第108話 突然の遭遇

「え?」


「まぁ、とにかく急げばいいんだろ? ほっとけ。俺様がいればそう何時間もかからねぇ」


 今度の悪鬼の言葉には、美穂と蓮のみならずこの場の全員が違和感を感じた。


(作戦会議の時にも説明があったはずなのに……聞いてなかったのか?)


(いや……若いわりにしっかりとしてる子だ、千縁くんは。知識もあったし、なんなら説明前にその話もしていたよ。なのに“初耳”って……千縁くんが変身したことに関係があるのか?)


 千縁は信じられないことに、つい最近まで下級探索者、それも底辺レベルだったと聞いていた。

 それゆえ、少しでも知識をつけようとしていたらしく、そのくらいの一般常識なら知っていそうなものだが……


「……どういうこと?」


「美穂もわからねぇか?」


 美穂と蓮の間で、感じていた違和感がどんどんと膨れ上がる。


「というより、そもそもちよ、最近変じゃなかったか? なんか雰囲気っていうか性格っていうか……」


「……それは私も思ってた。千縁のことをよく知ってる、とは言えない……けど、前とは印象が若干違う」


 初めて違和感を感じたのは、久しぶりに集まった時だった。

 美穂が千縁の殺髏せつろと戦った時のこと。


『……勝てない』


『?』


 数時間戦って、美穂は一度も千縁に勝てなかった。

 その時、美穂に向かって、千縁はいつもと違う反応をしたのだ。


『まぁ……元気出しなよ』


『え?』


『これは生死の争いじゃない。負けたから死ぬわけじゃないよ』


『いや……私は……』


『ま、うじうじ言っててもしゃーないし、特訓するしかないだろ!』


『……』


 前の千縁なら、いつも励ますのも自慢するのも気まずいのか、「んー……まぁ、俺も全力でやってるしなぁ……」と言っていたわけだが。


(思えば、あの時は既に【憑依】を解いていたはずなのに、殺髏? の憑依時と似た話し方のところが残ってた)


 きっとおそらく、異変があったのはあの頃からだろう。

 それともあるいは、もっと……


「……このままほっといたらまずいことになりそうな予感がする。つっても、たかがスキル一つでそこまで重大なことが起きるとは考え難いが」


「そう……私は、あまり悠長にしている場合じゃないと思うけど」


「美穂が?」


 蓮はいつもと違う美穂の発言に首をかしげるも、先に目の前の状況に注力する。


「とりあえず、ここからは魔術師隊に先出てもらおう。な?」


「……」


「……他の人の実力も把握しなきゃ」


 黙って返事をしない悪鬼に、美穂も諌める側にまわる。


「チッ……勝手にやってろ」


 悪鬼は舌打ちすると、三叉槍を担いで美穂達の方へ戻ってきた。

 それを見て皆はホッとし、息を吐く。


「どこか変……でも聞いてくれてよかった」


「……」


(俺にとっては、美穂も大概おかしくなってると思うんだが──)


 確かに千縁が普段使う悪鬼は、ここまで自分勝手に暴れ回りはしなかった。

 それは千縁がで制御しているからだろう。

 それが今回、めちゃくちゃに、これでこそ“鬼”だと言わんばかりに暴れている。「おかしい」とは言えるだろう。


 しかし、同じ【憑依】を使う蓮からすれば、「普段より存分に力を使うために、多少自由にさせてるんじゃないのか?」とも思えてしまう。


 そう考えると、意外と大したことないことのように思え、むしろ美穂の心情の変化の方が急すぎて変に思える。


(つい昨日……いや、ダンジョンブレイクしたのがメギドと聞く時までは普段通りだった。なのに、急に……)


 美穂が千縁や蓮を庇うのは珍しい。というか、普段美穂はほとんどのことに興味がない。

 だから他人の揉め事には普段口を突っ込まないのだが……


 千縁を馬鹿にした誠一さんから千縁を庇ったり、蓮達を庇おうとしたのか一歩前で歩いていたり……


(そういえば、俺たちの活動場所をメギドに決めた時、嫌そうな顔してた気が……もしかして美穂、メギドに──)


 蓮がなにか引っ掛かりを覚えた、その瞬間。


 ある一声が、全員の動きを強制的に止めた。


「オイ……来たぞ?」


 不気味なほどダンジョンに響いた悪鬼の声は、一つのことを示していた。


……?」


 先ほどまで、まるでゴミを蹴散らすが如くモンスターを薙ぎ倒していた悪鬼が、初めてしたのだ。

 そう、未到達階層の敵を蹴り殺す時にも何とも言わなかった


 それは即ち、超級以上の皆にとってのが現れたことに他ならない。

 

「──ッッッッッッ!?」


「「「「っ……!」」」」


 一拍遅れて、祐也さん、そして魔術師組、近接組の順番でその気配を捉える。


「なん……なんだ、こいつ……」


「うそ……」


「なに……?」


 そしてついに、が姿を現した。

 天井まで届くほど大きい鋼の図体に、大砲の如く肥大化された両腕。

 全体的に見れば細身の長身型に見えるが、その足は直径数メートルもある。


 先ほどまで世間話をしながら準備していた魔術師メンバー達が、それをの当たりにし、一瞬にして背筋を凍てつかせた。


「ヒッ……!」


「ゲホッ……」


「有紗さん!? 誠一さん!?」


 中でも症状が軽い勝瑞さんが、突然咳き込み出した二人に心配の声をかける。


「これは……」


「……すごい魔力。ゴーレムからこんな魔力を感じたことはない」


 謎の巨大ゴーレムから放たれるは、膨大な魔力。

 魔力をより深く、身近に扱う魔術師組は、その特性ゆえ思わず敵の力を悟ったのだ。


「ちょっ……これは……上級ダンジョンでも感じたことない……!」


 祐也さんが目を見開き、巨大ゴーレムを前に構える。


「ゴウオォォォォォオ!!!!」


「【ロックブラスト】!!」


 巨大ゴーレムがその剛腕を振り下ろすのと、祐也さんが瞬時に上級魔法を放ったのは同時だった。


 ガァァァァン!!


「っく……やるね……!」


「ゴウオオオオ!」


 宙に現れた砲台から放たれる岩の砲撃と、それこそ砲台そのものの如きゴーレムの剛腕が衝突する。

 凄まじい突風が、ダンジョン内を駆け巡った。


「キャッ!」


「有紗ちゃん、離れてて! 【アースミサイル】!」


 双方の攻撃が拮抗する中、祐也さんは同時に別の上級魔法を放つ。

 千に及ぼうかという数の土槍が、動けないゴーレムを襲った。


「ッッッッ!」


「なんでこんなモンスターがここにいるんじゃ!?!?」


「分からない! でも……とても中級ダンジョンにいるにはおかしい敵であるのは確実だ……!」


 勝瑞さんが答える。

 そう、経験があるこの場の知っていた。


 上級ダンジョンですら、単体でここまでの魔力を持つモンスターは居ないということを。


「どういうこと……?」


「わかんねえ! でも、言葉のままだろ! というか美穂は上級ダンジョン行ったことあんだろ!?」


 魔力が高いということは、それ即ち身体能力が高いということだ。

 更に、例に漏れずゴーレムのため、恐らく物理耐性もピカイチだろう。


(こんなの……厄介なんてもんじゃないぞ! 上級ダンジョンにいたとしても、最注意モンスターに抜擢されるような──)


 この場の誰もが、音もなく現れた巨大ゴーレムに戦慄を覚えた──


 ──刹那。


「【破砕旋風】!!」



 緊張を払拭する笑い声と共に、が聞こえた。

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