第3話 3つの言葉

 メル一行3人はドイツ東部のとある街に来ていた。石畳の上に石造りの教会が聳える中心街の周りに市街地が広がっている。外縁部から中心街へ伸びる太い一本道は目抜き通りになっており、あらゆる品が手に入る、そんな触れ込みで有名であった。


「でかいな!こんな街でなんの依頼だ……?」

「小人憑き……じゃないことを祈りますが。」

「やめろウル。フラグっていうらしいぞ。」

「ふらぐっ!」


 そう。此度は依頼のための来訪。それも特急ランク"フクロウ"。大至急かつ特命。


「しかも名指しでオレだろ?絶対やばい依頼じゃん。」

「前も偉い人の囮でしたからね。いや、ただの邪推でしたけど。」

「とりになったの?」


 依頼内容は事前連絡なし。現地にて通達とのことだったが、現地窓口でも説明はなく依頼主に会いに行けとのこと。


「なんか侮られてるみたいでムカつくな……。」

「まあまあ。見返りは魅力的でしたから。」

「すまんな、我らの財布係……。」


 兎にも烏にも、依頼主の待つ街で一番高い建物へと向かった。遠目からの印象は、街の中心街のさらに中心に建っている古城という印象。目抜き通りを登って向かっていた。メルが道中買い食いしながら歩いていると、トラブルになっている現場を見掛けた。


「おうおうねーちゃん。俺らここ楽しみに来たのによー、金がねーんだよ。」

「だからさー、助けると思って貸してくれや。」


 どうやら輩が2人が少女に集っているようだ。少女はドレス様のワンピースを纏っており、生活水準の高さを物語っている。その出で立ちから、金銭無心の対象にされたであろう。あと、今時モヒカンの輩とは懐かしい。いや、未来過ぎる。


「返すおつもりはあるんですか……?」

「ああ?返す?そりゃあ勿論!いつか返すよっ!」


 どうやら、返すつもりはないらしい。それは想定通り。しかし、傍目に見ている店の店主店員達は、

この光景をにやけた表情で静観している。嫌な街に来てしまったようだ。


「おいウル。こんな街さっさと出たい。まずは助けるぞ。」

「……御意。」


 2人が拳を握りしめ、輩と女性の間に入ろうとした。その時、太い枝が折れるような音と共に、2人の左側を何か大きなものが風を切りながら高速で通り過ぎていった。


「ひでぶっ!!」


 後方で断末魔が聞こえた。どうやら通り過ぎたのは人間だ。ふと視線を戻すと2人いた輩が1人に減っている。


「ちょちょちょ待って、ウソ!ウソだから!悪い冗談ですか……。」


 遺言さえも遮られ、メル達の右側を吹き飛んでいく輩B。今度は断末魔さえ聞こえなかった。世紀末に還れ、輩A、輩B。


「それがレディーに対する声の掛け方ですか!マナーと真心を学んで、世が終わる頃に来てくださるかしら!」


 もう本人達にはすでに見えていないであろうであろう見得。続いて一斉に歓声と拍手が起こる。スタンディング・オベーションである。握りしめた拳はすっかり弛み、口が惨めに開いたまま塞がらない。何一つ理解が追い付かないが、嫌な街ではないらしい。


「おうベルちゃん!これ持ってってくれ!」

「いつもありがとう、プラムおじさん!これ美味しいね!」

「ベルちゃん後で寄ってって。新しい服の試着してみてほしいの。」

「え、私でいいの?後で行くね、マレーナおばさん!」


 この娘は、街の嫌われものどころか人気者らしい。しかし、見過ごせない点が1つだけ。決定的に絶望的な1点だけ。


「小人憑きだよな……。」

「ええ。そう考えるしか……。」


 メル達はその娘の後を尾行することにした。


「カールおじさん、こんにちは!」

「おうベル様、ご機嫌麗し……。」

「"様"はやめてってば。別に偉くないんだから……。」


「ああベルちゃん、新しい本が入ったよ。ベルちゃんが好きそうなのがね!」

「やった♪一旦帰ったらすぐ見に行くね!」


 このベルと呼ばれている娘、街の者からかなり慕われている。皆に明るい顔で挨拶を返し軽快に会話を交わしていく。小人憑きであるか否か、結論に不安が差す。


「こんなに友好的な小人憑きが今までいたでしょうか。」

「オレに二重否定させるな……。見たことないよ。」


 しかし、小人憑きに関する最近の変化は著しい。それに、観測されなかった変化がこれから無いとも限らない、が科学の原則だ。


「少し揺さぶるぞ。あそこの路地だ。」

「御意。」


 いつもの様に目抜き通りを歩いていると、路地の入り口に見慣れぬ男性が立っている。前髪が長く、彼の目はこちらからは確認できない。


「あの、すみません。お頼みしたいことがあるんですが……。」


 頼みごと。少し警戒しながら話を聴いてみる。


「ええ、なんでしょうか。」

「ありがとう。この奥に小さな女の子が座ってるんですがね、どうやら怪我をしてるみたいで。」

「それは大変!」

「ええ。しかし、僕では恐がらせてしまったみたいで。様子を見てきて頂けませんか?」


 怪我をした少女を心配する青年。果たして真意は。しかし、この頼みを無下にするわけにはいかない。


「わかりました。話を聴いて来ますね。」


 路地の奥へと歩く。こちらから見て、詰まれた木箱の裏に少女は膝を抱えて座っていた。赤い頭巾を目深に被った10歳前後の少女。一見すると外傷は見当たらない。


「大丈夫?怪我してるの?」


 出来るだけ朗らかな表情で声を掛ける。すると、少女はこちらを一瞥すると怯えた声で返答した。瞳はとても綺麗な紅色だ。


「おねえさん、誰?あのおにいさんの知り合い?」


 少女はとても警戒している。先の青年と何かあったのか。


「お兄さんとはさっき会ったばかりだよ。お兄さんと何かあったの?」


 路地の外に漏れないように囁く。彼の表情は逆光で伺えない。もし、小人憑きに関連する者であれば。ここは戦場になりかねない。その様に聞いている。


「うん。あのお兄さん、強い錬金術師だって。だから恐くて。」


 錬金術師。その単語を聞き反射的に顔を上げ、路地の入り口に向き直った。もし、話に聞いていた錬金術師であれば。


「動くな。喋るな。」


 背中に硬い何かを押し付けられている。それに、少女の声が、確かに少女の声で、低く恐ろしい響きを含んだ警告の言葉が聞こえる。メルは、雷銀弩を構えながら3歩後退りした。そして、少女の手が届かない距離を保ちながら、さらに命令を投げ掛けた。


「そのまま、両腕を頭の後ろに。ウル、路地を閉じろ。」


 ウルはバングルの金属から路地を塞ぐ壁を錬成した。これで邪魔は入らない。


「何が目的ですか?さっきの人達と同じ?お金?」

「質問はこちらがする。それだけに答えろ。そんで、そっくりそのまま返す。お前の目的はなんだ?」

「目的……ですか?」


 これ以降返答はなかった。続けて問い質す。核心を突いて。


「言い換えようか。小人憑きが何の目的で人間ぶっている?なら解るか?」

「……なんでそれを……!?」


 少女は動揺を見せた。やはりこの少女、小人憑き。しかも人間として生活に溶け込んでいる。未だ観測されていないタイプの個体。野放しにするのは危険だ。


「答えは?」

「目的なんてありません……私は私です。」


 口を割るつもりはないらしい。


「ならもうサヨナラだ。言い残すことはあるか?」


 いつもなら挟まない情が湧いた。人間らしい所作だからだろうか。街の皆に好かれているからだろうか。またはその両方?それとも全く異なる理由?


「あなたのお名前だけでも教えて下さる?」

「オレはメルだ。オオカミ狩りのメル。」


 名前を告げた途端、ハッと顔を上げる少女。


「メル……オオカミ狩りのメル……!」


 すると、無駄のない滑らかな動きで振り返り、メルとの距離を詰めた。あまりに流麗な動作に、反応が遅れるメルとウル。ウルからは間合いの外。メルとは近接の距離。


「なっ……!」


 引き金を引こうと狙いを定め指に力を込めるも、少女の両手が雷銀弩を包み込み射撃を制止した。


「(しまった……これじゃ……!)」


 メルは重症を覚悟し目を閉じた。しかし、痛みが走ることはなく右手を包む少女の両手も柔らかい。恐る恐る目を開くメル。


「あなたが錬金術師のメルさんね!お父様から聞いた命の恩人!こんな可愛らしいお姿だったのね!」


 そこには屈託のない、どころか無邪気で無防備な笑顔がそこにあった。先程まで殺すことすら考えていた相手に対する態度なのが2人には信じがたく、また、自分達の判断が間違っていたことに後悔と安堵が混じった感覚に苛まれた。


「そう!そうなのね!私が案内するね!お父様もお待ちかねだよ!」


 この距離感の縮める速度。どことなく既視感があった。


「私はイザベル。ベルって呼んでね!みんなそう呼んでくれるから!」

「お、おう……宜しくベル。」


 3人はベルの案内に付き従い城に向かった。とは言っても、すでに視界に入っている城に向かって歩いているだけである。その間にも、ベルは多くの人と交流している。


「ベル……さっきは突然ごめんな。」


 メルは反省していた。未だ観測されていない現象がこれから起きないとは言いきれないと声高々に、分かったような素振りで宣っていたのに、"友好的で駆除する必要のない小人憑きが存在する"という可能性を排除していた。ベルがそれに当たるかはこれから見定めるとして、痛恨の過ちである。


「いいの!結果的にこうして一緒に歩いているし、錬金術師が小人憑きを見たらそうするしかないもの。それより……。」


 ここまで言ったところでベルは振り返った。


「私のこと、信じてくれてありがと♪」


 外傷も見当たらないのにメルとウルの胸は痛かった。


「まま、しんぞうのびょうき?」


 道すがら、これまでの出来事を話した。小さい弟子達の事。頑固な鍛冶屋の事。小人憑きとの闘いのこと。ベルは表情豊かに話を聴いてくれた。特に、小人憑きの最期の話を聞いた時には深い悲しみを湛えた眼差しを見せた。


「そうなんだ。元々人間だったって知りながら闘うのは辛くならないの……?」

「そう……だな……。」


 メルは、小人憑きとの闘いの最中、それと最期を与える瞬間の感情を思い出していた。ウルが心配そうな視線を送る。ベルがそれに気付き慌てて撤回する。


「ごめんね!そんなこと訊くものではないよね……。」

「いや、いいんだよ。振り返るのに良い機会だ。」


 メルは必要以上に暗くならないように留意しながら、思い出した感覚を言語化し始めた。


「戦闘中は精一杯だからな。感傷に浸る余裕はないかな。スタロックにしてもラブレットにしても他の小人憑きにしても、余裕を持って勝てる相手じゃなかった。」


 メルは左上に目を向け、指を顎に添えながら続けた。


「ただやっぱり、最期を見届ける時はしんどいよな。小人憑きっていうのは個人差はあれど、ベル程じゃないが、多少自我が残ってるみたいなんだ。罹患前の記憶が残ってないと有り得ない言葉を使ったりな。」


 ベルは少し驚いた後、俯いて暗い顔をした。


「あーあー、違うぞ。そういんじゃない。自我があるまま、知り合いを、ましてや最愛の人を巻き込んでしまったらどう思う?」


 メルは狼男になってしまった少年を思い浮かべながら話を続けた。


「だからさ、オレが止めてやんないとな、って思うんだよ。だからさ、最期はおつかれさん、って思いながら引き金を引いてる。」


 メルは上を向いて、明るく話した。


「それが、今のオレにしてやれる最善策だからな。」


 最後は笑顔で、そう締め括った。

 その後、他愛ない会話をしていると城に到着した。近くで見上げると、城とは言ってもボンファイア卿の

城より遥かに小さく、貴族という訳ではなさそうだ。果たして何者か。


「ただいま帰りました!」


 元気良く帰宅の報せを響かせるベル。返す刀で怒号が轟く。


「お嬢様!ただいまではありません!また黙って外出してからに!しかもあろうことか、正門から出ずに裏門からコソコソと!コルテーゼ家のご令嬢にあるまじき!はしたないですよ!」

「はは……まあまあ落ち着いてマーサ……。」

「あら、後ろの方々は?」


 矢継ぎ早の説教の直後とは思えない冷静さで此方に気付く。恐らくは、これが日常なのだろう。とんだお転婆だ。


「そう!お父様の言っていた錬金術師様よ!メルさんって言うんだって。こんな可愛らしい方だとマーサ思った?」

「あら、それは大変失礼致しました。お着きが明日だと聞いておりましたので。どうぞご客人方、此方へ。只今旦那様をお呼び致します。」


 急に仕事モードに入ったらしい。これが本来の姿だと捉えよう。しかし、仕事モードどこか恐い。客間に通されたメル達はお父様あるいはご主人様を

しばし待つことになった。つまり、仕出されたお茶とお茶請けを堪能するお時間。


「んーんまい。なんか上品な味がする。」

「具体的にどんな味なんですか……。」

「わかるよなアダマス!」

「じょうひんっておいしいの?」


 一通り平らげると図ったようにノックが響いた。


「あ、どうぞ。お邪魔してます。」


 扉が開き、お父様あるいはご主人様が顔を見せた。何やら既視感のある顔である。


「あんたは!小太りおじさん!」

「やあメルちゃん。小太りとは控えめだね。」


 そこに佇むは、銀涙組ギルド長、コルテーゼ氏、その人だった。


「お久しぶり。急に呼びつけちゃってごめんね。」

「なんだよ、それなら最初から教えてくれよ!なんで秘密にしてたんだ?」

「いやはや、そういう訳にもいかない事情がね。あったりなかったり。詳しく話そうか。」


 彼は、以前請け負った依頼での護衛対象である。三大ギルドのひとつ、銀涙組のギルド長であり、権力者だ。しかし、その風体や人柄からは、その様な影は見受けられない。コルテーゼ氏が先のメイド、マーサに何かを耳打ちする。マーサは頷くと、すぐに退室した。恐らく、人払いに就いたようだ。深刻な事情の気配がする。


「今回お呼び立てしたのは、このベルのためなんだ。」


 ベルが少し俯いた。


「どこから話そうかな。そう、最初はベルのことから。ベルはね、生まれつき心臓が悪かったんだ。先天性の中隔欠損、そんな感じの。それは重篤で、外で歩くことも難しい程。」

「ん?いや、さっき外で……。」


 ベルがすぐさま人差し指を口の前に立て、秘匿の合図をする。


「あー……歩いてたけどな。」

「ふふ。またやんちゃしたんでしょ。またマーサに怒られるよ。」


 ベルは目を丸くして口を閉じるのを忘れている。気取られているのを今日初めて知ったらしい。


「さておき。心臓の事はつい先週までそのままだったんだ。つまり先週から今日まで、もっと言えば3日前、あるきっかけで突然完治した。信じるかい?」


 心臓病ということなら外科的なアプローチしかないだろう。しかも重篤となると移植か再建、人工心肺への置換あたりか。見たところ人工心肺ということは無さそうだし、話の流れから移植でも再建でもなさそうだ。であれば、何が?


「あるきっかけ、って言ったな。結論は?」

「お師……。」


 論を急ぐあまり不躾な言い回しをしたメルをウルが嗜める。


「いいのいいの。遠回しな言い方をした僕が悪いんだ。こう見えて、まだ混乱しててね。」


 コルテーゼ氏はひとつ溜め息を吐くと改めて口を開いた。


「今、ベルの心臓には小人が住んでるんだ。」


 しばらく言葉の意味を捉えかねていたが、先程のいざこざ、その中で見せた身体能力への違和感に思い至った。なるほど、そういうことか。


「つまり、小人に感染、もとい、小人と共生関係ってことか。」


 ウルはこの言葉が信じがたいと言わんばかりに反論する。


「そんな現象はまだ観測されていませんし、そもそも小人の行動原理に反するのでは?」


 これに、メルは視線をベルに定めたまま答える。


「感染した後、全身の組織に干渉して変質させることが出来るんだ、心臓のみに感染することも出来るだろ。理由はその原理が有り得るものかどうか、その後の議論だ。"Imaginable will be Realizable.”《有り得ることは成し得る》」


 ウルは一度怪訝な表情を浮かべるも、租借の後納得に至ったようだ。


「しかしその仮説では、あの身体能力に説明が付きませんね。神経以外の組織全てに感染している、と捉えるべきでは。」

「仰る通り。その方が自然かもな。」


 2人の議論を目の当たりにし、コルテーゼ父娘は驚きを隠せない。


「あの一言だけでここまでわかっちゃうんだね。僕には、このことにぴったりな言葉も見付けられなかったのに。共生。ぴったりの言葉だ。」

「真逆の意見だったのに、とても滑らかに話し合いが進んだね。最初は喧嘩になっちゃうかと思っちゃった……。」


 ベルは少し苦笑しながら、そう所感を述べた。


「議論は喧嘩じゃない。似て非なる対話さ。綺麗に意見が一致しないこともあるが、1人では纏まらなかった議論でも、妥当な結論は得られる。人間はそうやって進んできた。それより。」


 メルはベルの胸元を凝視しながら考えに耽り出した。ベルは胸元を隠す訳にもいかず、恥ずかしそうに目を背けた。


「共生が有り得る前提で話を進めよう。なら、ウル曰く、理由はなんなんだ?生物学上の妥当な言い訳は?」


 ベルはまだ恥ずかしそうにメルに向き直った。


「それなら、ナックさんは消滅しないための間借りだって、そう言ってたよ。」

「なっくさん……?」

「そうナックさん。私の胸の中にいる小人さんの名前。呼びづらいから名前を付けさせてもらったの!」


 メルとウルには信じがたいことを耳にした。


「ちがう、そこじゃない。ナックさんは話せるのか?」

「ええ。小人さんですもの。そうではないの?」


 話が噛み合う、という当たり前とも思えることだが、"同じ常識を共有している"という条件の下に成り立つ、実は稀有な現象である。実際、同じ有識者でも常識を共有できていなければ議論が平行線を辿ることも珍しくない。特に、異分野の専門家の間で交わされる議論に良く見られる。


「そ、それは想定外だが……意志疎通できるというのは前向きな情報だ。よし。」


 メルはアダマスを肩から下ろし、テーブルの上に座らせた。


「アダマスくん。何か解ることあるかい?特に、この小人……ナック殿が良い奴か悪き奴かとか。」

「え!そのぬいぐるみさん、動くの!?」


 メルとアダマスはさっと受け流し、会話を続けた。後で詳しく話そう。


「うん、きいてみるね。」

「本人に訊いちゃうの?」


 するとアダマスは、ベルの目前に座り込み、胸元を注視した。今度は恥ずかしがることなく、固唾を飲んで待ち受けるベル。アダマスは頭の中で質問を再生してみた。


「(なっくさん?あなたはいいひと?わるいひと?)」


 すると、頭の中に直接、ナックの声で語りかけてきた。


「なんだ小僧、他人の思考に勝手に……なるほど、お前も中々面白い個体だな。」

「そうなの?」

「珍しくともそうでなくとも、自覚が伴うとも限るまい。まあいい。」


 少し呆れた、力の抜けた声でナックは答えた。


「先の質問だが、小人に良いも悪いもないだろう。人間の敵というだけだ。ただ今は生存を優先している。

小娘にも説明したはずだが。」

「うんうん、あだますわかった。」


 アダマスははっと意識を取り戻す。意識を失っていた感覚すらなかったが。


「なっくさん、いいひとみたい。」

「おお、そうか。会話の内容はわからんが、そうなんだろう。」


 メルはベルの方に視線を移した。マダマスと話したそのままの雰囲気で質問を投げた。


「現状はわかったが、なんでそうなったんだ?経緯を教えてくれるか?」

「うん。私、持病で外で歩くのも難しかったでしょ。でもその日は、調子が良かったのと、あと、なんとなく良いことがありそうで、マーサに頼み込んで散歩に出たの。」


 ベルは左上を見ながら記憶を再生した。


「それでね、もっと小さい頃にお母様と遊んだお花畑を思い出して、そこに行くことにしたの。とても懐かしくて、日和も良くて、幸せだったな。そこで転た寝してると、私、何かに噛まれちゃったみたいで。傷口を見ると蛇だったのかな。」


 太股を擦りながら話を続ける。


「幸い毒は無い種類だったみたいだったんだけど、痛みが引き金で発作が出ちゃって。私死ぬんだな、って覚悟までした。そうしたら、声が聞こえてきたの。」


 今度は胸に手当てた。


「"これは契約だ、生きたいなら心臓を貸せ"って。だから私、勿論!って答えたの。これがナックさんとの最初の会話。」


 メルは、怪しげな契約を持ち掛けられたにも関わらず即答を返すベルを、尊敬すべきか計りかねていた。ナックも困惑したであろう。


「そうしたら、胸の痛みがすっと消えて、それどころか前よりも元気になって!すごく動けるし、お腹は好くし、とても快適!」

「以前は、1口食べて満足していたもんね。」


 コルテーゼ氏は父親の慈愛に満ちた目線を送った。ベルは気付かない。しかしこれで、経緯も分かった。


「仮説の上の仮説。砂上の楼閣と言われればそれまでだが、ここまでの推測はこうだ。瀕死のベルに対して、このままでは死滅するナックが共生を持ち掛けた。本体はベルで、ナックは器を借りてる状態だ。見返りとして、心臓を含む循環器の強化を行っている。つまり、2人で1つの生命を共有している、謂わば運命共同体なわけだ。」


 ここまで好奇心に任せ嬉々として会話していたメルは、急に神妙な面持ちになる。


「うん、経緯と現状は分かった。それで、目的は?」


 すると、コルテーゼ氏は顎に手を当て目を瞑って難しい顔をした。


「それなんだよね。僕にもハッキリと言えないんだ。強いて言えば、このままで良いのか。それに答えが欲しい。」

「なるほど。」


 メルも顎に手を当て目を瞑って俯いた。


「逆説的にいこう。このままで良くないとしても、今すぐナックさんを引き剥がすのは無理だ。そもそも、小人憑きを治療した前例が無い。例え引き剥がしても、その後ベルが生存出来るか保証は出来ない。」

「そうだよね。うん、そんな気はしてたんだ。」


 項垂れるコルテーゼ氏に対して、少しむくれたベルが反論する。


「だから、そんな必要無いってば。私、ナックさんを信用してる。」

「しかしだね、ベル。ナックさんも小人なんだ。彼?彼女?の意思に関係なくベルを害するかもしれない。引き剥がす手立てがあっても損はないんだよ。」


 なんとも論理的な反論だ。ベルもそれに納得した様子だ。それでも、現状出せる結論は変わらない。


「何れにせよ、経過観察だ。知り合いに詳しい錬金術師が居ればそっちに……。」


 言い終わる前に、目抜き通りの方から悲鳴と瓦礫の落ちる轟音が響いた。


「なんだ!?」


 一同は部屋の窓に張り付き外の様子を確認する。見えたのは、破壊された数戸の建家と猿に類似した、恐らくは小人憑き。


「いくぞウル!」

「御意!」

「あだますもぎょい!」


 3人は考えるよりも前に現場へ向かっていく。現着すると、住民の2人が捕縛され感染の後すでに変異を始めていた。苦悶しながら姿を変えていく。


「くそ……!!遅かった……。」


 メルは数瞬、俯き後悔に浸ると顔を上げ怒号を飛ばした。


「ウル!住民の避難を最優先!通りの南から挟撃して動きを止める!アダマスはオレ達の死角をカバーしてくれ!」

「御意!」

「ぎょい!」


 ウルは屋根に飛び乗ると通りの南に向け屋根を飛び移っていく。アダマスはウルの肩に乗り、屋根の上で降りた。小人憑きは、変異してしまった2人を含めて、5体。恐らく屋根を伝う事は叶う程度の身体能力。1体も逃さずに戦い抜くのは困難な見積りだ。それでもメルは諦めていない様だった。


「ウル、逃がすなよ。最悪アレを……。」

『お師、落ち着いて。まずはそうならないように努めましょう。』


 ブローチ型通信機から優しく宥める声がする。するとアダマスの声が割り込んだ。


「まま、べるがきたよ?」


 べるがきたよ。ベルが来た?そう聞こえた。確認するために半身に構えて城の方を見ると、ワンピースの裾をたくしあげ到底ヒトとは思えない速度で近付いてくるベルが視界に入った。そう思った時にはすでにメルの隣に並んでいた。


「何しに来たベル!」

「私も闘いに来ました。」


 ベルは、揺るぎの無い、しかし怯えが見え隠れする声で返答する。


「私の街ですもの、私も闘います。」

「いや、覚悟や気概だけで闘えるもんじゃないぞ。そもそも、身体が悪かったんだ闘い方なんて……。」

「大丈夫。」


 ベルの瞳に、鈍い輝きが灯った。


「本で読んだから。」

「ほ、本でって……。」


 メルの質問を受けとる前に凄まじい初速で突っ込んでいくベル。石畳に嵌め込んであった石片は吹き飛び、抉れていた。


「ぶわっ!」


 加速に伴って生じた空気圧差が風を生み、メルを吹き飛ばす。瞬きする内に小人憑きの懐に入り込んだベルは、一息吐き出すと、左足を前にして半身になり、右手を深く引いた。左掌を小人憑きの胸部に向け、右拳を軽く握り込んだ。


「コルテーゼ家護身術、第1番……。」


 ゆったりとした動作に対して要した時間は僅か。小人憑きも反応はすれど、回避する隙はなかった。右足が接地する地面の破裂から始まり、足首、膝、股関節、脊椎、肩、肘、手首に至るまで、遅滞なく連動し、無駄なく力を増幅していく。


「カッサシオンッッッ!!」


 胸部の中心に拳が接したと気付く前に小人憑きの意識は潰えていた。轟音と共に小人憑きに風穴が開く。小人憑きの1体が絶命した。メルがそれを確認したときにはすでに、ベルは左後方の小人憑きの側面に小人憑きを背にして立っていた。右足を軸に、円を描くように左足を公転させる。身体を軸に自転した勢いを殺すことなく、右拳を突き出していく。


「第3番、アントレッターッッッ!!」


 小人憑きはくの字に折れ、その先の家屋に向けて吹き飛んだ。恐らく、絶命は免れまい。ベルの連撃は止まらない。流水ように滞りなく滑らかな脚捌きで小人憑きを間合いに入れていく。小人憑きの懐に入り込むと、肘、肩を当て、さらに2体の小人憑きを仕留めた。残り1体。


「これで最後っ!」


 最後の1体を間合いに入れ、丹田に力を溜めきった時だった。


「カッサシオ……。」

「ベ……ベルチャン……。アタラシイフク……。」


 ベルの動きが止まった。小人憑きはこの隙を逃さず、右手の爪を剥き出しにしベルに襲いかかった。


「ベル!!」


 メルからの距離では援護が間に合わない。分かっていても駆け寄らずにはいられない。小人憑きの爪がベルの喉元に接しようとした時、小人憑きの太い腕に金属光沢の銀色の帯が巻き付いた。鋭い爪はベルの喉を割くことなく留まった。


「お別れを。」


 小人憑きの巨躯の影から、優しく穏やかなウルの声が聞こえた。


「マレーナおばさん。新作できたら、また教えてね。」


 ベルの目には涙が溢れ、視界は滲んで殆ど視認出来ていない。しかし、ウルの鋼の帯がキラキラと光り、小人憑きの位置を教えてくれる。


「さようなら……。」


 ベルの拳は、小人憑きの水月を寸分違わず捉えた。

小人憑きの亡骸を前に佇むベル。


「ベル……。」


 メルはベルに声を掛けようと駆け出そうとした。


「今は1人にして差し上げましょう。」


 ウルはメルの肩に手を置き静観を促した。


「マレーナおばさん……。」


 ベルは胸の前で手を組んでいる。その表情はこちらからは見えない。

 4人は現場の被害状況の確認と整理を終え、コルテーゼ邸へ戻った。


「お、お、お譲様!」


 マーサが青い顔をして駆け寄ってきた。


「お嬢様が窓から飛び出した時は……マーサその後の記憶がありませんよ!」


 その後ろからコルテーゼ氏が、のそのそと近付いて来た。


「おかえり、ベル。怪我はないかい?」


 ベルは俯いたまま、答える。


「はい。怪我はありません。でも……マレーナおばさんが……。」


 床に涙がぱたぱたと音を立てて落ちる。メルもウルもマーサも、掛ける言葉を探したが、すぐに見つかるものではなかった。この中でコルテーゼ氏が最初に口を開いた。


「何かをしようと思ったら、それが人を助けることであっても、善行であっても悪行であっても、必ず思考と行動が必要なんだ。」


 いつになく真剣な眼差しのコルテーゼ氏。


「だから僕は、錬金術を振興する議案を提出して締結まで運んだんだ。」


 ベルは顔を上げコルテーゼ氏の目を見つめた。


「君はどうする?ベル。」

「旦那様……今のお嬢様にそれは……。」


 マーサが気遣いの言葉を言い終わる前に、ベルが決意に満ちた声で返答した。


"Noblesse oblige"位高ければ徳高きを要す。メルちゃんに聞いたんです。小人の感染を拡大させようしてる人がいるって。私、それを止めます。」


 コルテーゼ氏は目を瞑った。


「君ならそう言うよね。前なら行動に移すことすら叶わなかったけど、今はナックさんに貰った心臓がある。」

「旦那様、まさかお許しになるなんてこと……。」


 この後の結論を察して、マーサが割り込む。しかし、ベルの結論は変わらない。


「なら、オレ達と一緒に来れば良い。丁度、経過観察する錬金術師も欲しかっただろ?それに、オレらはベルの力があると助かる。WINーWINだ。」


 メルは、少し低い声で続けた。


「ただ、危険が伴う。旅の終わりが死ってことも往々にして有り得る。それでも良いのか?」


 ベルは口元をきっと結んで強い語気で答えた。


「勿論です。私、コルテーゼ・フォン・イザベルは、小人感染症終息のため、メル様に付き従います。私の力を剣として盾として、存分にお振るい下さい。」

「おいおい、騎士じゃないんだぞ。主従関係なんてごめんだ。宜しくな、ベル。」


 メルは右手を前に出した。


「うん。宜しくね、メルちゃん。」


 ベルはメルの右手に握手で応えた。こうして、メル一行は4人になった。

 物資を補給しクレイオスへ戻る一行。そこにはベルの姿。


「クレイオスの中は狭いし固いし城の生活とは比較にならんけど、我慢できるか?」

「うん!良くマーサと脱け出してキャンプとかしてたから。」


 あのメイドも、過保護なだけではなかったんだな。いつも側にいる教育者だったのか。


「しかし。お小遣いくれる、って言うから二つ返事しちゃったけど。おい、これなんだ。」


 メルが指差す先には、台車一杯の金貨。


「逆にリスクだろ。金銭目的で襲われるだろ。娘を何年旅させる気だよ。過保護の権化かよ。」

「うへへ……あはは……。」


 まだ色々と言いたいメルだったが、ベルの緩んだ顔を見てどうでも良くなった。なるほど、良く似た父娘だ。


「改めて、宜しくな。」

「うん!こちらこそ!」



手記、

フィールドリサーチ部隊第2中隊員E。同行していた隊員Bは、操作を誤り小人憑きへと変異。マニュアルの更新を求める。また、自我を保ったまま小人との融合を果たした検体を発見。仮死状態下での小人との接触に起因していると思われる。必要な条件についてはこの検体の観察からはこれ以上得られないと判断。直ちに帰還し、結果報告に殉じる。全ては我がローゼンクロイツのために。


以上、報告終わり。

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