第71話 一任者の意向


「あっ、来ました?」


「……早かったな」


 一絺さんと別れてからから30分後。

 入り口のあたりで待っていると、一絺さんがやってきた。


 俺がすでに入り口で待っていることに、一絺さんは驚いた表情をする。


「ふっふっ……ちゃんと終わらせておきましたよ」


「よし、それじゃあ……行くぞ。このダンジョンのボスはまだわからないが……用意はいいか?」


「はい!」


「よっし、それじゃあまずは雑魚掃除と行こうじゃないか!」


「あ、いや、終わりましたよ?」


 ビシッ! とダンジョンの入り口を指差した一絺さんがずっこける。


「なん、なんだって?」


「いや、ですからちゃんと終わらせておきましたよって」


 一絺さんが愕然とした顔で俺の顔を見つめてくる。


 ちょっ、何? やめて。あんたが言ったじゃん。

 美人にそんな見つめられたら照れるんだが?


「と、とにかくさっさとボス部屋行きましょう!!」


「本当なら奥まで数時間かかるはず……せっかくおやつも持ってきたのに……」


 何やら呟いている一絺さんを引っ張って、俺はダンジョンへと向かった。


〜〜〜〜〜


「ほんとに10階層のモンスターを30分で全滅させたのか!?」


『ハッ! あんな雑魚如きが、俺様の相手になるわけがねぇだろ!』


「まぁ……一応超級依頼を受けさせてもらってますんで……」


 俺は一絺さんの言葉を勘違いしていたらしい。

 ボスを捕獲する準備だから、道中の雑魚を全員掃除するのかと思ってたんだけど……


 シンプルに準備運動の意だったらしい。


「ふぁあぁ……」


 一絺さんがグミを頬張りながら欠伸あくびする。

 俺が道中のモンスターを全て倒したことで、もはやダンジョン内はお散歩スポットと化していた。

 たった30分でモンスターが再出現リポップするわけもないしな。


「ところで……千縁君は大阪対抗祭で優勝したのか?」


「え? ああ、はい。見てくれてました?」


「いや……私は普段PCで研究の専用サイトしか見ないからな。テレビもネットも見てなくて、今知ったところだよ」


「そ、そうですか……」


 え、えぇ……まあ、視聴率100%な訳じゃないし、知らない人がいてもおかしくはないんだけど……ネットすら見てないとは。

 トレンドってやつに載ってたから、誰もの目には入ると思ってたんだけど。


「しかし、千縁君がしてくれたおかげで快適だよ!」


「あ、そうですか。よかったです。と言うより、一絺さんはどうして中に?」


 一絺さんがハハハ、と笑う。

 この人マジで楽しそうだな……


「ああ、それはな……ボスモンスターが戦う様子を、カメラに収めたいからさ!」


「……え?」


 一絺さんはそういうと、持っていたリュックサックからカメラを取り出した。


「いや、なんでですか!? 危ないですよ!?」


「これも研究だよ、研究。直接見て、動画に収めることでモンスター、とりわけボスモンスターの行動をする手掛かりとなるだろ?」


「え、えぇ……? そう……ですかね? いやでも、ボス部屋に入りとか無謀過ぎますって!」


 ボス部屋に入ったとしても、ボスを倒さなきゃ撤退できないわけではない。

 それならそもそも生け捕りにして運ぶことすらできないしな。

 しかし、危険なことには変わりない。


「危険を犯さずして結果がついてくるわけがないだろう? 安全に未知を紐解こうなんて……土台無理な話だ!」


「……!」


『自分より格下の魔物じゃ魔力が全然上がらないので、無理もせずに強くなろうなんてのは土台無理な話ですよね』

 

 この言葉が、脳裏に浮かんだ。

 これは、俺の家にダンジョンが出現した時……極級探索者、天星祐也がテレビインタビューで言っていた言葉だ。


(…………)


 なんというかまあ……


「すごい人は、皆同じことを考えるんだな」


「ん? 何か言ったか?」


 やっぱり、想像以上にこの人は凄い研究家なのかもしれないな。

 研究のために、一般人ながらもボス部屋に強行するなんて。

 この人は、大激変研究の一任者になるかもしれない。


(俺がいる以上……ボス部屋に入ったとしても、この人を無傷のままボスを倒して帰してやる!)


「ふぅ、ふぅ。さて……ここがボス部屋かな?」


「はい。この扉を開けるとボスがいる……はずです」


 そうしてお散歩するうち、ボス部屋前の扉にたどり着く。


『……オイ。用心しとけ。なんか、妙な気配を感じるぞ』


「悪鬼?」


「ん?」


 悪鬼が何やら警告する。


『まあ、俺様の力を使うってんなら楽勝だけどなぁ!』


(そうか、よかった)


 中級ダンジョンなのに、悪鬼から警告を聞くとは……

 やはりボスモンスターは、埒外の存在らしい。


「さて……じゃあ人生初のボス、いっちょ捕まえてやりますか!」


「おー!」


 拳を突き上げてノリノリの一絺さんと一緒に、俺は初のボス部屋へと踏み込んだ。

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