六話   良寛さんと、貞心尼の語らい

越後は出雲崎、海の向こうは佐渡、荒海は続く。

海を見て独りごとを言った、何と言ったのか、波に消えた……


この善に生きた僧は、無を求め、それを貫き通した一生だった。

唄はあふれ出た、手は追っつかず、筆は自由のままに流れた。

わらべの様になりたい、心は綺麗がいい、何時までもそれがいい。

天はその褒美を与えたのか、見目美しい女性を遣わした。

齢七十にして、貞心尼と出会う。唄返しの日々始まる。師弟愛は四年続いた。

母を天明飢饉のさ中に失ってからというもの、心に穴が開いていた。

それが、救われたのである。この尼僧は母の再来か、また、海を見た……


……佐渡が見えらあ、カカの国じゃ、飛ぶ鳥ならばひとっ飛びかや。

……会いてえのう。オラを産んでくれて、ありがとのう。

……あの貞心尼はカカではねえねか、そんだ、出て来てくれたんだ。


ここからは、物語りとなる。

良寛と貞心尼との出会いから、最期の日までの儚くも美しい日々のこと。

よくと耳を傾けてみよう、聞こえて来る……


良寛 「あいゃー、こいはこいは、また、長岡から来てもろうて、わるいですな」

貞心尼「いや、なも、あん時は急にやって来たすけ、和尚さん出てましたのう」

   「そんで、手毬と和歌を置いて帰りましたわ」

良寛 「お前さん、ええ唄読みする。そんでオラは返し唄を書き送ったんだて」

   「あの意味わかりましたな、そんで、こうしてのう、えかったわい」

貞心尼「なあ、和尚さんや、アテんこつ弟子にしてけろ、お願いや」

   「昔から本が好きでのう、唄作ってたて、教えてな、ええやろ」

良寛 「今まで何があったん、心に何かがねえと、唄作ろうなんてしねえ」

貞心尼「ん、んだな、アテはカカさん知らね。三つん時、亡くなった」

   「トトの後釜には邪見にされた、家を出たくて十五で嫁いだ」

   「したけんど、嫁ぎ先に馴染めず、また子が出来ねえすけ、五年で離縁だて」

   「そっからと言うもの、尼になりたくてのう、こうして来ましたて」

良寛 「ああ、わかったわい、心が唄を欲しておるんやな、なら唄ったらええ」

   「そばに居てええど、このオラと唄返しの日々、送ろうて」

貞心尼「ええかいや、和尚さん、ずっと一緒だえ、よろしゅうな、ええわ」

良寛 「こっちこそ、オラん世話たのむて、もみじ散るまでな、な……」


こうして、最晩年の四年間を送る事となる。貞心尼は三十路になったばかり。

良寛さんはひねもすのたり、わらべと手毬、かくれんぼ、唄読み、筆書き。

背中をさするは貞心尼、長生きしてくれ、してくれって……


天保二年 正月六日、雪降る夕方、冬なのにもみじは舞った。

……うらを見せ おもてを見せて 散るもみじ……  良寛


明治五年、貞心尼は、くしくも良寛みたいに齢七十五で、もみじとなった。

こう思ったのかもしれない、「同じ齢んころ、土んなりて」と、その願いは叶った。

……散る桜 残る桜も 散る桜……  良寛 

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