Screwdriver
あの日から約2週間が経とうとしていた。市民課としての仕事もだんだんとだが落ち着いてきていた。俺はどんなに忙しくても毎週、水曜日と金曜日にあのバーを訪れていた。だけど彼女が訪れてくることは一回もなかった。あの日俺に与えられたベルベッドハンマーの意味合いはなんだったのだろうか。
「先輩?先輩、先輩!」俺はすっかりぼーっとしてしまっていたらく、隣から大声で呼ばれた。
俺は慌てて気づき何もなかったかのように「どうした?」と里中に聞いた。すると里中はどこか不思議そうに「あのーここわからなくて」と聞いてきた。俺はとりあえず聞かれたことに答えた。すると里中から「あーそういうことか、ありがとうございます!そういえば先輩何かありました?あの飲み会から様子が変ですよ。」そう言われた。
俺は「いや、別に何もないけど」とごまかした。そして昼にも戸田に「お前なんか、最近変だぞ」と、とろろ汁を飲みながら言われた。「もしかして本気で愛せる人できた?」何てにやけながら言われたけどあっちも同じ考えなのか分からないので「できてねぇよ」と答えといた。今日は金曜日。今日来なかったら彼女のことを忘れよう。そう思った。そして今日の分の仕事を終わらし、同僚の飲み会を断りあのバーへと行った。ドアを開ける瞬間何故かとても緊張した。俺は心を決めドアを開けた。
カランコロン。
「お好きな席へどうぞ」
もうこの声も、鐘も聞きなれてしまった。すると俺の求めていた声も聞こえた。「ダメですよ」その声の先にはゆずと前絡んでいた男がいた。「え、いいじゃん。そろそろ、ね?」
と言って彼女に馴れ馴れしくさわっている。やっぱり関係はあったのか、俺は必要ないのかと直感的に思った。だけどその関係をぶっ壊したい。そう思った。俺は彼女の隣へと行き声をかけないまんま彼女をこちらへと向け口付けをした。目を開けるとそこには唖然とした男の姿があった。彼女は驚いているのか、戸惑っているのか、恐怖に感じているのか、何を感じているのか分からない表情をしていた。俺は三秒程彼女のことを見つめたあと男に目線を変え「俺のものなんでベタベタさわらないでもらえます?」そう冷たく言いはなった。そしてその男は不満そうに黙って店を出ていった。
その場の空気は氷のように冷たくなった。
「ねぇ、どういうつもり?」
その声は怒っているのか疑問に思っているのかよくわからなかった。だから俺は素直に
「イラついたから」
そう言ってさっきまで男がいたところに座る。
俺はやっと彼女に会えたのだから彼女が選んだものが欲しいと思った。
「何になさいますか?」
「何がおすすめ?」
そう彼女の顔を見て言うと
「え、私?」
俺はその問いにたいして「うん。」と答えると「そうだなースクリュードライバーかな。」
と彼女は言った。
「じゃあ、それで」
「かしこまりました。」
俺達の間には沈黙が流れた。お互い携帯をいじるわけでも本を読むわけでもなくただ黙っていた。
「どうぞ。スクリュードライバーです。」
と目の前にオレンジジュースのようなものが出された。隣の彼女を見るともうお酒は飲み終わっていた。そして「ちょっとトイレ」と言って席をたった。マスターは彼女が行った後「またですか。」と呟いた。
「またって何ですか?」
「ゆずさん実はあまりお酒強くないんですよ」
「え?」
「だけど自分の言葉で伝えようとすると関係が悪くなるからってカクテル言葉で伝えようとして強いの頼んで結果的に戻しちゃうんです」
俺は「はぁ」と苦笑いで返すことしかできなかった。
「だけど今日は高地さんが来ていただいてよかったです」
「え?」
「あのままだったら危なかったんで、」
「それはどういうことですか?」
「えっとですね」
とマスターは言い回りを確認した。そして俺以外話を聞く人はだれもいないことを確認して
「ゆずさん。お持ち帰りされるところでしたんで」
と小声で呟いた。俺は思わず
「は?」とドスの効いた声を出してしまった。
それと同時に「ごめんなさい。お待たせしました。」と言って彼女は俺のとなりに座った。俺は思わず「ねえ、あいつに持ち帰られるところだったの?」と聞いた。すると彼女は驚いたような素振りをして
「まぁね。でも結果的にされてないし。」
「ふざけんな。俺が許さない、あいつとまたなんかあったら連絡しろ。」
反射的にでてしまったこの言葉。普通に恐怖でしかないこの言葉。だけど自分に歯止めが効かない。困ったものだ。彼女にはそろそろ引かれて嫌われているんじゃないかと思ったが
「どうやって?」
そう俺に聞いてきた。まさかここで俺があたかも普通に不可能なことを言っているかのように彼女は言った。俺はそんな彼女に戸惑いながら
「携帯かして、あぁロック解除して」
俺がそう言うと彼女は酔っているせいなのか素直に鞄から携帯を出し、指紋認証でロックを解除して俺に渡した。
「はい、どうぞ。」俺は彼女から携帯を受け取り目的のアプリを探し出し俺のアカウントを友達追加させといた。その隣で彼女は何やらぼーっとしている。「ねぇ、まだ?」
「まだ。もうちょっと待って」
俺はそう言いながホーム画面に戻しアプリを検索する。だがやりたかったことができないので勝手に新しくアプリをいれといた。そして彼女の位置情報が常に分かるようにした。俺はそのことを悟られないようにさっきの画面に戻す。
「はい、できたよ。これが俺のアカウント。分かった?」
「うん。次何飲もうかな~」
ふにゃふにゃな笑顔でからのグラスを見ながら彼女はそう言った。
「もうやめときな。」
そう言って一口彼女おすすめのスクリュードライバーを飲んだ。
「やだ。」
「だめ。」
「なんで」
「貴方もう限界でしょ。」
もうこれ以上飲んだら彼女が大変なことになるのは目に見えていた。だから止めようと俺が言うと彼女は泣き出してしまった。
「え?どうした?なにか気にさわるようなこと俺言った?」
「ねぇ、高地さん」
このとき彼女は初めて俺の名前を口にした。
「もう。無理。限界。」
そう言って机の上でうつ伏せになった。顔は見えなかった。俺は彼女のことをさわっていいのか分からなかった。だけどこれだけ待ったのだからいいだろうと思った。俺は机の上でうつ伏せになっている彼女の髪を撫でた。
彼女はなにも言わなかった。マスターが彼女の顔を覗くと「あぁ寝ちゃいましたね」そう言った。俺は「え?」と言って彼女の方へと回ると眠っていた。その顔はいつもとは違う大人ぽい顔つきとは違いどこか幼さがあった。そして頬に一筋涙の跡があった。
「こうなると朝まで起きないんですよね」
「いつもはどうしているんですか」
「いつもは起こして帰ってもらってますね。まぁ起こすの大変なんですけど」
そう言って苦笑いした。
「じゃあ今日俺が持ち帰ります」
「え?」
「もちろん、襲いませんよ。だけど彼女の家分からないし前回おごってもらってるんで」
と言ってまた一口スクリュードライバーを飲む。そう前回会計をしようとしたら「ゆずさんが全額払ってます。」と言われた。
俺は残りのスクリュードライバーを一気に飲み「チェックで」と言った。そしてとりあえず彼女の分も払い彼女のことを担いで店を出た。
最近暖かくなってきたせいなのか酔って火照っているし、彼女を背負いでるせいなのかは分からないが、とても暑く感じた。俺はとりあえず駅前までいきタクシーを捕まえた。
そして俺の家の住所を運転手に伝えた。タクシーに揺られても彼女が起きる気配はなかった。窓の外を見ているとだんだん繁華街から遠ざかり気づけば家の近くに来ていた。「着きましたよ」そう言われて俺は財布から現金をだしお釣りをもらいまた彼女を担いでお礼を言いタクシーを出た。悲しいことに俺の階は10階なのでエレベーターを待つ。しかし成人女性を担ぐと言うのは正直辛い。たぶん彼女じゃなければ俺はこんなことしていない。とりあえずエレベーターに乗り自分の階につくのをまた待つ。そして着いたら自分の部屋の前まで歩き彼女を落とさないようにしながら鞄のなかから鍵を探り出す。そして見つけ出した鍵を使って鍵を開けとりあえず寝室へ行き彼女をベッドの上に寝かした。そしてタクシーを降りてから見ていなかった彼女の顔を見るとやっぱり愛したい。独占したい。俺のものにしたい。そう思ってしまう。俺は無意識に彼女の頭を撫でたあと頬も撫でた。俺はそのとき初めて彼女がメイクを落としていないことに気づいた。俺はとりあえずスーツから部屋着に着替えて財布と携帯だけもってコンビニへと走った。コンビニだったらメイク落としのシートが売っていたはずだ。俺はコンビニに入り化粧品売場のところに行く。まわりからみたらきっとただの不審者だろう。だけど俺のせいで彼女の肌をダメにするのも嫌なので適当に男の俺でもよく聞くメーカーのものを手に取った。そしてついでにまだ少し飲み足りないのであっさりめの酎ハイとくんせいいかをかごにいれレジへと行く。そして会計を済ませコンビニを出た。コンビニを出たあとなんとなく携帯を見た。すると通知が大量にあった。しかもそれは全部同じアイコンだった。アプリを開いてみると『助けて』『知らない場所にいるの』『助けてくれるんじゃないの?』などと数十件に及ぶメッセージが来ていた。俺はそのメッセージをみて口角が上がっているのが自分でもわかった。そういえば彼女になにも言わずに俺の家へと連れてきてしまった。そして彼女はもちろんのこと俺の家など知らない。俺はやってしまったなとか思いながら彼女に電話をかける。
「もしもし?」
繋がったと思うとすぐに聞こえたのはか弱い声
「もしもし、大丈夫?連絡すぐにでれなくてごめんね。」
「ねぇ知らない場所にいるの、お酒飲んで高地さんと話してから記憶がないの。」
俺はとにかく慌てている彼女を落ち着かせる。
「ゆずさん。大丈夫。そこは俺の家だから。ゆずさんつぶれちゃったから俺の家に連れてきちゃった。今コンビニから帰っている途中だから待ってて。」
俺がそう言うと彼女は
「うん、」
と捨てられた子供のように小さな声で答えた。
「まだ不安?」
「うん。」
「じゃあ電話繋いだままにしとこっか。」
「うん。」
と言いつつも実はもう家の前まで来ているのであとはエレベーターに乗り少し歩けばつく。
俺は電話を繋いだまま鍵を開け彼女のもとへ行った。
「ただいま」そう言っても返事はない。俺はとりあえず寝室に行った。寝室のドアを開けると彼女は俺が連れていったベッドの上で座り込んでいた。そして彼女の顔は涙でぬれてメイクが落ちかけていた。
「メイク落とし買ってきたけど使う?」
と小動物に語りかけるように聞くと彼女はこくりと頷いた。俺は彼女にメイク落としのシートを差し出す。彼女は小さく「ありがとう。」とだけ言いシートの蓋を開け1枚シートを取り出しメイクを落とし始めた。
「今日は自分の家帰る?って言ってもタクシーになっちゃうけど」
と俺が言うと
「帰った方がいい?」
そう悲しそうな笑顔をうかべて聞かれた。俺にとっては逆だ。帰んないで欲しい。なんなら一生ここにいて欲しい。ずっとずっと俺と一緒にいて欲しい。
「俺はいてもらって構わないけど」
そうあたかも期待していない風に言うと「じゃあお泊まりする」と言った。
その言葉を言っている彼女はとても可愛らしかった。いや、愛おしかった。なんならそれ以上の言葉で言い表したいと思った。
「着替えどうする?」
「このままでいい」
「あ、そう。お風呂入る?」
「今入ったら死にそうだからやめとく」
「わかった。じゃあもう寝な。ベッドそのまま使っていいから」
「お兄さんも一緒。」
そう言って服の裾を引っ張られた。正直このまま襲ってやろうかと思った。だけどそれでは愛がないように見えてしまうのではないかと思った。彼女にそう思われるのはいまの俺にとっては不利でしかない。俺は理性を保つために、
「俺はソファで寝るから」
と俺の裾を握っている彼女の手を静かにどけた。すると
「やっぱりそんなものか。」
と彼女は呟いた。内心イラついた。俺はそのまま彼女をベッドに押し倒した。
「ねぇ一体俺に何をして欲しいの?」
そう自分でも怖いくらい低い声で言うと彼女は
「愛して欲しい」そう言って目を閉じた。
「え?」思わずこんな間抜けな声を出してしまう程にあっさりと寝てしまった。
とりあえずしっかりと彼女のことを寝かせ布団を被せた。そしてまたまじまじと彼女の顔を見る。メイクをしているときよりも幼い顔つき。普段無理をしているのだろうか少し見える肌荒れ。どれもこれもとても愛おしい。いや、まずい。このままだと彼女に手を出すところだった。危ない。酔ってきたのだろうか。だけど今日はなんだか酒さらにいれないと眠れない気がする。俺は寝室を足はやに出て脱衣所へと直行した。そして素早く服を脱ぎシャワーを浴びた。
「つめた!」
気が動転しすぎてまだあたたまっていない水をそのまま体にかけてしまった。俺は彼女にどこまで振り回されるのだろうか。彼女を愛すとは一体どういうことなのか。だんだん暖かくなってきたシャワーのお湯を頭から被る。そして冷静に考える。だけどこれが正しいと思えるような回答はでなかった。俺はとりあえず風呂から上がり服を着てリビングでさっき買った酎ハイをあけて、一気に喉に流し込む。そしてまた冷静になる。たった3%のアルコール。なのに頭が回らなくなってきた。あの日もらったベルベッドハンマーよりも頭が回らない。きっとそれは彼女のせいだ。あいつがあんなことしたからだ。さっき買ってきた袋のなかからくんせいいかを出す。そして口へと運ぶ。そしてまた考える。だけど彼女を愛すとはどういうことなのか答えはでなかった。さすがに彼女と同じベットで寝ようとすると自分が何をするか分からないのでソファで寝ることにした。だけどさすがにブランケットぐらいは欲しいと思い、寝室へ向かった。入ってみると彼女は静かに眠ったまんまだった。俺はクローゼットからブランケットを取り出し部屋を出ようとした。だけど
「いかないで」
そう小さい声が聞こえた。その声は彼女の方から聞こえた。彼女の方へ行ってみると一筋の涙が彼女の頬を濡らしていた。俺は無意識にその涙を静かにぬぐい彼女の前髪を上げる。そして少し見えた白いおでこに口づけをした。
そして我に返り彼女の前髪を整えリビングへ戻った。本当に俺にはあの人しかいない。どう足掻こうとしてもどんどん彼女の沼へとはまっていってしまう。どうしたら、一体どうしたらここから抜け出せるのか。それかどうやったら彼女は俺のところへと落ちるのだろうか。俺はまたなんだかやるせない気持ちになりコンビニへと走った。
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