第4話 ヘンゼルとグレーテル

 メル達は進路を東に向けていた。とある目的のためである。


「貴重な手掛かりが手に入った。ヒトの生き死にが絡むから不謹慎だが、目的のためには大変喜ばしい。」


 先日の襲撃に紛れていた小人憑きの1体が、薔薇の組織の構成員であった。その小人憑きを討伐することで得た、薔薇の組織への手掛かり。構成員の遺体と所持品である。検死によって構成員の身体的特徴は明らかになったが、照合する術をメル達は持ち合わせていなかった。


「どうやら、小人憑きになる前は右肘より先が欠損していたらしい。所持品の手記にも左手で文字を記した痕跡がある。インクが擦れた跡があるだろ。」


 所持品からも、人物の特定に至る物品は見つからなかった。


「持ち物は、手記と見られる書きかけの本1冊、薔薇のマークが刻まれた万年筆1本、空の注射器が5本、写真が入ったロケットが1つ。注射器の内側から阿片抽出物が検出された。つまり、純度の低いモルヒネだ。痛み止のつもりが薬物中毒になったのかもな。」


 人物の特定には繋がらなくとも、住んでいた地域は解るかもしれない。所持品をもう一度調査する。


「手記には何が?」

「1ページ目に、"この孤独な御仁にしよう。どうか恨むなら、私の心に悪心を植付けた悪魔を恨んでくれ。"ってだけ。動機まで人任せか。」


 メルが目を細め、悲しげに溜め息を吐く。


「構成員としては駆け出しだったのでしょうか?」

「多分な。観察結果の書き方まであれば、それなりに経歴はわかりそうだったが。」


 白紙のページをパラパラと捲りながら、メルが愚痴を吐いた。すると、あるページが目についた。


「ん?なんだろこれ?」


 そのページの角端に見慣れない記号が記されている。下に開いた、大きさの異なる同心半円を、その中心から最も大きい半円の外まで線分が貫いている。そのすぐ右下に、無限を表す記号の右側の環が開いたような記号が並ぶ。


「……フ……ト……?」

「ん?べる……?」


 ベルが焦点の合わない視線のまま呟いた。それにアダマスが声を掛けた。


「ん?ごめん、なんだろね?」


 声に反応してアダマスに視線を移しながら、ベルが返事を返した。所持品はまだある。


「この万年筆。錬成波でCTスキャンすると、何やら仕掛けがあるらしい。ウル、バラして何かわかんないか?」

「うーん。精密な道具ですし、専門家に依頼した方がいいのでは?破壊してしまったら元も子もないですよ。」

「ふん。専門家ね。考えておくか。」


 次の手掛かりは注射器。形状や構造に特異性はなく、市販品と思われる。


「販売元から特定できる線は薄いか。」

「念のため銀涙組に問い合わせましょうか。」


 最期はローブ。


「これも特に異常無し。専門家なら縫製から解ったりするんかね?」

「有名な縫製職人なら可能性はありますが……。秘密組織みたいのが足の付くことしますかね?」

「確かに……念のため銀涙組に問い合わせよう……。」


 ここまで出る幕のなかったベルが鼻息荒く割り込んできた。


「それじゃあ、全部ギルドの返答待ち?お父様に急いでもらうようにお願いしなきゃね!」


 メルが困ったような笑顔を見せながらこう返答した。


「それは大変ありがたいが、座して待つ気はない。モノの調べ方は多様だ。出来ることはまだある。例えば、魂の螺旋分子、DNAだ。」

「DNAって?」


 聞き慣れない言葉にベルが反応する。この螺旋分子に詳しく触れたのはアダマスを生物として補完したのが最後だった。


「最近その名前がついたらしい。ワトソソとクリークが演繹的に螺旋分子であることを唱えて評価されたらしいが、本当はフランクリソのデータを盗んでいた。まあそれは置いといて。」


 平行に向かい合わせた掌を、平行に右から左へ移動させながらそう説明した。


「DNAのコードを詳細に解析すれば、どの地方の生物に近しいコードかが解るかもしれない。」

「この小人憑きのDNAですか?」

「それと、阿片とローブの繊維だ。」


 その様な経緯で、DNA解析に詳しいと思われる人物に協力を依頼するため東の大陸国、中国へ向かっていた。


「まだ詳しく訊いてませんでした。なぜ中国に?」


 ウルが疑問を呈する。中国に向かうことだけ告げていたことに、メルも今更に気が付いた。


「そうだった。理由は2つの集合の余集合だ。ひとつ、生物学や医学であれば練丹術、練丹術師に会いに行く。」

「ふたつめは?」


 勿体ぶるメルにウルが質問を投げる。メルは弛んだ笑顔で答えた。


「大概の錬金術師は秘匿主義。名前から住所から情報は不明だ。」


 暫し静寂が流れ、それに耐えきれず、メルが自ら沈黙を破った。


「だ、だ、だから!情報がオープンになってる術師が!例えばオレとか!」

「名前持ち、ですか。」


 やっと気まずい静寂が解れメルが肩を撫で下ろす。


「そ。だから、名前持ち、かつ、練丹術師。"魔女焼き"に会いに行く。」

「魔女焼き……"火"の錬金術師ですか。」

「火の錬金術師?専門分野ってこと?」


 ベルが誰に問うでも無く、呟いた。それをウルが拾って返す。


「そう、専門分野。確か先日お師から習っていましたね。四大元素。」

「はい。火と水と気と土ですよね。」


 ウルが笑顔で頷いた。


「そう。それで、お師は"気"が、僕は"土"が専門分野です。そこからさらに細かい分類があって、体系化されていますが、それは……。」


 ウルがメルを一瞥する。一瞥をバトンの受け渡しと解釈したメルが続ける。


「そうだな、それはまた今度。」

「そして、魔女焼きは特にエネルギー分野に長けていると記憶してますが。」


 判断に誤りは無いか、と暗に問う。メルは質問の意味を理解した上で答えた。


「そうだね。魔女焼き本人にDNA解析に通ずる技術があるかは分からん。」


 メルの答えに対してウルが察したように呟くよう。


「なるほど。魔女焼きが顔見知りの練丹術師に取り次いで貰うんですね。」


 その呟きに、左目をパチリと閉じながら結論に達したことを示した。


「そそ。そういうこと。」


 斯くして、公開情報の範囲で、魔女焼きが滞在しているという街に到着した。情報の授受の際、取り決めに従ってこちらの情報と面会の目的が伝えられている。もちろん好都合だ。


「容姿までは教えてくれなかったな。」

「特徴的だとは言ってましたが。」

「どんな人だろうね。」

「ぬいぐるみみたいなヒトかな?」

「それはアダマスの唯一無二だと思うぞ。」


 街の外縁から街の中央へ向けて進む。道すがら、通行人に目的地の方向を訪ねながら。


「あ、リンゴリンゴ。」

「お師、流れるように買わない。」

「まあまあ、今メルちゃんのやる気はとても大事だから。」

「ベルさん、甘やかしては……。」


 こんな風に路草を食みながら。路草の替わりに、露店で買ったサンドウィッチを受け取りながら、メルが呟いた。


「これで薔薇の組織のことが解れば苦労はないんだが。まあ、魔女焼きが協力的な前提だが。」


 メルは受け取った戦利品を愉悦の目で眺めながら、さらに続けた。


「いざとなったら力ずくで……。」


 滅多なことを言っては駄目ですよ、とウルの頭の中で文章が整う前に一行の後方から、獣の唸り声の様な音が聴こえた。


「あぁ?誰に何をどうするって……?」


 メルが三度目の朝食を口に放り込むために、大きく開けながら振り向く。その直後、メルは襟首を掴まれ左上に引っ張りあげられた。一時的に呼吸機能を奪われるメル。すると、メルが立っていた地面が赤熱し、泡が弾けるように熔けた。


「ぐへっ……なんなの……。」


 メルは薄れゆく意識で現状把握に勤める。とりあえず、メルを吊り上げたのはウルだ。ベルはアダマスを抱えて反対方向へ跳躍している。声の主は。


「待てコラてめーらっっっ!!」


 さっきの唸り声とは打って替わって、爆発のような怒号が飛んでくる。そのまま、声の主も右手を振り上げながら飛んできた。その右手を振り下ろすと、その先の地面が先と同様に弾け熔けた。


「けほっ……熱、か……。」

「ええ、しかも非常に高密度の。」


 ウルがメルを一瞥しながら補足した。前髪がなびき、瞳が露になる。左の紅色に対し、右の瞳は溶岩の様に妖しく輝いている。


「なるほど。助かりました。」


 メルはとても素直に感謝を述べた。


「残念。まだ全然助かってませんよ。」


 声の主は延々と追い掛けてきた。メル達が逃げるからではあるが、とても執念深い。何故襲撃されているのか結論は出ないが、仮説は立つ。


「奴が魔女焼きかな……?」

「ええ、恐らく。ということは。」


 ウルは、一度間を空けたが、耐えきれず続けた。


「口は災いの元、ですね。お師。」

「はい。ごめんしゃい。」


 その仮説に基づけば、我々は戦闘を行う必要はない。であれば誤解を解けば解決するはず。


「えっとえっと、カクヨウさん?」


 逃げる最中、声の主はそう呼ばれていた。路や建屋を破壊しながらの追跡に、怒られはしても許されている雰囲気である。日常茶飯事ということなのか。


「てめー……あたいの名前を何処で知ったっっっ!?!?」

「いや、ええ、その辺で!!」

「火っ捕まえてローストしてやる!!」


 聞く耳を持っていないようだ。このままではゆっくりと熱を通されレアな焼き加減にされてしまう。


「んだ兄ちゃん。んなわけあるかよ!あぁ?だって聞いたろ、力ずくがどうのとか……。」


 カクヨウは時たま独り言を呟いていた。通信術具の類いは見られない。術具を介さない術式なのか。


「ああ、今はどうでもいい。適度に捏ねるぞ。」

「ハンバーグで対抗しないで下さい。」


 ウルはそうツッコミながらも同意の空気を漂わせる。


「まずはオレの顔を奴に向けてくれ。走りながら迎撃するぞ。」

「御意。」


 メルはウルに小脇に抱えられながら後ろに向いて臨戦態勢を敷いた。


「さあ来い、癇癪玉!オレが相手だ!」


 安い挑発だったが、効力は充分の様だ。カクヨウの額には太い青筋が葉脈の様に張り巡らされた。


「やめだやめ。消し炭にする……!!」


 血走った目に逆立つ髪の毛。怒髪天を突くとはこのことを指すのか。よく見ると。右の瞳は朽葉色だが、左は若草色である。所謂オッドアイだ。


「温度を上げるぞっっっ!!」


 カクヨウの周りに陽炎が漂う。5歩先からでも熱が伝わって来る。カクヨウが再び右手を振り下ろす。


「陽糸っっっ!!」


 先程までとは比べ物にならない間合いで地面が爆ぜた。ウルが回避しなければメルとウルは4つに裂けていた。


「え!?なに!?」

「神経回路の容量では実現不可能な出力です。何か仕掛けがあるはず。」

「熱源温度を上げて射程を伸ばしたってこと?脳筋かよ……。」

「誰が脳筋だぁぁっっっ!?」

「やべっ、聞こえてた。」


 カクヨウの猛攻に、回避行動を続けるウルは息を切らし始めた。かれこれ、20分駆け回っている。メルを抱えて。


「お師……そろそろ……。」

「わかたわかた。」


 メルは目を細め、瞳に鋭い眼光を灯した。カクヨウの次の攻撃を待つ。


「んだ優男。息切れかぁ!?」


 カクヨウが一気に距離を詰める。右手を地面と平行に薙ぎ、ウルの回避範囲を埋め尽くした。


「燃えろっっっ!!」


 確実に捉えたとカクヨウが確信し、右腕を振り切った後も、ウルとメルは健在であった。それどころか火傷切り傷ひとつ見当たらない。


「あぁ……?なんでた……?どんな手品……。」


 そう呟くと、カクヨウは受け身も取らず、前向きに倒れた。


「手品でどうこう出来る代物じゃなかったよ。こっちもギリギリだ。」


 ウルは膝を付いて肩で息をしている。メルも呼吸を深くしながら額からは汗が滝の様に流れる。


「メルちゃーん!大丈夫ー!?」


 どうやら、ベルとアダマスが合流した様だ。それと同時に意識を失うメル。

 次に目が醒めた時目に入ったのは見知らぬ天井であった。


「ふあ……なんだっけ……?」


 全身麻酔から醒めた直後のように、寝覚めの悪い朝のように、意識が定まらず思考が鈍化している。


「お師。お目覚めで。よかった。」


 次に目に写ったのはウルとベルとアダマスとカクヨウと。


「うわっ!魔女焼きの!」

「なんだてめーやんの……。」


 カクヨウがそこまで言った時本人の左手が右頬を張った。小気味良い音が部屋中に響く。


「ったー!分かったよ兄貴!」


 メルには理解しがたい光景だが、他の3人は事情を知っているらしい。苦笑いを浮かべて眺めている。


「よー狼狩り。悪かった。」


 目線も合わせず、口を尖らせながら呟くようにカクヨウがそう言うと左手がピクりと動いた。


「だ、だー!兄貴タンマ!」


 カクヨウは自分の左手に怯えながらメルに向き直って切り出した。


「狼狩りのメル!早とちりで襲って悪かった!ごめんなさい!」


 すでに涙目のカクヨウ。これ以上糾弾することが出来ようか。


「いや、出来ないよな。許すけど事情だけ教えてくれ。目が回りそうだ。」


 するとカクヨウ、正確には赫耀は、まず始めに自分の素性から話し始めた。


「あたいは赫耀、んで兄貴が雲耀。察しの通り、魔女焼きと呼ばれてる練丹術師だ。」

「兄貴?」


 メルは辺りを見回すが、それらしい男性の姿はない。


「ここだ。私が雲耀だ。」


 赫耀から、渋い口調の声がした。わたしがうんようだ?


「解離性同一症?」


 所謂、多重人格だ。


「障害と断じないところは好感が持てるが、ハズレだ。あたいと兄貴は神経の一部を共有してるが、脳は独立して動いてる。」

「それってつまり……。」

「結合双生児だ。」


 結合双生児。一卵性双生児の発生・分化の過程で、通常では受精卵が完全に分離し双生児が発生するが、受精後13日目以降に分裂が起きた場合、胎児としての完成度に由来して部分的にしか分離せず、結合体が生じることがある。


「仲良し過ぎたんだろうね!」


 デリケートな話題だろうに、本人は明るく笑い飛ばしている。すると雲耀がこちらに気を使ったのか補足を入れる。


「この様に、本人は大して気にしていない。あまり気を使わないでほしい。」


 一同はゆっくりと頷いた。


「そんで続きだが、あんたらを最近見掛ける怪しい輩の仲間だと勘違いしてね。ホントに悪かった。」

「だから確認しろと言ったんだ。短気は損気。お前のことだ。」

「ご、ごめんて……。」


 兄妹の力関係は分かってきた。


「んで?その怪しい輩ってのは?」

「知らん。秘密結社だのなんだの。薔薇のなんちゃらって言ってたな。」


 ここに来て意外な単語を耳にした。


「薔薇の!?秘密結社!?も、もっと詳しく教えてくれ!」

「あたいは知らんって……私が答えよう。」


 どうやら、雲耀が割って入ったらしい。


「彼らは"ローゼンクロイツ"薔薇十字団と名乗っていた。錬金術師を集めた秘密結社だと言っていたな。ここに来た目的は勧誘らしい。門前払いしたがね。」


 どうやら対象は人手不足らしい。構成員が小人憑き化していたのを思い出した。


「そいつらが、再び訪ねてくる可能性は?」

「無くは無い。次に来る目的が勧誘か問わなければな。」


 とても重要で貴重な横道に逸れたが本題に入る。


「その秘密結社の手掛かりなんだがDNA解析が出来る練丹術師の知り合いはいないか?」

「いないことはない。ないが、タダで教えてやる気はないな。錬金術師は秘匿主義、わかんだろ?」


 錬金術師が研究内容は勿論のこと自らが錬金術師であること自体を公にしない者も多い。それは秘匿主義によるところもあるが背景には魔女狩りの歴史がある。


「そうだな……錬金術師もかなり被害に合ったもんな。秘匿するに越したことはない。解るよ。」

「しかし、無下にも出来ないしな。条件を出して貰う。取り次ぎはそれでいいか?」

「うん、助かるよ。」


 メルは赫耀にサンプルを預け連絡用の通信術具を手渡した。


「ある程度の距離なら、これを使えば通話が出来る。」

「ほう?どんな原理だ?」


 赫耀が術具を錬成波でスキャンしようとしたのを、メルが手で制した。


「おっと。営業秘密か?」

「いいや。御守りの中身みたいなもんだ。視ちまったら効果は無くなっちゃう。」


 メルは片目を瞑って指を弾いた。


「これもそうだが、喧嘩の時のはなんだ?あんな流れるように失神させられたのは始めてだ。」


 赫耀が大きく口を開けて笑う。


「ああ。低真空を作ったんだよ。空気中の熱伝導は拡散現象。拡散媒がなければ伝わってこない。氷より氷水の方が飲み物は早く冷えるだろ?」

「ってことは、失神もそれか?」

「そうだ。酸素も薄くなって失神させられる。一石二鳥の完璧な作戦よ。攻撃範囲が分からんので自分も失神する範囲を低真空にしなくちゃいけなかったのと、輻射熱なら問題なく燃えてたのを除けばね。」


 当初の目的を果たし、勘違いのお詫びとして回る円卓で中華料理を堪能しようとしていた所に街人が飛び込んできた。


「赫ちゃん!変なのがいっぱい出たよ!ヒトが沢山喰われちまった……!」

「……!!?」


 メル達と赫耀・雲耀はご馳走の前から退き、騒ぎの中心へ駆けつけた。


「小人憑き!?しかし、この数は!」


 そこには、30を越える小人憑きの群れ。恐らく、この1/3程はたった今変異した個体。


「アダマスとウルは街人の避難!ベルは深追いせずに防衛寄りに迎撃!赫耀・雲耀も協力してくれ!」

「協力だぁ!?舐めんな!」


 赫耀は右手を振り抜く。小人憑きが4つに裂けた。


「よお、角のババァ!じゃあなっ!」


 赫耀は次々に小人憑きを薙ぎ倒していく。ベルに次ぐ戦闘能力と評したい。


「やるな小娘っ!ただ不器用だな!」

「え!?不器用ですか!?」


 単体戦闘力で言えば歴然。しかし、一向に小人憑きの総数が減少しない。明らかに供給源が存在する。想像もしたくない仮説が立つ。


「赫耀!あの方向には集落があったりしないか……?」

「あぁ?……最近隣がそっちだが。奴らに良心ってもんはないのか?」


 メルの瞳に眼光が灯る。


「ハナっから期待してねぇよ

そんなもん。」


 近隣の集落で小人が撒かれている可能性が高くなってきた。


「戦力密度が薄い所を穴を空ける!赫耀と雲耀、援護してくれ!ベルはそこから集落へ!戦力原の沈静化の後、後方から挟撃してくれ!」

「分かった!」

「しゃーない。手伝ったる!」


 メルは雷銀弩を構え直し赫耀は手指の間接を鳴らした。メルとベルは左翼側の敵前線に突貫していく。赫耀は中央から右翼の全域の進行を遅延する様に防衛線を敷く。


「よし!出たぞ!ベル!」

「いってきます!」


 敵戦力を分断し、敵部隊の後方に抜けた。ベルが信じられない速度で跳んでいく。


「さすが……!頼んだぞ!」


 一方、ウルとアダマスも戦線に立っていた。前線から討ち漏らされた、または迂回してきた小人憑きが、

街人に迫っていた。


「数は少ないとはいえ、手が足りませんね……。」

「ごめんね。ぼくもたたかえれば。」

「いえ。アダマスには伝令を頼みたい。お師にここの状況を伝えて、指示を仰いで下さい。」

「……うん!わかった!」


 アダマスは兎の様に跳んでいく。


「頼みましたよ。」


 そのすぐ後、ベルが近隣の集落に現着した。道すがら、すれ違った小人憑きの数がだんだんと減っていたことから予想はしていたが、集落はすでに静まり返っていた。


「だれか!だれかいませんか!」


 策敵構わず全力で叫ぶ。すると、いくつかの反応があった。急いで声の元へ駆けつける。


「大丈夫!?」

「……うん。」


 そこには、泣き叫ぶのを我慢した、そんな顔の子供がひとり。


「ままとぱぱが……。」

「うん。頑張ったね。」


 ベルはその子供を優しく抱き抱える。その集落で生き残っていたのは15人。その内11人が子供であった。本来、集落には150人程が暮らしていたらしい。ベルは頭の中が朱く熱いモノで満たされていくのを感じた。私に何が足りなかったのか。何を持ち合わせていれば、この悲劇は回避できたのか。目眩がする程頭の中が空転するのが分かる。


「小娘。力を貸してやろうか。」

「ナックさん……?」


 頭の渦の中心から、低く甘い声が響いた。


「何も難しいことはない。大きな力があれば、此度の悲劇は防げたではないか。欲すれば与えん。欲すれば与えん。」


 頭の渦がゆっくりと静止していく。頭中の泥がさらに粘度を増していく。目の奥が痺れていく。意識が薄れていくのを感じた時、あの声を思い出した。


「お別れを。」


 あの優しい響き。あの音にどれだけ救われたか。本人にも言ったことはない。


「そうでした。」


 固まりゆく泥が溶け始めた。緩やかに暖かいモノで満たされていく。痺れが消え、思考が澄んでいく。


「力ではなかった。ヒトを救うのに必要なのは力だけではなかった。」


 ナックの声は消えていた。

 アダマスは走った。最近悔しいという感情を知った。小さく弱々しい自分には、ままを守る力が無いと。


「待っててね、まま。」


 そう口に出しても、無力感と焦燥感からは逃げられない。涙を流すという機能が無いアダマスは、この感情を表層に発露することも出来ない。


「どうすればいいのかな……?」


 アダマスは走った。

 その頃、メルと赫耀の継戦能力に限界が見え始めた。


「ハァハァ……おい、生きてるか?」

「あたいを誰だと……ハァハァ。」

「赫耀。血管を回路に見立ててるな?」

「は。お見通しか。」


 赫耀の発熱出力は、従来の神経回路を使ったものとは別に、血管内を介したエネルギー供給を並行して行っている。必然的に、血液には排しきれない熱が留まり、体温を上昇させていく。


「だーから。鬼ごっこさせられたのか。掌の上かよ、忌々しい。」

「そう言うな。こっちもギリだったんだ。」


 そう話している内にも、小人憑きの群れが二人に迫り来る。果たして終わりは来るのか。そんな疑問に苛まれる。


「クソっ!こんなに風が強くなければ。」

「は?風?その射程なら風になんて影響されそうにないが……。」

「は!まだ兄貴の錬成見てねーだろ!」

「なるほど、そういう……。」


 微かな活路を感じ意識に緩みが生じた。その隙を狙ったか否かは定かでは無いが、この戦線では見られなかった飛行型の小人憑きが襲撃してきた。急降下から地面スレスレに機首を上げた。そのまま地面と平行に飛行しながら、メルの脇腹に食い込んだ。鈍い音を立てながら吹き飛ばされるメル。


「ゲホッ……またオレかよ……。」


 小柄で狙われやすいとはいえ、敵方の優先順位に愚痴を吐いた。


「ばかっ!言ってる場合……。」


 赫耀ひとりが立っている状態では前線が維持出来ず、拮抗が崩壊していく。赫耀が囲まれながら善戦するも、メルには迎撃の余力は残っていない。


「ベルは……仮に避難民がいればこの時間で帰還は有り得ない。ウルは……街人の護衛で離れることは無いだろう。あとは……。」


 アダマスの顔が浮かんだ。


「幸せにしてやるから産まれてこいなんて言っといて、この無様か。」


 諦観に満ちた瞳で、目前に迫る小人憑きの大群を視界に入れながら決して目を閉じずに、その先にいるであろう黒幕を睨み付けた。


「オレが居なくとも、人間は強い。精々胡座かいてろよチキンソテー野郎。」


 その時、黄色の線がメルと小人憑きの間に割り込んだ。


「ままを、いじめるな。」


 声が聞こえたと同時に、歪曲した白い杭のようなモノが展開されメルを覆うように閉じた。視界が遮断され情報が呑み込めない。


「なんだ?新手……じゃないな。」

「遅くなってごめんね。まま。」


 それは聞き慣れた息子の声。


「アダマス!これ、お前が……?」

「うん。そうっぽい。」


 良かった。いつものアダマスだ。息を吐いて肩を撫で下ろす。


「これは……骨か?」

「うん。この辺から生えてきた。」


 アダマスは脇腹を指差す。


「肋骨が体外に形成したのか。」


 メルは、アダマスの卵が現れた時の蛇型の小人憑きが、内側からの骨による殺傷で息絶えたのを思い出した。


「あの時も助けられてたんだな。ありがとうアダマス。」

「うん?うん!」


 メルは柏手をひとつ打つ。


「よし!反撃開始だ!」


 赫耀と雲耀も、状況を呑み込めてはいなかったが、少なくとも事態が悪化した訳ではないと判断した。


「メルが無事だと仮定しよう。でなければ私達の負けで終幕だ。」

「それもそだな。今のあたいにやれることは……こいつらを八つ裂きに……。」

「はいストッープ!!」


 突然の停止指令に、重心を狂わす赫耀。


「生きてやがったのか、よかったな、急に話しかけんなゴラァ!」

「落ち着け赫耀。」


 混乱する赫耀。宥める雲耀。


「風が無きゃいいんだったな?それで引っくり返せんのか?」


 メルの端的な質問。


「任せろ。」


 赫耀の不適な笑みがその自信を伺わせる。


「よし、10秒くれ。行けそうなら自己判断で。」

「いいね。やってくれ。」


 メルは直ぐさま鎌剣を取り出し、三つ編みにした髪の1/5を切り取った。それを顔の前で握りしめた。


「”薄明の名を以て命じる。狭間の玉織に針を打ちてこれを沈めよ。天の帷幕をここに降ろしこれを静めよ。”」


 そう呟くと、切り離した髪束が、光の粒子になって消えた。すると、先程まで吹いていた風が徐々に弱まっていく。


「あとでタネを聞き出してやる。」


 赫耀はそう唸ると、両手を前に突き出し何かの構えを取った。


「兄貴!お待ちかねの出番だぜ!」

「待ってはいなかったがね。」


 赫耀、もとい雲耀の指先から何かが小さく爆ぜる音がする。


「電糸……!」


 そう唱えると、僅かな音が聞こえていた指先から、蛍火程の柔らかい光の線が伸びていく。その糸は次第に分岐し、小人憑きへと1本1本繋がっていく。


「捕捉数64枝。最大捕捉数に達した。伝導回路の閉口を提案する。」

「了解。いっちょやるか!」


 赫耀の身体から、夥しい熱を感じる。加えて、身体中の毛が逆立つ。赫耀と雲耀は目を見開き叫んだ。


「「原糸っっっ!!!」」


 その途端、僅かに灯っていた光が一瞬にして目も眩む程の閃光に膨れ上がり、大気が焼けたと思う程に気温が上昇した。一瞬の閃光が消え、明順応が追い付いた時、目前には焼け焦げた小人憑きの山が出来上がっていた。


「さぁ、ベリーウェルダンになりたい奴は前に出な。順番に焼き上げてやるよ!」


 赫耀と雲耀の蹂躙は止まらなかった。小人憑きが間合いを詰める隙もなく、黒い塊になって地面に平伏していく。64枝並列を1回、12枝並列を4回を放ったところで、周囲の小人憑きは全滅した。


「歯応えがねぇーなぁ。もう少し火を入れとくべきだったか?」

「苦戦していただろう。」

「……兄貴、今キメてるとこ……。」


 近隣の集落に面する戦線が沈静化したことで、此度の戦闘は終息に向かった。ウルと街人の方には赫耀と雲耀が、ベルと集落の方にはメルとアダマスが駆けつけた。勿論、メルは戦力にはならなかったが、ベルにとっては重要な増援だった。その後、生存者の確認と負傷者への治療を優先し、ギルドへの救援要請を行った。



「今回は世話になった。あたいと兄貴だけじゃ街を守りきれなかった。」

「それはこっちも同じだよ。……隣の集落は残念だったけどな。」


 暫し重い沈黙が流れた。


「おいおい。お前ら、人助けして当たり前だと思ってんのか?」


 見兼ねて赫耀が口を開く。というより、沈黙に納得がいかないらしい。


「あのなぁ、普通は助けないで逃げるのが当たり前なんだよ。ヒトを助けたらすごいんだよ。」


 周りの反応を待たずに赫耀は続ける。


「だから、助けた奴に感謝だけされとけ。でなけりゃ、助けられた方はそれが当たり前だと思うだろ。その責任、お前ら取れんのか?」


 メル達の中で、スッと腑に落ちた感覚があった。


「それにな。人助けはしたいからするんだろ。義務になっちゃ楽しくないからな。」


 快楽主義、とは掃き捨てられない、理路整然で論理的な考え方だ。


「皆さん。お聞きの通り、妹はこんな始末だ。聞き流して貰っても構わない。しかし残念。私も妹と概ね同じ意見でね。どうかな?」

「うん。同意せざるを得ないな。ありがとう、赫耀、雲耀。」

「ん?なんか感謝されることあったか?」


 当初の目的も果たし、人助けもしたところで、次の目的地へと向かうことになった。満漢全席とは素晴らしいものだった。その後、赫耀からある申し出があった。


「本当に無条件でいいのか?知り合いの練丹術師も骨折り損は嫌だろ。」

「あーあー。もう言うな。いいんだよ。」

「メルさん。妹は妹自信で条件を果たすつもりなんだよ。あまり訊かないでやってくれ。」

「もー兄貴!気の使い方ヘタくそ!」


一行は力強い友人を得て、進路をまた西に戻す。薔薇の秘密結社、ローゼンクロイツに接敵するために。



手記、

フィールドリサーチ部隊第1中隊員E。件の魔女焼きの勧誘は失敗。プランCを発動するも、狼狩りと迎合され失敗。これ以上のサンプル消費は損失対効果が逆転するため、現場判断にて作戦を中断する。同様の事態に対処するための、遊撃部隊の立組を具申する。全ては我がローゼンクロイツのために。


以上、報告終わり。

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