第106話 悪鬼と美穂


「ゴゴゴゴゴゴゴ──」


「邪魔だ!!」


 美穂たちの目の前にマグマゴーレムが現れたかと思えば、一瞬にしてその体が爆ぜる。

 そう錯覚するほどの轟音と勢いを以て、マグマゴーレムは爆散した。


「おお! 流石だよ! まさに歯牙にもかけないって感じだね!!」


「ハハハハハ! 当然だ!」


「ちょっ……急ぎすぎよ!」


 悪鬼が一撃を振るうたび、鋼鉄の人形は木っ端微塵になっていく。

 その様子を裕也さんは、テレビに食いつく子供のようにはしゃいで見ていた。


「もう……面白いことを見つけたらすぐ子供みたいにはしゃぐんだから……」


「ほっほ! でもそういうところが国民に好かれる理由なんでしょうなあ」


 有紗さんの言葉に、誠一さんは諫めるように言う。


「しかし……あの少年は……」


「ラァ!! オラァ! ハッ……雑魚が!」


 誠一さんは、暴れ狂う悪鬼を見てため息を吐く。


「少々人間性が欠けておりますかな」


「おい! どういうことだよ!」


「む?」


 そんな誠一さんに向かって、蓮が詰め寄る。


「何言ってんだ! あれは【憑依】の反動だ、ちよのことを悪く言うようなことはやめろ!」


「むぅ……そんなこと言ってもどう受け取るかは国民次第だしの……戦闘している姿がよく見られるのだから印象付けされやすい。君もそれで“悪童”とついただろう?」


「ま、まぁそれはよぉ……美穂との対比の意味もかねてだったが……とにかく、そんな言い方ねぇだろ!」


 つっかかる蓮に、誠一さんは鼻で笑って返す。


「別に、事実を言ったまでじゃろ」


「っ……」


(美穂はには興味が薄いし、俺が言わなきゃ……)


 蓮が千縁への言葉に腹を立て、自分が引き下がるわけにはいかないと拳を握りしめた、その時。

 予想外の人物が、誠一さんに声をかけた。


「やめて」


「美穂……!?」


「む?」


 “神童”、神崎美穂だ。


「ダンジョンブレイクの中で、みっともない」


 美穂の淡々とした言葉に、誠一さんはムッと眉を顰めた。


「む……お嬢ちゃん、それはわしに──」


「何を言っても、今戦ってるのは千縁。少なくとも、それで助かるのはここにいる皆が同じ」


「わしに補助などいらんわ」


 美穂と誠一さんの視線が交差する。


「……」


「くぅ……ふん!」


 しかしながら、最年長超級探索者である誠一さんの厳かな瞳より、金髪美少女の昏い瞳のほうが強烈だったようで。

 誠一さんはそっぽを向くと、ずんずんと進んで行ってしまった。


「美穂……どうして?」


「? 何かおかしい?」


 蓮は美穂の意外な行動に疑問をていするも、まさか「そんな情がある人間だと思っていなかった」なんて言えるはずもなく言葉を飲み込む。


「ハハハハハ!! 俺様のお通りだ! 道を開けろ!」


「「「グゴゴッ!!」」」


「おい! 鬼道丸のガキ! オオカミ女! テメェらはどうすんだ! !!」


 そうこうしているうちにも、悪鬼と裕也さんはどんどんと階層を下っていく。


「あぁ……鬼道丸!」


「……オオカミ女はやめて」


 悪鬼の言葉で、美穂と蓮は再び戦場へと呼び返される。

 裕也さんの笑みを見るに、裕也さんもパーティでの戦闘が見たいのだろう。手招きしている。


「【地獄鎖】!!」


「……【貫通】」


「ハッハァ!! 【虐殺】!!」


 新星ニューノヴァ三人の攻撃がオーガゴーレムに対して叩き込まれる。

 ──が。


「ちょっ……!」


「あァ!? 何やってんだ、お前ら!」


「うるさい。合わせる気ないの?」


 美穂と蓮はともかく、二人と悪鬼の攻撃のタイミングが全く噛み合わない。

 悪鬼の【虐殺】がヒットし、オーガゴーレムの体が空中回転した瞬間、放たれた鎖が空振りする。

 美穂の大剣による突きも、心臓部ではなく肩に命中した。


「ちょっ……落ち着い──」


「あァ!? 俺様に合わせるのが当然だろうが!」


「なんでもいいけど、息を合わせて。そんなんじゃ戦闘もできない」


 有紗さんが諫めようとするも、最初から喧嘩腰な悪鬼に美穂が買ってでる。


「オイ、オオカミ女! どういうつもりだ!?」


「……美穂。オオカミ女はやめて」


「ア゙ァ!? 俺様に指図するな!」


 二人の喧嘩はヒートアップし、流石の勢いに裕也さんや勝瑞さんも止めに来る。


「ちょっと、千縁くん! 落ち着いて!」


「どうしたんだい? パーティメンバー同士で喧嘩なんて……一旦【憑依】を解いて、落ち着いて!」


 しかし、二人の言葉を完全に無視して、悪鬼は美穂に対して三叉槍を構えた。


「テメェ……俺様を舐めてんのか!? アァ!?」


「……意味不明。でも、戦うなら受けて立つ」


「ちよ!!」


 蓮の言葉も届かず、悪鬼は瞬間移動の如きスピードで接近して、美穂の首元を掴みあげる。


「「「!?」」」


「っ……、? 千縁……?」


「ちよ……!? 何やってんだ、めろ!」


 その行動に、美穂と蓮は異変を感じとって目を見開く。

 普段なら、悪鬼が暴れだしても、千縁が中からなだめたり、抑えたりしていた。


 だが、今の悪鬼は全く止まりそうにない──


 ──まるで、暴走特急のようだ。


「テメェ如きが、俺様と戦うだと!? ハッ! 憐れみを覚えるどころか、もはや滑稽だな!」


「ちよ、り……? ちょ……【月狼変化】……!」


「やりすぎだ! 離せっ千縁くん!」


 容赦のない悪鬼に、首が絞め切られないよう、美穂は【月狼変化】を使って身体を膨らませ、脱出する。

 冗談では済まないレベルの状況に、勝瑞さんはスキルを使って悪鬼を止めにかかる。


「【雪舞】……!?」


「邪魔だ!!」


「きやっ!? なに!?」


 しかし、その剣が届く前に、悪鬼の身体から真紅の魔力が放たれる。

 今までに無いほどに壮絶な魔力の波動は、勝瑞さんのみならず後ろから駆け寄って来た有紗さんや誠一さんをも後ずさらせた。


「なんだ……今のは」


 それを見た裕也さんは、思わずそう、呟いた。


「ハッ! 千縁は何も言っていない! 俺様に任せてるんだよ!」


「……なに?」


 悪鬼の言葉に、美穂と蓮は抱いていた違和感を確信に変える。


(おい、美穂……あいつ……やっぱり……)


(前に蓮が話してたこと……本当だった?)


 蓮は小さく頷き、美穂に告げた。


(千縁が言う【憑依】の深度Ⅱには、力を更に借りれるが、9割方、特に表の人格を契約者に明け渡すというデメリットがある。残る一割の人格は、基本的に最低限の自制や目的を示し制御する分なんだが……)







「あいつ、寝てるわ」

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