Sherry
「先輩。おはようございます!」
そう後ろから元気よく里中が話しかけてきた。いつしかそんなことも日常となりビックリすらしなくなった。
「おはよう。」
俺はそう里中に笑いかけた。
「先輩、先週楽しかったですね。」
「そうだなー。てか、お前ずっとそれ言っているな」
なんて里中と話しながら俺は自分の席へと座った。
すると隣から
「もちろん。めっちゃ楽しかったので。そういえば俺と別れてから先輩何してたんですか?」
「へ?」
俺は間抜けな声を出してしまった。
「え?俺なんか変なこと言いましたか?」
そう言って里中は笑った。別に里中は変なことは言っていない。だけど俺の心の内は変に焦っていた。だけどそれを悟られるわけにもいかない。
「いや、別に。だけどそんなこと聞くんだって思っただけ。」
「なんだーそういうことですか。てっきり浮気しているかと思いましたよ。」
「はは!そんなことするわけねぇだろ。そのまんま家に帰って寝たわ。」
俺はそう笑って自分の中にある嘘をごまかした。
浮気はしてない。うん。あれは浮気とは言わないはずだ。うん。
「へーなんもしなかったんですね。さすが寂しい人」
「おい。」
里中の言葉にはいつもとは違う寂しさというか怖さのようなものがあったように感じた。だけど俺はそれを気にしない振りをした。
そのあとはいつも通り朝礼があって俺は今日は珍しく窓口業務の担当ではなかった。しかし里中はと言うと午前中は窓口担当だった。
「わーやだー先輩と離れたくないな」
「もういいから早くいけよ」
そういって笑うと
「じゃあ、今日お昼二人っきりで食べましょう。俺のご褒美として」
里中は書類を両手で抱えてそういった。
「わかった。いつもの定食屋でいい?」
「はい。」
里中は笑って返事して窓口の方へと行った。
俺はそのあとはいつも通りパソコンと向き合いながら電話対応をしてを繰り返していた。
「先輩。休憩の時間ですよ、行きましょう。」
そう里中に言わると同時に聞きなれた声で
「髙地~ご飯行こう。」
と戸田に言われた。俺はどうすればいいか分からず「あ~」とただ声を伸ばしていると里中が「先輩すみません。今日ふたりきっりで食べたいんでいいですか?」
とはっきり言った。戸田はそんな里中に戸惑っていたが「あ~わかった」と言ってどっか行ってしまった。まぁそうして(無事に?)俺らはふたりきっりでお昼ごはんを食べに行った。
いつもの道。いつもの定食屋。いつもの店員さん。いつもと唯一ちがうのはその相手だ。
俺はいつも通りしょうが焼き定食頼んだ。里中は鯖の塩焼き定食を頼んでいた。
「なにかとはじめてですよね。ふたりきりのお昼。」
「あぁ確かにそうだな。」
「今日も夜空いてますか?」
「あ~空いてるよ」
「じゃあ今日はバーに行きましょう」
なんでだ。なんでこんなにこいつはバーにこだわたっているのか。しかしもう空いていると言ってしまっている以上断れない。まぁでも今日は運がいいことに今日は木曜日だ。彼女がバーに来る確率は低い。
「いいよ。てか、何でそんなにバーに行きたいの?」
「うーん?なんか気に入ったから?」
「なんで疑問系なんだよ。」
俺がそう笑いながら言うと里中は
「たぶんあのバーでお酒を飲んでいる姿の先輩が好きなんです」
そう俺に目線を合わすことなく言った。
俺はその後なんて答えればよいのか分からなかった。
「ふーんそっか、」
俺はそうそっけなく返して目の前の食料を食べ進めた。
里中はそれ以上俺に話しかけてくることはなかった。
そのあとは何事もなく普通に業務に戻り何事もなく里中とかえることになった。
そして久しぶりにあのバーの扉を開けた。里中に告白されて以来俺はこのバーには足を運んでいなかった。
カランコロン
懐かしい鐘の音色を聞きながらマスターに会釈した。そして「お好きな席へどうぞ」といわれ俺はいつも通りカウンターの端っこへと言った。マスターは俺たちが席に座ったのを確認してからいつもの決まり文句とも言えるように「なにになさいますか?」と聞かれた。俺ははて今日は何を飲もうかと悩んでいると
「ハーベイウォールバンガー」
そう聞きなれた声が後ろからきこえた。振り返ると結弦がいた。
俺は息をのみ声がでなかった。
俺はあたかも浮気現場をみられてしまった男のようになぞに動揺してしまった。
「お兄さんにおすすめなのはハーベイウォールバンガーですよ。て、いきなり初対面で進めるなんて怪しい人ですよね。すみません。どうぞ悩んでください。」そういって彼女は里中のとなりに座った。なんでだ。なんであいつは初対面の振りなんてするのか。
「そのカクテルって美味しいんですか?」
「うーん人それぞれじゃないかな。スクリュードライバーにガリアーノを加えたって感じのやつ。まぁ度数はすこし高いですけど。」
「へ~なんでそれをおすすめしたんですか。」「それは秘密です。」
「お姉さん面白いですね。」
そんなよく分からない会話を横耳で聞いていた。俺はそんなふたりを差し置いて「じゃあそれで」とマスターに言った。
そしてふたりが話している間に俺はスマホを取り出しさっそく調べてみた。結果は「失意」ある意味これは彼女なりの復讐なんだろうと俺は感じた。というか里中のコミ力は恐ろしいと感じてしまった自分もいた。
そんな俺に出されたハーベイウォールバンガーを一口飲む。その味はなんとなくオレンジジュースのような味が強いように感じた。俺はもしかして彼女に酒が弱いと思われているのか?とか考えながら酒をのみ進めていた。すると二個隣の彼女が
「ねぇ、お兄さん。私のドリンク決めてくださいよ」といい出した。
まぁでも里中に言っているのだろうと思ったら「ねぇ聞いてる?優吾さん。」
「んえ?」
いたずらしている子供のような笑顔で彼女がそんなことを言い出すから俺は思わず変な声を出して勢いよく彼女の方をみてしまった。そのとなりにあった里中の顔はとても悲しそうでどこか怒りが込められているようだった。
「あ、ごめんなさい。知り合いの人が優吾って言うんです。」
彼女はそれでごまかせると思っているのかと心のうちで思っていると、里中が
「お姉さん酔ってます?」
と笑っていた。そして続けて
「でどっちの人のこと言ったの?」
「おくの人ー」
「お姉さんすごいね名前あってるよ」
そう言ったあと里中はでかい声でAhhaと笑っていた。
「てか、その人はお姉さんにとってどんな人なの?」
「唯一私のことを愛してくれようとしてくれた人。」
そう言って彼女は「ふふ」と笑った。
「くれようとしたってことは愛してはもらえなかったんですか?」
「うん。やっぱり私は誰からも愛されないみたい。」
そう彼女は悲しそうに言った。そして一瞬沈黙が流れた。
「で優吾さん。なに飲めばいい?」
俺はもう彼女がどこかで飲んできて酔っぱらっているのがもう目に見えていたのでわざと度数を弱いやつを言おうと思って彼女の影響で調べまくっていたカクテルのリストを開いた。
そうやって携帯の画面をスワイプしまくっていたら
「ねぇ聞いてる?」
そう言って彼女は俺の携帯を取り上げた。
「ちょっと、おい!」
「お兄さんが本当に私に飲んでほしいもの頼んで。」そうやって俺のことをじっと見つめた。
俺は携帯を取り上げられているなかで頭のなかで色々何があるかを考えた。
「だったらシェリーはどう?」
俺がそう言うと彼女は少し嬉しそうな顔をして
「いいね。マスターそれで」
と言って自分がいた席へ戻った。俺はとりあえず里中がこのカクテル言葉を調べないことを願っていた。
「先輩はなんでシェリー?をおすすめしたんですか?」
「前飲んだとき美味しかったから。」
嘘だ。飲んだことなんて一度もない。
「へーそうなんですね。俺も飲もっかな」
なんて里中はグラスを持ち上げて見つめ言った。
そしてしばらくして彼女はマスターから出されたシェリーを飲み干し「チェックで、」と言って席を立った。俺はてっきり彼女がシェリーのカクテル言葉を知っているもんだと思っていた。だって嬉しそうにしていたからそういうことなんだろうなっ勝手に思っていた。だからなのか意味もわからず俺は少し悲しい気持ちになった。まるでクリスマスに自分がほしかったものがもらえなかった子供のようだった。
彼女が出ていった店内はなんだか悲しい空気が流れていた気がする。
「先輩。俺のこと本当に好きですか?」
急に里中がそう俺に問いただしてきた。
俺はすぐには答えられなかった。
「例の女ってあいつですよね。」
やっぱりばれていたんだ。まぁばれない方がおかしいよな笑何てひとりで思っていた。
「先輩は俺のことで頭一杯になっちゃえばいいんです。俺のことだけ愛せばいいんです。」
そう言う里中の顔は泣きそうだった。俺は静かに右手を上げ里中の左頬をなぞった。
「ごめん。でもなんでお前は俺なんかを好きになっちゃったの?」
そう俺が言うと里中は驚いたように目を見開いた。だけどすぐにまたもとの大きさに戻した。
「俺だって聞きたいですよ。気づいたら好きになっていて、先輩のこと目で追っていて。それなのにお試しで付き合ってみる?とか言ってきてくれて。先輩にとってはただの遊びなのかもしれませんけど、それでも嬉しかったんです。冷たくされてもたとえDVとかされても、先輩と特別な関係になれるならいいやって。そこまで覚悟してたのに実際付き合ってみたらめっちゃ優しくしてくれてもっと好きになりました。だけど先輩が本当に思っているのはきっと俺じゃない。だけど先輩が俺のことをどんどん先輩の沼にはめていったんじゃないですか。」
俺はそう言って泣いている里中の頭に右手をまわし自分の胸に里中の顔つけた。すると
「好きにならなきゃよかった、」
いつも敬語の里中がはじめてタメ口で俺に言ってきた。そんな里中に俺は
「ごめん。」としか言えなかった。俺だって嬉しかった。はじめて自分のことをこんなにも愛してくれる人に出会ったから。素直でいつも明るくてまっすぐで。だけど俺の頭のなかにいるのはどうしてもあいつだった。
俺は泣きじゃくる里中を胸に閉じ込めながら里中の頭を撫でた。
少し時間がたって里中はやっと落ち着いたみたいだった。
「すいません。ご迷惑おかけして。」
「ううん。俺こそごめん。今日は俺がおごるよ」
「え?」
「これまでのお詫び」
「じゃあキスしてください。」
俺は少し驚いたがすぐに気を取り直し里中の唇に口づけをした。その時はどこか不思議な感覚になっていた。俺ももういい年だ。だからもちろんキスだってしたこともあるし、それ以上のこともしたことはある。だけどたぶんこのキスは俺にとって一生記憶に残るキスになったと思う。こんなに胸の奥が苦しくなるキスははじめてだった。こんなにもキスをするだけで好意を待たれるだけでこんなにも苦しくなるとは思わなかった。
「ねぇ、先輩。」
「うん?」
「なんでそんな苦しそうな顔してるんですか?」
「え?」
「俺とのキス嫌でしたか?」
俺はその回答を迫られた瞬間目の前がふらつくような感覚に陥った。嫌だったかそうではないか。それは答えられなかった。なぜならそれは俺にとっては人生最大ともいえるぐらいの難問だった。嫌ではなかった。だけど自分のなかでどこか違和感があったのも事実だ。
「嫌ではなかった。。」
そう言うと里中はよくわからない表情をした。
「先輩。今日だけでもいい。今日だけでもいいんで俺を先輩だけのものにしてください。」
そう里中はまっすぐした表情で俺に言った。俺はその目から視線をそらすことを出来なかった。それはまるで獲物に狙われている動物のようだった。
俺は気づいたら立ち上がって「チェックで。」
とマスターに言っていた。里中は呆然として座ったまんまだった。俺は会計を済ませさっきの場所まで戻り無意識に里中の手首をこれまでかと言うほど強く握って乱暴にドアを開けた。
「やめてください。」
俺はこの声でなぜだかハッとした。まるで夢から覚めたように。その声の方向に目を向けると彼女が男に絡まれていた。俺は里中の手首を掴んだままその光景を見続けてしまった。
状況を見れば一瞬でもわかる。彼女が襲われかけていること。どこの馬の骨かもわからない男にとられそうになっていること。だけどここまで傷つけた里中の手首を離すのも違う気がする。だけど明らかに里中の手首を掴む力は次第に弱くなっていた。
「先輩。行っていいですよ。」
「え?」
「だけど戻ってきてください。俺それまで待っていますから。俺が先輩だけのものになる瞬間。」
俺はその里中の言葉を聴いた瞬間に里中の手首を離し彼女の方へと走っていっていた。
一体俺は何をしているのだろう。
そんなことを考えながらさっきまで愛してくれる人の手首を掴んでいた手は名前も知らない男の手首を掴んでいた。
そして気づいたら男に冷酷な言葉を放ち男は去っていった。そして彼女に頬を叩かれた。一瞬なんのことかはわからなかった。
「ねぇ、あんたは一体なにしたいの?」
そう重く強く放たれた彼女の言葉は俺のぼんやりしていた意識をはっきりとさせた。
「どうせ愛してくれないくせに、もう愛せないくせに、なんで私のことを守ろうとするの?意味わかんない」
そう言う彼女の声は震えていた。きっと目には涙がたまっていたのであろうと感じられるくらいに。
俺はなにも答えられなかった。
「というかあのお兄さんは?いま付き合ってんじゃないの?」
「いや、一応(仮)」
「は?結果的愛せなかったんだ。だから振られたんでしょ。それで私のとこに来たの?ふざけないでよ。」
彼女はいま怒っているのではないかと俺は無意識に解釈していた。
「あぁそうだよ。あいつのことは愛せなかった。あいつがお前より愛してくれるって言ってくれたからそれならそっちの方が楽かなって思ったよ。だけど反対だったんだよ。あいつと過ごすたんびに胸が苦しくなるんだよ。お前のことが頭からはなれないだよ。」
そんな俺の発言にたいして彼女は黙ってしまった。
俺はなぜだか泣きそうになっていた。
「ずるいよ。私を悪者みたいにして。」
彼女はそう言って俺の前から去っていった。
俺は携帯を開きとあるやつに電話をかけた。
「もしもし先輩?」
「今どこにいる?」
「今、家にいます。それより先輩あの人は?」
落ち着いた声で彼はそう言った。
「どっか行った。」
どこかでパトカーがなっている。
「そうですか。だったら、」
「うん、今から行くよ。住所教えて。」
俺は彼の言葉を遮ってそう言った。
「わかりました。」
そして電話は切れた。
そして俺は静かに歩き始めた。
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