第67話 日月一絺


「とりあえず、座ってくれ」


「え、ええ……じゃあ」


 絵の中は、外見以上に豪華だった。

 言われるがままに、ふかふかな椅子に座る。


(おお……すげぇ、ふかふかだ! 欲しいな……)


 家を買ったらこの家具も欲しいな……と考えていると、奥から長髪の女性がカップに何かを入れて持ってくる。


「ほら、紅茶は飲めるかな?」


「紅茶……? 名前は聞いたことありますけど」


「えっ???」


 紅茶かぁ……金持ちの飲み物って聞いたことはあるけど。


「ま、まあいいか。ところで依頼といったね?」


 白衣の女性は、紅茶を啜りながら言った。


(医者……なのか?)


「はい。モンスターの捕獲とだけ聞いてますが……」


「おお!! ついにその依頼を受けるものが現れたのか!」


 なんだこの人!? 俺が依頼を受けに来たと言った瞬間、テンションマックスで立ち上がり、俺の手を取って振り出した。


「で、誰だい!? その依頼を受けたのは!」


「ぼ、僕ですけど……」


「え??」


 ピタッ、と女性の動きが止まる。


「誰かの使いとかじゃなくて?」


「はい」


 一瞬女性は困惑したようだが、すぐにハッとした。


「まさか……君、若いように見えるが超級探索者か!?」


「え、ええ、まぁ……はい」


「おお! そうなのか!! しかし、超級なりたてだとかなりしんどいかもしれない依頼だが……大丈夫か?」


 かなり頭の回転が早そうだな。

 女性はそう言いつつも、小さな袋から書類の束をとり出した。


(アイテムボックス……!? この人、明らかに探索者じゃないのに……この豪邸といい、凄まじい金持ちなんだな……!)


 探索者でもないのにアイテムボックスを買うとは、探索者ほどのリターンがないことを考えるとかなりの浪費だ。それを許せるくらいの金持ちなんて……


「さて、それじゃあまず説明させてもらいたいんだが……」


「あっちょっと待ってください!」


「ん?」


 勢いそのままに書類をめくり出した女性に、慌てて自己紹介をする。


「僕は宝晶千縁と言います。お名前は……?」


「あぁ! まだ言ってなかったか! いや〜すまない、よく忘れてしまうんだ」


 女性はコーヒーカップを置くと、髪を払いながら言った。


「私は日月一絺ひづきいち。モンスター研究家だ」


「モンスター研究家……ですか?」


 一絺いちさんがフフン、とドヤ顔で鼻を鳴らす。


「そんなにかしこまらなくてもいいぞ。そうそう、極秘裏にモンスターの生態について研究しているのさ」


「それ言ったら極秘裏じゃ……」


「あっ」


 一絺いちさんがゴホンッ、と咳払いする。


「わ、忘れてくれ。とにかく、政府からの支援も受けていた、大研究家なんだぞ!」


(この人、凛とした見た目と違って、意外と抜けてるところあるな……)


「でも、モンスターについての研究なんてすごいじゃないですか!!」


「そ、そうだろう? フフフ」


「解明できたら人々の希望になるかもしれませんし、何より危険じゃないですか! それなのに研究を進めるなんて、流石大研究家……って、?」


「……」


 俺の言葉に、一絺いちさんが少し唇を噛んだ。


「……何も解明しないから、と早々に見限られたのが三年前だ」


「ああ……」


 まあ27年もあって何も進歩しないとあればそうなのか。

 でも、一絺さんは見た感じとても若いし、諦められたのは他の研究員で、一絺さんの研究はまだまだこれからのはずなんじゃ……


「だから私は、今まで誰もが叶えられなかった実験をして、モンスターの謎を解明するんだ!!」


 ダンっ! と一絺さんは机を叩いて立ち上がった。


「まあ、研究を始めたのは四年前だが」


 一絺さんがてへっ、とウインクする。


 いや一年で支援切られたんかい!

 なんだ……? 豪邸に住んでるのは元々お金持ちだったからなのか?

 

 すごい才能の持ち主だったのかと思ったんだけど……いや、この場合は政府が諦めてしまったという方が正確だろう。

 ダンジョンのことは何も分からない、と既に決めうったんだろうな。


「で……じゃあ、何を捕まえてくればいいんですか?」


「フフフ……よくぞ聞いてくれた! それはな……」


 俺の言葉に、一絺さんは腰に手を当てて言った。


「ダンジョンボスだ!!」 

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