第5話 3人の錬金術師
メル達はドイツに来ていた。それは、赫耀からの連絡を受けたから。
「メルかー?……ホントに聞こえてんのか……。知り合いの練丹術師の解析だと、件の構成員はドイツ辺りから来た可能性が高いらしい。それ以上絞り込むのは難しいってよ。」
この報告を受け捜索範囲をドイツに絞る。
「あとは推論だ。ドイツ全土なんて捜せないからな……。」
対象である薔薇十字団の拠点が存在する条件を列挙していく。
「研究施設ですから、人口密集する地域である可能性は低いかと。」
「そうだな。しかし、物資の搬入と構成員の派遣が必要であることを考えると、ある程度整備された道が近くに通ってないと不便だな。」
「私詳しくないけど、小人が逃げちゃったら困らない?」
「確かに、隔離に失敗したときの拡散防止策があるかもな。例えば、堀で囲むとか。それなら河川が近くにあるかもしれない。」
ブレインストーミングを経て、拠点の所在地を絞り込んでいく。そこへ、アダマスが一石を投じる。
「アダマスは、ありさんをおいかけてお家さがすけどな。」
「蟻さんを……なるほど。今まで小人憑きの出現報告のあった場所、まとまってるか?」
「ええ……3日前までは追掛けてあります。事足りますか?」
「充分だ。アダマス、こっちおいで。」
メルはアダマスを膝に乗せ、バツ印と日付が書かれた地図を一緒に眺めた。
「どうだ?アダマス。巣の位置解るか?」
「うーん。ありさんうごいてないね。」
「確かに。じゃあ、巣の位置に限らず、解ることあるか?」
「うん。」
アダマスは思考する時間を割くことなく、即答した。
「あだますたちと一緒にいるよ。」
「!?」
メルは驚愕しながら地図を覗き込む。
「我が子、天才なの……!?」
メルがアダマスをくしゃくしゃと撫で回す。高い声で喜ぶアダマス。その傍で、理解が追い付かず目が点になっているベル。
「メル先生。そろそろ解説いいですか……?」
「おっと。2人だけの世界に入ってしまった。アダマス君。説明してあげなさい。人に解るように伝える技術も錬金術師には必要不可欠な素養だぞ。」
「あだます分った。あのね。」
アダマス曰く、拠点を探し当てるより、そこを出入りする人物達、つまり構成員の動きから推測する方が容易い可能性が高いということらしい。しかし、直接構成員の動線を捉えるのは不可能。そこで、小人憑きの出現報告。
「なるほど。次に小人憑きが出そうな場所が怪しいのね。うんうん。……それで、どこが怪しいの?」
それを聞いてメルは人差し指で地面を差した。
「ここ、だ。」
アダマス曰く、地図上に示された同一動線と思われる小人憑き出現報告は、メル達と一緒に移動しているという。
「たまたまじゃなくて……私達は、狙って小人憑きと闘わされてたの……?」
「ベル。そういう顔するな。美人が台無しだぞ。」
「ベルさん。我々が動かなければ、その動線上の被害は減ったかもしれません。しかし、それで解決はしなかった、僕はそう思いますよ。少なくとも、あなたは何も悪くない。」
ベルは溢れそうになる涙を両手で拭い、顔を上げた。
「うん!やっつけてやるんだから薔薇なんとか!」
アダマスの功績により作戦は小規模に収まり、当初見込んでいた必要期間を相当に圧縮した。
「各員自由に散策!以上!」
「え……メルちゃん、今真面目な話してるんだよね……?」
ノブレスオブリージュなベルに冗談は通じない。承知しました申し訳ありません。
「違う違う!こっちが単独で動いているところに尾行してきた奴らを捕縛するんだ!真面目です解りづらく申し上げて申し訳ありません!」
メルは各員にブローチを渡した。周辺索敵用の空気膜術式が仕込んである。
「くれぐれも開けるなよ?」
ベル、ウルおよびアダマスの3人はブローチを手に自由行動、メルはクレイオスに搭乗の上、索敵ブローチのモニタリングに就いた。最初に掛ったはベルの釣り針。次にアダマスの釣り針。ウルには尾行が付かなかった。それに対し、念のためと携帯していたメルのブローチにも反応があった。まずは、引っ掛かった獲物を吊るし上げる。
「何も吐かないぞ(構成員A)」
「い、命だけは助けてくれ(構成員B)」
構成員Bの命乞いは良くなかった。とても良くない。
「では、貴方は命乞いの余地すら与えられなかった、小人憑きの被害者の方々に対してどう思われまして?お答え次第では私、理性を保っていられる自信がございません。」
「ベル。」
メルは、今にも爆ぜそうな拳の上に手を置いた。
「それは司法がやる。私刑はただの復讐だ。」
「……ちょっと、お外の空気を吸ってきます。」
俯いたまま外に向かうベル。痛々しい背中に、こちらの胸も痛む。構成員Bはホッとため息を吐いた。
「おい、何気休んでやがる。死ぬより良いことはここでじっくり堪能してもらうからな。」
構成員AとBの証言から、拠点は明らかになった。場所はカッセル。その地下施設。ここで、3人目の構成員からは異なる情報が得られることになる。
「あんた、狼狩りのメル様であらせられますですよね?ぜひ、我らの研究工房へ……なんで縛られてるんでしたっけ?」
この男もとい少年は、捕縛の際にも抵抗の素振りを見せなかった。寧ろ協力的であった。なので、他の2人とは異なる扱いをしていた。扱いがどのように異なったのか、想像にお任せする。
「お前も薔薇十字団の構成員なんだよな?」
「はい。そっす。」
とても軽い返事。何やら食い違いを感じる。前提の乖離を探す。
「うーん。こいつらの仲間なんだよな?」
少年はその問いに対し、少しだけ悩んでから、こう答えた。
「所属する室が違うっすからね。顔見たことある同僚、って感じっす。なにやってるか詳しくは知らないっすし。」
「室?研究内容を知らない?」
「はい。薔薇十字団には現在3つの研究室があるっす。こいつらはその1つ。”不死開発室”の人っすね。あそこだけ人間に番号振ってるんすよ。しかも、錬金術師じゃない人まで非正規で雇って。うちに室長がぷんぷんですよ、いつも。」
なんとなく掴めてきた。件の団体は一枚岩じゃないらしい。
「お前は何室にいるんだ?」
「おいらは”知能創造室”です。所謂人工知能の開発で……お、旦那はそういうのが好きなんですね?」
人工知能という言葉にウルが反応するや否や、少年は煽る様に言った。
「はいはい。発表時間は過ぎたので、後は個々の質疑に任せまーす。それで、薔薇十字団の詳しい組織構成を教えてくれ。」
この少年研究員ウィットの証言を信じると、薔薇十字団が抱える研究テーマは大きく別けて3つ。不死開発、知能創造および作物増産の3つ。資金源はそれぞれの部門で共通の財布と外部資金との両方から運用している。つまり、部門ごとにパトロンがいるということ。出資者がいる以上、出口寄りの開発テーマになるのは共通しているが、やはり、不死開発の異常性は隠しきれない。目指すところは、練丹術や仙術の極致、不老不死だ。
「ふん縛っといて都合が良いが、ウィット氏、君の上司に紹介してくれないか?」
「事情があったのはお察しするっす。寧ろ、こ高名なメル様にお手間掛けさせたとなれば、おいら怒られちゃうっす!」
「お師……。」
ウィットの人柄と対応に、言いづらいことをメルに伝えようとするウル。
「解ってるっすよ。罠かもしれないっすもんね。なら、おいらに爆発物でも付けといて下さい。それでどうです?」
「ウル……そうするか?」
「いえ、僕が臆病過ぎたようです……。」
「敵の本懐に大分近づいたからな、警戒するのは非常に解る。だが、信じたい奴を信じるのも、後悔しない選択肢だと思うぞ。」
「はい……そうですね。」
一行とウィットはカッセルに向かった。不死開発室の構成員に面が割れている可能性があったので、変装を提案したが、末端の構成員の認識と実際には齟齬があるらしい。
「不死開発室は設立してすぐ拠点を移したんすよ。しかも大きめの古城に。錬金術師なのに目立ちたがり屋なんだから。」
情報統制という意味合いなのか、非常勤構成員は特に、正しい情報は与えられないらしい。地下の拠点に立ち寄る分には素顔で問題ないらしい。
「どもっす。知能創造室のウィットっす。」
「おう!久しぶりだな!そちらの方々は?」
「何を隠そう、狼狩りのメル様ご一行ですっす!」
「!?」
そこからは、一瞬でも罠かもしれないと疑っていた自分が馬鹿らしくなるくらいには大歓迎を受けた。錬金術師のコミュニティにおいて、名前持ちというのはそれだけのステータスであることの証左だ。
「メル様の論文、穴が開くほど読みました!……いや、錬金術に関する論文の殆どが、著者ヘルメス・トリスメギストスなので、メル様の著書かは推測ですが。」
「いや、合ってるよ……なんで解ったの?」
「弊研究室は人工知能に明るいので、既報論文をデータベース化してマイニングなど駆使したり!」
「はは……異分野交流おもしれー。」
酒の肴に研究進捗を語るだけで千夜を越せる勢いだったが、それは目的を達してから。
「さて、室長殿おられるか?恐縮ながら面会したいのだが?」
「ええ!それなら喜んで!」
「……ん?」
メルの著書にサインまで頂こうとしたこの若い男が、どうやら秘密結社薔薇十字団の3大研究室がひとつ、知能創造室長だったらしい。
「なんだよ!先に言えよ!」
「またまたー。いつも著書の後書きに書いてますでしょ?"科学の元では皆平等である"って。私は一介の錬金術師メルのファンですから!」
臭いこと書くんじゃなかったかな。まあいいか。
「調子狂うなー。単刀直入に結論から。不死開発室の計画を頓挫させたい。協力してくれ。」
「勿論!」
「な!?2つ返事していい案件かぁ!?」
「これが、願ってもない提案でしてね。」
どうやら以前から、知能創造室では不死開発室の研究手法について疑問を持つものが多かったらしい。嫌疑が晴れるなら、と秘密裏に調査員を割いたところ、メル達と同じ結論に至ったらしい。
「しかし、薔薇十字団の存在すら知らないところから、よくぞこの地にたどり着かれました。形容し難い程素晴らしい。本当に。」
「いくつか幸運があったからね。ここに辿り着くことに関してだけの幸運が。」
その旨は作物増産室にも展開されていた。戦闘となれば木の棒程も役には立たないが、是非。そんな回答が得られたという。
これで、残りのタスクがかなり定まった。いよいよ、実証実験の計画に入ろう。
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