第13話 王属の火葬

 あの賑やかな祝宴の夜から四日後、遺跡の地下の暗く巨大な空間に僕たちは立ち尽くしていた。

 その閉鎖された空間は数時間前まで魔物たちの隠棲の地だったが、今は死だけがある地獄だった。

 僕たちが殺したからだ。

 そこには上位の大真竜を中心に、数多の鉱石種―― 十数匹の真竜が住み着いていた。彼らはおそらくだが、そこから離れたことはなかった。その戦闘技術の低さを見る限り、闘争の経験も相当に乏しかった。一度もなかったのかもしれない。

「やっぱり狭いとこでやるものじゃないね。ラッカードさん、後片付けをお願い。しばらくは出て来ないように、よく処理しておいてね」

 爆心地から帰ってきたアリスはぼろぼろの姿で肩をすくめた。どこか倦怠感漂う声に僕は頷く。

「わかってる。準備を始めよう」

 僕たちは黙々と仕事を進める。残った肉と骨と内臓を集めて山と積み上げる。生焼けの肉からは奇妙に旨そうな匂いがした。

「美味しそうだからって食べちゃだめだからね」

 積み重なった廃材の上にあぐらをかいて、僕たちを眺めていたアリスが笑う。

「わかってる」

 猛毒を食べる奴がいるものか。そう思わないこともないが、それでも食べてしまうのが、人間というものだった。

「あたしたちはもう地上に戻るから、後のことはお願いね」

 全身に浴びた血の匂いに顔をしかめ、だらしなく疲労に任せた姿勢でアリスは告げた。早く洗い流したいのだろう。単に臭うだけではない。魔物の体液にはどこか、その骨肉と同じように感情を騒がせる気配がある。

「気をつけろ。見かけたものは狩っておいたが、まだ奥に潜んでいるかもしれない」

 ベルも王が四散した場にいたはずだが、その衣服には欠片の汚れもなく、疲労の色もない。ちょっとした息抜きの時を除き、まるで機械のように彼女は強くある。それが僕は少しだけ不満だった。

「任せてくれ。警戒は怠らないさ」

 アリスとベルは地上に戻っていった。それを見送り、僕は見回りに立つ。荷物運びをしていた一部の傭兵に装備をつけ直してもらい、周囲の探索を強化する。

 僕は歩きながら思う。

 光の柱はロボットの仕業だったのか、それとも本当は彼が原因だったのか。一方には記憶がなく、一方は滅びた。真実は闇の中だった。知りたいとも思うが、安堵の方が強かった。

 これで終わりなのだ。

 この辺境での事件もこれで決着がついた。真実はどうあれ、説明はついたのだ。ようやく重荷を降ろせた気分だった。

 その時だった。

(あの巨大生物は、言葉を理解していたのですか?)

 声が脳に響く。いきなり何を言い出すのか。僕は少しばかり考えて、可能性に辿り着く。

(アリスが何か言っていたのか?)

(君には選択肢がある。ここを退去するか、ここで死ぬかだ。君が真に望むのなら、隠棲の地は責任をもって用意するよ)

 アリスの声音を真似ながら、ロボットは目を細める。

(彼女はそう言いました。そしてあの巨大生物は、その提案を拒んだように見えました)

(単純に近付いてきたから、襲っただけじゃないかな) 

(そう、それが答えなら仕方がないね)

 ロボットはまたアリスの声音を使う。

(それは?)

(一撃を避けた後の、彼女の言葉です)

 アリスらしい言い草だ。

(魔物が本当に何かを答えた訳じゃない。アリスは、割と頻繁に、そういう自分勝手な独り言を言うんだ)

(言葉が通じていれば、この結果になっていたでしょうか)

 例えば遠い昔話に登場する魔物は、当たり前のように人の言葉を話す。そこに僅かでも事実があるのなら、彼女の言うことにも少しは意味があるのかもしれない。だが草木も人のように話す寓話の、何が信じられるのか。それに話ができれば、全てが解決する訳でもない。

(武装して押し入った側が何をほざいているんだ?)

 彼女は目を細めた。


 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇


 探索者は交替で休憩しながら仕事を続ける。

 脅威が消えれば緊張も解ける。気の緩みは口を緩める。休憩中ならなおさらだ。傭兵たちの戦果自慢に始まり、技師たちの拾得物への論評が混じり、不在の貴族への不満が漏れる。しかし軽口を交わしながらもその手際は変わらない。

 集められた肉と骨の周りには、処理装置のほかに、簡易的な祭壇が築かれていた。

 折り畳み式の骨格を組み立て、布を張っただけのハリボテだ。

 準備が終わると火が入れられる。

 青の僧衣に着替えた技師が低く呪言を唱え始める。

(火葬しているのですか)

(単なる復活防止処置だ)

 続きを促すロボットに僕は説明する。

 王属は一つの種に一体しかいないが、殺せば終わりという訳ではない。殺しても数年以内に必ず甦る。

 だが奇妙な例外が一つ――

 一部の超上位貴族の手を借りた場合、死の期間が十年以上に伸びるのだ。その謎は長く謎のままだったが、四百年ほど前、とある学生が原因を突き止めようと考えた。

 彼は一部の貴族とその他の違いを火力の性質の差と見た。王属に長期の死を与える貴族は例外なく、その巨体を灰燼と化すほどの力があり、またその力は純粋な破壊ではなく燃焼や溶解など変成型のものだった。

 そこから彼は推測した。

 早期の甦りの条件は、死骸が化学的な変化を受けず、本来の状態で残ったかどうか、なのではないかと。

 その若き研究者は、数人の仲間と共に辺境の迷宮で一体の王属を狩った後、その死骸を使って実験を始め、その場で数年間、経過観察を続けた。

 その後、父親の死で彼は実家に戻り、彼の研究は四年で中断された。その引退に伴い調査も自然消滅する。しかし十数年後、当主を譲った後、数年の余生で彼は記憶を書き綴った。

 彼の描く光景は王の死から始まる。

 彼は死骸を幾つかの部位に分割し、それぞれの部位について、こんがり焼き上げたもの、よく乾燥させたもの、酸にひたしたもの、生のままのものを用意し、それぞれ、距離を離して、幾つかの場に置いた。

 彼は一山置くたびに、その場に数日留まり、その行方を見守った。

 どの場所でも放置してしばらくすると、匂いにつられてか、魔物が集まり、死骸を腹に収めた。彼はやって来た魔物の特徴を書き留め、必要なら身体に目印を刻んでから、先へと進んでいった。彼は十数か所で同じ作業を繰り返し、それから魔物たちの観察を始めた。

 死骸を摂取した魔物は、早い場合は数日、遅くとも数年以内に、形態を変化させたり、大型化したりと成長する傾向が窺えた。

 それから四年――

 追跡調査の結果、彼は一つの仮説に到達していた。

 王属の再出現とは、甦りではなく代替わり―― 死骸の摂取による権能の継承なのだ。継承の確率は、種の特徴を共有するほど高く、異なれば異なるほど低くなっていく。大型化した魔物のどれかが最終的に、王属にまで成長するのだと彼は予測した。

 彼の作った理論には多数の欠落があり、完全ではなかった。

 無数の疑問――

 なぜ食べることで力が受け継がれるのか。なぜ王にはあれほどの力があるのか。なぜ王は一体しか存在できないのか。

 謎は放置されたまま、その予測はベルトに広く知られていった。甦りの機構の解明は、それらの謎より遥かに重要だったからだ。

 開拓中期になると空白地帯は開拓済みで、どの領域に踏み込むにしても、王属との戦いが必須になっていた。王属はそこにいるだけで、周辺の同種の力を大きく引き上げる。王属ある限り、戦いは厳しいものとなる。大火力を持つ超上位貴族の協力を得られずとも、復活を遅滞させる手段が求められていた。開拓者たちが最後に辿り着いたのが、死骸の焼却だった。

 肉片が炭化するところまで焼けば、食べたところで何も継承されない。

 その知識も彼の実験の成果だった。

(巨体を焼却するのは大仕事だが、そうすることで、短期間での再出現は完全に防げ、その猶予で同属を狩り尽くせば、再出現の可能性は極僅かになる。そして僕たちは魔物の領域に踏み入った。

 ごく初期には単純に焼くだけで、儀式の類は何もしていなかったらしいが、四百年前には今の形になっていたらしい)

(それは、変異生物を人として扱っているということですか?)

(そんなものじゃない。気を軽くするための単なるまじないさ。それにベルトでは人を火葬したりしない。死者を火にかけることは禁忌そのものだ)

(では今やっていることは何なのですか?)

 ロボットの視線の先では、今も儀式が営まれている。

(必要だからしているだけだ。あの長々しい呪言の内容は、死後の平穏を祈る葬儀のものじゃない。どうか許してくれ、恨まないでくれ、その嘆願を繰り返しているだけなんだ。殺しても甦るものの恨みは怖いものさ)

(次代の王属が先代の記憶も継承している、という訳ではないのでしょう?)

(それがそうとも言えない。王属を殺して得た領域は、王の記憶が失われるまで、何度も甦り続ける王の脅威に晒される。甦った王は、多くの場合、かつての領土を取り戻そうとするんだ)

(それは本当なのですか)

(まあ、そういう風に見えるというだけだ。事実はその地域に来るということだけで、それが先代の記憶によるものかどうかは、定かではない)

(ここまでの情報をまとめさせてください。特徴を共有する変異生物の集団には、常にリーダーとなる個体がいて、それらには共通の性質がある。巨大であること。重力を操ること。輝きを放つこと。ある地域に執着すること。小型の同種を統率することで、群れの戦力を向上させること。同種内に一体しか存在せず、死ぬと別の個体が現れること。そのようなものを、あなたがたは王属と呼ぶ。そこまでは分かりました)

(重力の使用は竜属の特徴だが、おおよそ合ってはいる)

 ロボットは少し考える。

(あなたはこう言いました。始まりの王、始祖、王属、あれがそう呼ばれていると。王、そして王属というのは、同種の変異生物の統率者、という意味なのですね。では、始まりという言葉、始祖、とは何を指しているのですか?)

(王の名の由来に比べれば、あまり根拠のない話だが)

 僕は話を始めた。

(変異生物の始まりは誰も知らないが、広く知られた仮説は幾つかある。貴族は暗黒時代仮説がお好みのようだが、ベルトで一般的な仮説は他にある。始まりの王、始祖という概念は、それらの仮説の一つ、光と闇の闘争の物語を前提としている)

 それはほぼ神話といっていいものだ。

 太古の昔、光と闇の二柱の王が戦った。

 強大な力をもつ二柱の神の争いは、星から星へ、星群から星群へ、天体を跳び渡りながら、索敵と激突、死滅と再生を繰り返し、永劫の時果てる時まで続いたが、結局のところ、最終的には、光の王の凱旋で幕を閉じることになる。しかし勝者が払った代償も大きかった。

 闇に蝕まれ、衰弱し、零落した光は、己が身を浄め、力を取り戻すために、故郷に隠遁し、贖罪の儀式を始める。

 その儀式の場こそ、この大陸であり、光とは今も天に輝くものであり――

(……それで、その話のいつどこで、変異生物が関わってくるのですか?)

 それなりに重要な情報だと思うが、先を急ぎたいのなら仕方ない。

(それはこの物語の中盤の、生命誕生の幕でのことだ)

 光の王は儀式を始める際、闇が混在してしまった部位を全て、己が身から切り離し、地に撒いた。

 撒かれたばらばらの部位たちは、それぞれに己が性質を映した形をとり、光へと戻るため、祈りを始めた。

 それが人の始まりで、魔物の始まりだった。

(光の欠片たちが祈るほど、闇は力を失うはずだった。始原の時代の欠片たちは、そうなると思っていた。だがそうはならなかった。祈りによる光の復活に伴い、闇もまたその力を増し始めたからだ。欠片たちは惑い、調べ、突き止めた。

 闇の欠片もまた、異なる祈りを積み、闇の王を復元させようとしていたことを。

 光の欠片は闇の祈りを止めるため、闇の欠片の神殿へと攻め寄せた。

 そこで待っていたのが始まりの王たちだ。

 闇の祈りは、実際には光よりも早く、神体の一部を再生し始めていた。

 彼らは欠片の中で最古の存在だという。

 祈りを生み出すには肉体が必要だが、物質を纏うことは罪の積み重ねであり、生き続ける限り、肉体には闇が澱み、果てには光そのものを穢す。

 そのため、祈りを続ける光の欠片は、肉体を交換し続けなければならない。

 しかし彼らは生の終わりを恐れ、肉体に留まり続けることを選び、穢れきってしまった。闇の欠片とは、肉体の死を恐れ、戒律を棄てた光の欠片の成れの果てなんだ。

 とはいえ辺境に残る複数の伝承には、己に混じった光を棄て去るため、崩れゆく肉体に留まるという苦行を、自ら選んだかのような描写もあった。

 真相は曖昧だったが、始まりの王たちはそうして生まれる。巨大な闇の塊となった闇の王たちは闇の滴を溢れ出させた。

 それが魔物だ。

 そこから、光の欠片と闇の滴、つまり人と魔物との長い戦いが始まる。

 この物語の真偽はともかくとして、現実をある程度説明はできている。それが始祖と呼ばれたのは魔物の発生源となったから。それが王属と呼ばれたのは魔物が彼につき従ったから。お前の考えの通り、始まりの王とは、始祖と王属―― この二つの名を一つにしたものだ)

(確かに、その物語にある闇の始祖の性質は、王属の性質に一致していますね)

(そういう風にできたんだろうから当然だな。この物語はおそらく、今ここにある大陸が、このようになるまでを想像したものだ。内容は信じられたものじゃないが、誰もが知っている常識なのは確かだ。かつての、地球にあった固有名詞の多くが、古代からの伝承に由来していたように。始祖は、その一例だ)

 ロボットはため息をつく。

(あなたの話を聞くと混乱するばかりです)

 僕は肩をすくめた。

(単純にそういうものなんだと思えばいい。この物語は信じて不都合はない程度に、この大陸のありようにも一致している。疑って裏を探るからそうなっちまうんだ)

 この物語を使って誰かが何かを隠そうとしているのではないか。彼女はそう考えている。だがそうではないと僕は思う。

 語りたくないことを、語らなかっただけだ。

(そろそろ焼却が終わるな)

 随分と時間が経っていた。肉は全て灰と化していた。息苦しさはあまりない。外気と繋がっているのか、酸素濃度の低下は僅かだ。

(地上に帰る準備を始めよう)

 傭兵に声をかけようとした時だった。壁際にある地上への門から、電気灯による信号が届いた。

(呼び出しの信号だな)

(何かあったのでしょうか?)

(戻ってみよう)

 僕は後のことを技師たちに任せ、ロボットと共に壁際へ向かう。そこで待っていたのは、昨日姿をくらました少年だった。

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