四話 色街での、あの世話
あの世は、あるんかい、ないんかい。
あると言えばある。いや、ないと言えばない。あるようでない、ないようである。
これは禅問答に似て来やしないんかい。わけわからんわ。
わかるようでわからず、わからないようでわかる。もしや、この世あの世は紙一重やも。
夢か幻か、物語を一つ。時代は明治の始め、所は江戸改め東京の四ツ谷。
色街は改元があろうがなかろうが、男と女の睦ごとは永遠なり。
ここに、登場人物あり。薩摩の若ぞう、名を菊一と言う。
相手方は、土佐からの流れ者でサヨとな、夜鷹あがりの五十路や。
二人仲良く蓮の上で、観音様にお目通りした後の話やで……
菊一「いやー、ほんのこて、おはんに会えてよかごわした」
「行ったり来たりと、うろちょろしてた甲斐がありもうした」
「名残り惜しいけんど、わいは行かねばなんね。また、お会いしましょう」
サヨ「なんや、帰るっち、朝までいたらええっち、また、あっためてんか」
菊一「わいも、そいは山々だけんど、ほかのおなごの分がありもうす」
「男は辛いごわす。女にはわかりはしもはんど。また、来ますよって」
サヨ「あんた、じゃ、こいはどげんや。閨での、夜更け話でええき、いてな」
「銭の為なら朝まで言うやろ、でもそうじゃないき、あんた、めんこいがよ」
「出すんはちょっとでええき、そんかわり、話だけやで、ええな」
菊一「そいは、まるで団子屋に入って、食べずに帰るんに似てもうそう」
「だども、そいは大砲やすめにはなるごわすな。あい、わかりもうした」
サヨ「暴れたくなったら、そん時は、銭やきな、ええな……」
夜風は生ぬるい、菊一どんの腕枕で、サヨさんは娘に戻ったようだった。
親子みたいに歳が違っていても、色街の男と女、何にだってなれる。
まして明治になったばかり、江戸の香りぷんぷんや、ええ匂いや。
さあ、どげな夜話になったんかのう……
菊一「おいどんは、なあ、遊びまくっておるんは、訳があるごわす」
「あんまこと、長生きしなか予感がありもうす、せやからで」
サヨ「ええちっ、そげなこと。こう思えばええき、あの世でも狂ったええ」
菊一「そいは、あの世でも、女がいるってことでごわすな」
「なら、何も急ぎ打ちせんでも、よかごわす。あの世はあるんかい」
サヨ「ある、あるよってな、昔から猫、キツネ、狸は化けるやないけ、あるっち」
「そいどころか、蛇は大蛇になって祟るでないんかえ、恐か」
「ましてな、女は般若や夜叉んなってでも、男に仕返しするっちゅうが」
菊一「てことは、あの世はある思うて女は大事にせんと、いかんごわすな」
「あ、待てよ、人、猫、キツネ、狸、蛇には、あの世あるにしてもだども」
「アブ、ブヨ、蚊、蜂、蝶々、蛾にもありもうそか?」
サヨ「あるがぜよ、生きとし生けるもんは全部繋ごうてるき」
菊一「そうでごわすか、そいでんやったら、みみずはどげなですやろ」
サヨ「あるに決まっちゅうが、蛙、イモリ、蛇、モグラなんかの役にたっちゅうに」
菊一「みみずにも、あの世あるかいのう、みみずにもやろ、みみずが、みみず……」
サヨ「あ兄さんや、みみずみみず言ったらいかんがぜよ、男にはわからんき」
「そげに言うたらの、あていのみみずが暴れ出すがよ、手に負えんがきな」
菊一「あっ、こいはこいは、すんもはんの。とんだあの世話しになてもうた」
「朝まで、大人なしゅうして寝るごわす。お休みなさいの……」
サヨ「なんちないわ、もうええが、あていも寝るわいな、ふん……」
あくる朝、菊一はお約束と言っていいのか、おかわり砲をぶってから宿を後にした。
女に火付けてしまってからに、そんで寝てもうたんや、それじゃいけん。
サヨはしずしずと見送った。付け銭なしでのう。
あの世は、あるんかい、ないんかい……
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