五日目・夜ー2

「久々だね、随分と」

「そりゃあ、僕にだって用事はあるよ」

「帰省って聞いてたから、てっきり、その日になって元の場所に帰ったのかと思ったよ」

「ふふ、帰省先でも最近の小学生は忙しいの。そっちはどう?随分浮かない顔してたけど。いや、顔というより、後ろ姿かな。今日は、丁度いいことに、そんな葵に対して一つ面白いことを持ってきたんだけど」

「え、何?天体観測?」

「いや、いつもと変わんないじゃん。…行こうよ、あっちの山の方に肝試しに」

「へ?」

嫌な笑顔でそら君は言う。それに気の抜けた声で答える。あまりに意外な提案に、開いた口が塞がらない。

「僕が行きたいんだ~!もちろん、葵に拒否権なんてないよ?そんなことして、僕がここで大声で叫んだら、どうなるだろうねえ」

「そらくっ…!いつの間にそんな交渉術、いや命令術を…」

わなわなしながら答える。してやられた、という感じだ。そんなことされたら最悪、というか割と普通に考えて手錠のお世話になる。

しかし、少し不味いことになった。こんな禁止技のようなものを持たれては、追及はおろか彼の言いなりになることしかできないじゃないか。ただでさえ、今からも怖いものは大の苦手なのに。

「よし、行くよ!あぁ楽しい」

彼が私の手を引く。悔しいが、抵抗してはいけなかった。






「よ~し、着いた!」

「着いたねー…」

「ねえねえ葵さん、どうしたの?そんな暗い顔して!」

に焼けながらそら君は、私の顔を覗き込む。一体今日の奇妙な明るさといい、何がそら君を急にこうさせた、こうさせてしまったのか…

「私怖いの苦手なんだよー」

「へえ、そうなんだ!じゃあ行こうよ!」

「話聞いてた!?…あーもう、速い、待って!」






「暗いねー」

「そうだね…うわあ、なんか踏んだ!」

連れてこられた場所は山。目の前は暗いし、空も木で見えにくいし、おまけに時折獣の泣き声が聞こえてくる。…はっきり言って最悪だ。

「何?…って、枝じゃん。怖がりすぎだよ」

「怖いに決まってるでしょ、こんな暗いところ!」

「…そうだねー。ほら、星屑上げるから落ち着いて」

「落ち着けないよ…ん、甘い」

くそ、これじゃあ私がそら君を見てるというより、そら君に見られてるみたいじゃなないか。

「そら君、どうしてそんな平静なの?ほら、今もそこ、動いたじゃん!何で動じないの!?」

「えー、だって山にいる動物って、こっちが危害加えなかったら襲ってこない動物ばかりだよ、怖がること無いよ」

「確かに、いやそれもおかしいけど、幽霊とか怖くないの?」

「幽霊ねえ。見えたことないからいないんじゃない?」

「何それ、強すぎるでしょ…というか、何でそんなのなのにここまで来たの?

肝試しって、怖い!きゃー!楽しい!って行事でしょ?」

「葵さん、どうせ怖いの無理だろうなと思って。面白そうだったから」

「うわあそら君、そんなに性格悪い子だったんだ、知りたくなかったな」

「人は皆そういうものだよ。…それに、僕は明日でここからいなくなるしねー」

「え、そうなの?」

「僕、明日の夜にこの村を出るんだ。だから最後に、あの海と空以外も見ておきたくて。折角なら、出会った葵さんと一緒に」

「あそこ以外行ってないの?…というか、明日?随分急だね」

突然彼から発せられる、別れの宣言。どのみち私は明後日で出ていくことになっているのだけど、それでも正直最後まで彼とは最後の日まで一緒に居られると思っていた。思わず、悲愁の思いが顔に出る。

「あれ、悲しんでくれてるの?意外だな、僕は今も葵にこんなことをしてるのに」

「ううん、いや、これは正直凄い嫌だけど。でも、それと昨日までとの思い出は別問題だからさ。こんなところで、3日とは言え2人でいたわけだし」

「たったの3日なのに?」

「う~ん、どうにも私はその辺の感情移入的なのが早いんだよね」

「へえ、…僕、ここであったのが葵さんでよかったかも」

「え、何て?」

「うん?ああ、もう山の頂上だよ」

「あ、やっとかあ。後は降りて終わりだよね?」

「うん。楽しかったよ。…よいしょ、っと」

「うわあ、凄い景色」

頂上にたどり着くと、眼前には星空。さっきまでの苦痛が帳消しにされるほどに、美しい空が広がっていた。

「疲れた…寝る」

「ちょ、ちょっと。流石に私は君をおぶって帰れないよ」

「うん、知ってる。眠くないし」

「君は何なの?」

「僕は僕だよ。それにしても、綺麗な空だね」

「そうだねえ。明日は、この辺りに彗星が来る日だけど、そら君はその時はもう帰ってるの?」

「うん。もしかしたらもう元の場所に着いてるかも」

「え、それ大分変えるの早くない?それじゃあ、もう今日でお別れか」

「そうかな。…あ、金平糖もう無いや。はい、片方上げる」

そう言いそら君はまた一粒金平糖を私に渡す。

「あ、ついでに箱も上げる。持っておいてよ、形見形見」

そう言って、私に金平糖の入っていた小さな木箱をついでのように押し付ける。

「ええ、持って帰りなよ」

「嫌だめんどくさい」

「こんなところで子供ぶらないで…はあ」

木箱をポケットにしまう。角が取れているためか、あまり体には刺さらなかった。






「そろそろ帰ろうか。そろそろ帰らないと流石にまずい」

「そうだね。…ねえそら君。今日は楽しかったね」

「そうだね。どうしたの?なんか不気味だなあ」

「…あのさ、そら君、貴方は、何なの?」

下山を始めようとするそら君に問いかける。ここ以外に、タイミングは残されていなかった。

「何って言うのはどういう事かな?小学生の星月そらだけど…」

「でもさ、小学生にしてはやっぱり不思議なところが多すぎるよ。口調もそうだし、前まであった時、毎回いつの間にか何一つ音沙汰無く帰ってる事も。それに、こんな夜遅くまで出歩いて、昨日までがそれで怒られて来なくなってた、とかならわかるけど、それならもう今日も一生、来る事は出来なかったはず。…後はやっぱり、決めては雰囲気かな。私は、どうにもあなたが小学生には思えない。それが知りたいの」

今まで感じた違和感、それを全て伝える。雰囲気と口調は抜きにしても、どうにも看過できない点。言い逃れは難しいだろう。しかし、そら君は何一つ動じるそぶりを見せず、

「ああ、やっぱり思ってたかあ」

とだけ言った。

「やっぱり?どういうこと?」

「ちゃんと見てるね、葵さん。やっぱり無茶だったか」

一人でそら君はしゃべっている。

「ねえ、私にもわかるように説明してよ」

「…うん。じゃあ、明日。いつもと同じ時間に、あの海沿いに来て」

そう私に告げて、そら君は。

………私の目の前で、どこかへ、一瞬で姿を消した。

後には、ポケットの中の木箱。それだけが残った。

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