七話   新釈 奥の細道   遊女の段

奥の細道。

西行法師に憧れ、道祖神の導きで奥州から北陸、そして美濃は大垣までとな。

芭蕉翁は四十六、門人の曾良は四十一、名所巡りしながらの道中記である。

後から見れば、芭蕉は旅の疲れか養成に入る事に。亡くなる数年前の旅だった。


お江戸は深川を意気揚々に出立した二人は、白河の関越えて、みちのくへと。

松島、平泉、立石寺、出羽三山、最上川と、それはもう感歎の連続であった。

やがて越後を下り、越中へと抜けようと北国一の難所に差し掛かる。

親不知子不知である。正しくは後に、犬戻り、駒返しと付くほどの国境。

昔から道はここしか無し、急峻な崖が日本海の荒波に迫って来る。

まさに親を波に浚われ、子を浚われての、親も子もどうなったか知らずの地である。

芭蕉は河に落ちたそうな。ほうほうの体で切り抜けて、市振の関に辿り着いた。

明日は越中、やっと越後とさらば出来る、そんな越後最後の宿のこと……


芭蕉「おい曾良や、今宵の宿は如何なる宿であるか?」

曾良「はいな、まっとうな宿はなし、寂れたとこゆえ、あいまい宿しか無く」

芭蕉「それも風流で良し、親不知子不知越えでさんざんやった、そこでええ」

  「明日は越中となる、早う休もうぞ、隣部屋なんぞ気にせんとな」

曾良「わかっとります。耳に栓して眠ることにしやす」


そうは言ってもあばら家である。板一枚で筒抜け、戸も良く閉まらず。

隣の声が聞こえてなんね。聞くともなく聞く羽目になりそうろう。

なんやら、うら若き遊女二人と爺が泊まっておる。真面目話をしておる。

お伊勢参り、お伊勢さんに女だけで行くそうな。爺は遊女屋の小間使いか。

越後は新潟みなとの置屋から、銭貯めての罪落としの伊勢参りとのこと。

ああ、この世は無常、これにつきる。萩は夜風にそよぎ、月は照らすのみ。

……一家に 遊女もねたり 萩と月……


あくる朝、遊女に声かけられる、願い事を聞くことになる。

はや芭蕉一行は先を急ごうとしている時である。聞くも止む無しである。


遊女「あの、隣部屋のお方でねえですかえ、昨夜は変な話耳に入ったかのう」

芭蕉「いやいや、まったく聞こえはしませんどした。疲れてもうて、直ぐにと寝ました」

遊女「そんな、面に寝てねって書いてるねか。まあええ、アテらは見たまんま遊女らて」

  「男悦ばしてなんぼの生業だて、きっと前世で何か悪かこつやったん」

  「そんでのう、まだ生きてるうちに、せめてのう、そんや罪落としやで」

  「お伊勢さんに参ってのう、前世の悪行、この世での報いを、仕舞いにしたいん」

  「来世ではのう、まんまたんと食って、ええ着物着て、笑って暮らすんやで」

  「あんな、そんでお願いや、付きの爺は帰っちまった、女二人が心細いん」

  「お二人ん後、付かず離れずで、そっと付いてってええろか、お頼みしますて」

芭蕉「それはそれは、心持ちは重々とわかりましたども、あちこちよっての旅ですよって」

  「こればかりは如何ともしがたく、意にそうことは出来かね申す。」

遊女「うん、そうやな、こいが世間や、この世はそう出来てるわい」

  「わかった、今まで何もええこつなかったども、意地でも伊勢さ行く」

  「体こわしてまでして、銭は貯めてきた。無くなりゃ、道々で稼げばええ」

  「アテらはのう、土喰ってまでものう、生きていけるんや」

  「ああ、こいはもう、長々と足止めてもうて、すんませんどした」

  「蚊、トンボの戯言と思って、聞き流してくらんしょ。はばかりませ」

芭蕉「痛み入り申す。道中安寧を願っておりまする。では、先にと……」



世は無常、なれど萩と月は見守るなり。

これも何かの教え。あの遊女二人は影かも知れん。影こそ表かもである。

芭蕉と曾良も、あの遊女達と入れ替わっててもおかしくはない。

たまたま、サイコロの目が違って出ただけかも、そう、知らんて。

この世は、コロコロ、コロリンや……

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