一日目・夜

「………何でいるの?」

「何でじゃないよ、葵。少しは嬉しそうな顔でも見せなよ」

時刻は六時を少し過ぎたぐらい、まだ少し明るいド田舎の駅のホームの改札を出たところには、嬉しそうな顔の母が待っていた。

「いや、わざわざこなくて良いのに。、、、ただいま、母さん。それじゃあ、アイス買いに行こう」

「そうだね、今日は家に父さんと、親戚の子とかもいるから、二箱ぐらいいるかな、私財布無いから、一先ず建て替えといて」

「ここまでわざわざ来たのに財布無いの?まあいいや、それぐらい私が買うよ」

「お、言うようになったね?」

「そりゃ、給料もらうようになったしね」






「ただいま」

少しガタついたドアを開けて言う。通路の向こうからは、ここからでも大勢の賑わいが伝わってきた。

しかし返事が返ってこないので、リビングの方へ足を運ぶ。すると、確かに親戚が覚えている限り全員居た。

「おぉ、葵!久しぶりだなぁ」

「うん、久しぶり、貞治おじいちゃん、元気してた?」

「そりゃあこっちの科白せりふだあ葵、お前、仕事とか、最近、というかこれまで四年間、どうなんだよ?」

「いや、まあまあ楽しくやってるよ」

と、祖父の前に腰掛けようとするも

「ちょっと、おじいちゃん、葵ねえちゃん取らないでよ!理沙も遊びたい!」

「葵姉、俺とゲームしよー!」

といった感じで子供たちはそれを許してくれなかった。

「はいはい、わかったわかった!ほら、それよりアイス買ってきたよ!」

「「やったー!」」

「もう…」






その後はいとこと遊んだり、車の運転手以外の全員でお酒を飲んだり、家に送った大学の卒業アルバムを大人全員で読んだりと、まあ色々なことをした。社会人になった、というのはどうにも皆にとってもビッグイベントらしく、本当に根掘り葉掘り聞かれた。…そのせいで子供たちとはあまり遊んでやれなかったことが悔やまれる。

そして、大体時計が10時を刻もうというあたりに、親戚たちはみんな引き上げていった。

「葵、あんたはいつ頃寝るんだい?」

「う~ん、どうしようかな…」

「まだ寝る気にならないんだったら、海でも散歩でもして来たらどうだ?

酔いも覚めるし、色々思うところもあるだろ」

と、父さんが持ちかけてくる。なるほど、確かにそれは気になるところだ。

「それいいね、少し面白そうかも」

「それじゃあいってらっしゃい、私たちは眠いから寝るわ、鍵は開けておくからね」

「いや、鍵渡して!?怖いよ、この町の治安が悪いとは言わないけどさ」

「そんな人が出るほど人もいないんだけどねえ…」

「だから油断するんだよ…」

父さんから鍵を受け取る。そして、寝る前の挨拶を済ませ、家の外に出た。

空気が澄み渡っていて、目の前には美しい星空が広がっている。星の一つ一つが自己主張して、暗い空の中全力で煌めく。こればかりは都会がどれだけ物があっても作り出すことのできない、無機質な人工照明が作る夜景、何なら100万ドルの夜景にも劣らない代物だろう。

視界は見渡す限り闇、電灯もないので星空と月の光のみが弱く道を照らしている。

頼りになるものは空からの光と波の音のみ、とても少ないヒントに、ただの散歩ですらも、普段の生活ではあまり感じることのない、探検をするような気分になる。

「どこに行こうかな…やっぱり父さんも言ってたし、海の方でも行こうかな」

少し遠くから聴こえる波の音。それに身を任せ、海沿いの方へと足を進めた。






「あ…不思議な感じ」

海沿いに到着する。見渡す限りは海の方は暗く美しい空、そして少しだけ光を反射する、吸い込まれてしまいそうな黒の波に、ざざぁん、、、響く波の楽音。都会の夜の人気のない公園とかも風流ではあるが、ここにはとても勝らないだろう。

波打ち際には大量のテトラポッドが積まれていて、暗い海と無機質なテトラポッドのみという眼前の景色の殺風景さが、異質な雰囲気をこれまで見た他の場所よりも引き立たせている。殺風景であり、斯くもまた神秘的だ。

「懐かしいなー、昔はここで泳いだりしたんだっけ。もう少し歩いてみようかな、あっちの方に確か降りる場所あったはず…」

ゆっくりと歩を進める、一歩一歩歩く度、大昔の思い出が少しずつ呼び起こされる。友達と並んで海に言った思い出、高校の帰りに友達と自転車をこいだ思い出、大きな声で友達と泣いた、卒業式の思い出。一つ一つの思い出が、掘り起こされるように心の奥に浮かんでくる。

「もし、大学もこの町だったら、どうなってたんだろうな…」

と、ありきたりな、考えるだけ野暮な言葉を口に出す。その時、少し遠くの海上のテトラポッドのうちの一つに、小学生ぐらいの男の子が猫背気味に座って、ぼうっと空を見ているのが見えた。

「君、大丈夫?」

こんな夜遅くにどうしたのだろう、と思い、怖がらせないようにゆっくりと二つ隣のテトラポッドに座り、声をかける。男の子は、あまりこちらのことを気に留めていないのか、

「…大丈夫」

とだけ答えた。

そう、と答え、男の子に合わせて空を見上げる。なぜか、この光景に不思議とおかしさは感じなかった。この流麗な光景の中に、この男の子は居て当然のものだ。そう思わせるような絵画のような奇妙な美しさが、男の子にはあった。

そのまま、二人並んで星を眺めた。



そのまま星を見ること数十分、座りはじめよりも星が増え始めていた時、

「…ねえ」

と男の子の方から声をかけてきた。

「うん、どうしたの?」

「あなたは、僕を帰そうとはしないの?」

「うーん…帰したほうがいいのかもね、でも、きっと君にも、こんな時間にここに来るだけの理由があるんでしょ?だから別に。なに、私が見守っていればいいだけの話だよ」

「…ありがとう、嬉しい」

そう伝えると、男の子は少し表情を緩めた。

「でも、帰るときは私が送っていくからね、見つけたんだから、それぐらいはするよ。ところで君、このあたりの子なの?名前は?」

「それこそ不審者と間違われないかなあ…そら。星月そらだよ。そらの漢字は内緒。あなたは?」

「笹原葵。葵でいいよ」

「葵。葵はこのあたりの人?」

「昔はね、今は違うよ。里帰りに帰って来たんだ」

「そうなんだ。…綺麗だね、空」

「そうだね、都会とは全然違うや。君も、いい名前を付けてもらったね」

「うん。…そうだ、葵さん、星屑食べる?」

「星屑?」

そら君はポケットから箱を取り出し、五ミリ程度の大きさのものを取り出し、それを私の方へ投げた。ちょうど私の手へ着地したそれは、深い青色をした金平糖だった。

なるほど、金平糖を星屑と言うのは、なかなか面白いと感嘆する。

「星屑って、金平糖のことだったんだ。すごいお洒落だね」

「でしょ?金平糖は、果てた星の具現化だから。星空がよく似合う」

と、一粒を月にかざしながらそら君は言う。

随分と不思議なことを言うな、と絶句し、小学生でここまで進むものなのか、と

時代の変化をまざまざと感じる。

もらった金平糖を口に入れる。口の中に広がる表面のざらざらとどこかぼやけた砂糖の味は、昔食べた時の記憶、そして私の懐古心をくすぐった。

その後も二人話し、ふと腕時計を見ると、短針が12を指そうとしていた。

「うーん、もう日付変わっちゃうけど、君は大丈夫?」

「僕、そろそろ帰ろうかな」

「そう、送ってくよ」

そう言い、テトラポッドから降りようと下を向いたその時。

「いや、ごめんね。やっぱりそんなに迷惑はかけられない」

と声が聞こえたかと思うと、次に目を向けた時には彼はどこにもいなくなっていた。

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