第70話 side日月一絺:彼の正体は


 私は、急いで事務室に向かっていた。


「全く、無駄に広い家になってしまったものだ……!」


 普段運動をしなすぎて、家の階段を登るだけで汗が止まらない。

 

 研究施設や書類整理室、資料室など色々作った上に、普通に住むためのスペースまであるもんだから、スマホを取りに行くだけで地下一階から三階まで移動しなくてはならないじゃないか。


(くう……階段が長い……)


 地下一階はダンジョンの入り口と防衛機構があるからいっぱいで、一階は客間と資料室。

 二階には研究施設を置いたもんだから、自分のスペースは三階にしかない。


 実験とかをしているからスマホを常時持つこともできないし……


「はぁ、はぁ、やっとついた……」


 私はベッドの横に置いてあったスマホを手に取り、連絡帳を漁る。


 プルルルルルルルル……


『よお、日月ひづきか!? 珍しいな、お前が連絡を取ってくるなんて!』


「はあ、はぁ……お前とそこまで親しいつもりは……ないしな……はぁ、はぁ」


『なんだ? まーた階段で息切らしてんじゃないだろな!? しっかり運動もしろよ。ダンジョンにはどうせお前も入るんだろ?』


「はお、はぁ……ふぅ。……お前、分かっててやってるのか?」


『あん?』


 全く! 理解の悪いやつだな!

 あいつとはかなり幼い頃からの付き合いだが……と言っても、私にとっては叔父のような者だ。年も20ほど離れてるんだからそんな友達みたいに話しかけるなよ!


「大阪探索者協会長ともあろうおっさんが頭悪いときた……協会大丈夫か?」


『おい! 辛辣だなぁマジで! ……で、わざわざ電話してきたのは宝晶のことか?』


 大阪探索者協会長の海原真が、確信めいた声色で私に言った。


「そうだ。あいつ、上級探索者だったぞ! 何か理由があるんだろうが……どういうつもりであいつに許可したんだ?」


『あー……そうか。お前、研究ばっかで引きこもってて、ネットもテレビも見ないんだったな。それなら知らないか』


「……何?」


 海原は何やら知ってる前提で送ってきていたらしい。


『安心しろ、あいつはな……大阪四校対抗祭で“神童”に勝った男だぞ』


「何!? 超級探索者の“神童”か!?」


 神童といえば……最年少超級探索者とか騒がれてたやつだよな?

 ああ、そうか。神童は確か女……男で学生レベルの若さなのに超級かと勘違いしていた私がバカだった。学生で超級探索者になったやつは神童以外聞いてない。

 流石に出れば私の耳にさえ入って来るだろうからな。

 最初から超級ではなかったのは確実だった。


 それでも、海原は千縁君をよこしたんだ。


『ああ。しかもあいつは第四学園だったんだぜ!? ほぼ一人で勝ち抜いたってわけよ! しかも神童以外はスキルも使わずに!!』


「……」


 開いた口が塞がらない。

 妙に礼儀正しかったし、“悪童”が超級になったわけじゃなさそうだったが……まさか第四学園出身だったとは。

 しかも一年らしい。第四学園に入学するレベルの魔力値だったのに、数ヶ月で超級になった?


(これは……)


 私は何か、確信めいたものを感じた。


(あいつなら……!)


『まあ、だから大丈夫だ。……それより、心配なのはお前だな、日月。あんまり前に出過ぎるなよ? それに、宝晶に近づきすぎたら巻き添えを喰らうかもしれないし、あと……』


「わかった、わかった! 十分だ! 注意する!」


 過保護な親の如く小言を言う海原の電話を切り、私は急いでバッグに用意を詰める。


「あ……そういえば」


『なんでそんな奴がこんな依頼を?』


『家買いたいらしい』


「…………」


 メッセージを送って1秒で返ってきた。

 まさか大抵なんでも叶えられる超級探索者レベルの探索者が家のためにこんな依頼を受けるとは……


「家……か」


(……そういえば毎日研究室の椅子でばかり寝ていて、この部屋は最近ずっと使ってないな)


 海原によると、この依頼を終えてもなお、一億ほど足りないらしい。


(いや……何考えてるんだ)


 私は何か、とんでもないことを考えてしまいそうになって、被りを振る。


「……さっさと行くか」


 恐らく、一時間あればアップは十分だろう。




(やっと……私の夢が叶うかもしれないな)

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