第107話 いつから
「まぁ憑依した瞬間寝るなんてわけはないから、多分気を失ってる」
「急にどうして……?」
「ハッ! もういい、俺様一人で十分だ! テメェらはそこで待っとけ!」
悪鬼が諫める勝瑞さんと言い争っているのを尻目に、美穂と蓮はひそひそと話す。
「わからん。でもとにかく、指示が出せてないのは確か……なはずだ」
「……」
(本来のちよなら、美穂の首を絞めたりはしない。それに、いつものように悪鬼が勝手にやったとすれば、すぐに止めに入るはずだ。それがなかったということは……やっぱり、“寝てる”な)
まさかちよの意思でやったわけじゃないよな? という考えが一瞬浮かんだが、流石にそんなわけはないかと蓮は首を振る。
「俺も特に初期の頃にはよくあった。【憑依】してる時の感覚って、なんというか、楽なんだよな。力が湧いてくるし、勝手に体が動くわけだし、浮遊感がするんだ。そして、気を抜くと意識の海に落とされていくんだ」
「……私のスキルとは逆」
「逆??」
蓮はそこでまた、違和感を覚える。
(でも、俺よりも【憑依】に詳しくて、慣れてそうなちよがそう簡単に飲まれるか? 実は寝不足だったとか? うーん……)
「まぁまぁ、いいじゃんか!!」
勝瑞さんが悪鬼をなだめようとしていた……その時。
少し立ち尽くしていた裕也さんが、軽いノリで二人の方に歩み寄ってきた。
「あァ?」
「裕也さん、とりあえず一旦千縁くんを落ち着かせたほうが……」
勝瑞さんの言葉に、裕也さんはまぁまぁと両手を上げる。
「千縁君に行けるとこまで行ってもらえばいいじゃないか。そのほうが僕達魔術師の魔力も温存できる。後には僕らじゃなければ対応できないモンスターがわんさか出てくるだろ?」
「まぁ……」
勝瑞さんは【雪舞】による物理攻撃と、【氷嵐】による魔法攻撃がこなせる、日本唯一の魔法剣士だ。
今回は当然、魔法の【氷嵐】を頼りに呼ばれている。
「【
「──なにっ!?!?」
「ゴォォォォォ!!」
勝瑞さんが渋りながらも引いた、その時。
裕也さんは背後から伝わるその熱に、思わずバッと振り返った。
背後を見れば、そこでは一体のゴーレムが焼かれ溶け出している。
炎の原因は、悪鬼の三叉槍。
悪鬼が突き立てた三叉槍の周囲から、押し出されるようにして地獄の業火が広がっていた。
(魔法を使わないにしては、やけに攻撃的な魔力波だと思った……! まさか、こんな魔法まで使えるなんて……!)
魔法使いでなくとも、スキルを使うのには基本、魔力を必要とする。
そのため多量の魔力を物理アタッカーが持っていてもおかしくはないのだが……
極級魔術師の天星裕也には分かった。
魔力の毛色が、単なる物理アタッカーとは違うことに。
「魔法じゃと!?」
「えっ! 宝晶さんって魔法も使えるんですか!?」
初めて
「ハッ! 鉄くずが……一々邪魔すんじゃねぇ!」
悪鬼は既に液体化したゴーレムの死体を蹴り飛ばすと、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「おい……あの小僧、流石にまずいんじゃないか?」
「……まま、大丈夫でしょ」
誠一さんが心からの本音を漏らすも、今回は反論する者は出なかった。
〜〜〜〜〜
「どけ!!」
「ゴゴッ!!」
「……なに?」
現れたゴーレムを、悪鬼が蹴り飛ばす。
このループが続き、その数に悪鬼がイラついてきた頃。
遂に、悪鬼の攻撃を受けて倒れないゴーレムが出現した。
階層は、四十五階層。
「チッ……面倒なやつらだ」
(まさか物理耐性ゴーレムをここまで力づくで突破するなんて……)
祐也さんはイラつく悪鬼を見て、その強さに息を呑む。
(想像以上だ……三十八階層から出る高倍率物理耐性のゴーレムを物理攻撃だけで仕留めるのは、上級探索者ですら困難だ。倒せないことはないが、いかんせん数も多く、全て倒すどころか突破すら消耗した身では厳しいと言うのに……)
しかもこれは、5人パーティ前提の話だ。
(だが千縁君は、一人で全ての敵を倒している! まるで疲労なんて感じていないかのようだ!)
そう、ここメギドが中級ダンジョンの割に苦戦が強いられている一番の理由は、敵がなぜかかなり多く、探索者の半分以上は物理アタッカーだからだ。
ダンジョンブレイク中である今は更に、全ての敵が地上に侵攻してくる以上その全てを倒す必要がある。
そのため、失う覚悟をしてでも、超級探索者を可能な限り動員したわけだ。
なんなら、この後学園長達もできる限り合流予定である。
「予想では最短で四十層終了だったから、いつダンジョンブレイクが終わってもおかしくはない……けど」
「全然終わりそうにないですな。まぁ下級ダンジョンと中級ダンジョンは違うということですかの」
勝瑞さんと誠一さんは、悪鬼の後ろで話しながらため息を吐く。
「でも、千縁君のおかげでかなり楽できてる方だと思うよ。ただの超級探索者にはできない芸当だ」
「……」
祐也さんの言葉に、誠一さんは短く鼻を鳴らして目を背けた。
若くして日本の、ひいては海外の一部でも有名になりだした千縁への嫉妬だろうか。
「あいつ……」
「クソが……【虐殺】!」
悪鬼が数回、三叉槍を振るうと、ようやくゴーレムたちは寸断される。
それを見た裕也さんは、流石にもう交代時だと頷き、前に出た。
「あ?」
「千縁君、そろそろ魔法の出番だ。交代しよう」
裕也さんの言葉に、悪鬼は更に不機嫌そうに眉を顰める。
「ここまで物理攻撃主体で、それもひとりで来れる人なんてきっと、世界を見てもごく少数だ。もしかしたら、いないかもしれない。おかげで俺たちはかなりの楽が出来た、ありがとう」
「……だからどうした? 俺様はまだ──」
「まま、俺たちも準備運動しとかないと! いざというときに動けないからさ! それに……今回は、時間がないんだ」
それは暗に、わがままを言うなと告げていた。
ダンジョンブレイク中なのだから、素早く、効率よく収束させねばならないというのは当たり前のことである。
しかし、ここで予想外の答えが返ってきた。
「あ? なんでだ?」
「「「え?」」」
「いや、今はダンジョンブレイク中で……時間をかけすぎるとモンスター達は地上に出てしまうわけで……」
思わぬ悪鬼の回答に、裕也さんは少し困惑しながら説明する。
そして、それを聞いた悪鬼は、まるで初めて聞いたかのように頷いた。
「あぁ、そうか。そういや聞いたことあるな、確か7日くらいでリポップするんだっけか?」
「そうだぞ。俺たちしか潜れない階層のモンスターがクリア前にリポップすると大変だろ。だからダンジョンブレイク鎮圧の期限は7日なんだ……って、忘れたのか?」
そして、そんな蓮の言葉に悪鬼は「何言ってんだ?」と苛立ちを込めた声を上げた。
「俺様はそんなこと初めて知ったが」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます