

 顔部がボロボロと崩れ落ち、ゴーレムはニヤリと


『招待しよう』


「「「!?!?」」」


 ゴーレムがそういうと同時に、爆発する。

 同時、床が不自然に溶け出して、この場の人間全員が


「きゃああああ!」


「なんだ!?」


「こんなこと一度も……っ!」


 底の見えない奈落。

 全員が身構えて落ちていく中、一人。


 悪鬼だけは、腕を組みながら意味の分からないことを言っていた。


(……千縁?)



「ああ……ことがあるんだよ……いつは……だ」


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