#34「好き」


 小花衣こはない 双葉ふたばあさひと別れて図書室を後にした後、生徒会室へと戻ってきた。


 今日は夏休み中にも関わらず、文化祭関連の仕事で生徒会が駆り出されていたのだ。


 しかし、朝から四人で頑張ったおかげで、すでにやるべきことは終わっており、双葉が旧校舎に向かったのも準備室に備品を返却するためだった。


 つまり準備室から生徒会室に戻る途中に偶然旭と鉢合わせたのである。


 旭との話が終わり、生徒会室に戻ってくると、唐突に樹里じゅりが声を掛けてきた。


「双葉遅かったな、何してたんだよ?」

「ごめんね、ちょっと野暮用があって~」

「野暮用、ですか?」

「う、うん。たいしたことじゃないよ~」


 双葉が誤魔化すように言うと、パソコンで作業をしていた凪紗なぎさが訝し気な視線を向けてくる。


 別に隠すようなことでもないが、今はどう説明すれば良いものか判断しかねて一時的に伏せることにしたのだ。とはいえ、彼女たちにもちゃんと話す必要がある。


 ふと双葉が室内を見回して、あることに気が付いた。


「あれ、花火はなびちゃんは?」

「花火ならもう帰ったぞ」

「そうなんだ、せっかくだから帰りにお茶でもしたかったんだけどなぁ……」


 みんなでプールに行った日以来、久しぶりに四人で集まったということもあり、帰りにどこか寄り道でもしようかと考えていたのだが……そう伝える前に花火が帰ってしまったらしい。


 すると、凪紗が心配そうな表情を浮かべながら顎に指を添える仕草をした。


「今日の花火、なんだか様子が変でしたね……」

「たしかにそうだな。元気がなかったっつーか」

「…………」


 心配そうに話す凪紗と樹里。


 双葉には、その心当たりがあった。


 そう、ついさきほど聞いた旭からの相談だ。


 本当はもう少し自分の中で整理を付けてから二人に話そうと思っていたのだが、二人の様子を見ていると黙っていることに罪悪感のようなものが湧いてくる。


 双葉はしばし考えた末、今話してしまうことにした。


「……あのね、さっき図書室で旭くんと会ったの」

「あ、旭っ? なんでアイツが……」


 たしか、家だと脚本が進まないから気分転換に図書室に来た……と言っていたが、今そこは重要ではなくて、それよりも――。


「その……旭くん、自分が『記憶喪失』だと知ってショックを受けているみたいだった」


 言うと、生徒会室はどんよりとした重い空気に包まれる。


 凪紗も樹里も、花火に相談された日から旭が記憶喪失であることを知っていた。


 そのうえで、旭がショックを受けないよう慎重に接してきたつもりだったのだ。


 しかし、旭は知ってしまった。自分たちが考えていた最悪の事態に陥ってしまったのだ。


 双葉が先程の旭とのやり取りをあらかた説明し終わると、二人は神妙な面持ちをしていた。


「だから、花火の様子が変だったのか……」

「あの、旭さんの様子はどうでしたか? なにか思い詰めていたり……」

「うん、自分が何者なのか分からなくなったって……」


 真実を伝えると、場合によっては精神に支障をきたす恐れがある。


 そんな最悪の事態が、三人の脳裏にちらついていた。


「旭さん、大丈夫なんでしょうか……?」


 不意に不安に耐えきれなくなったのか、凪紗が震える声でぽつりと呟いた。


 樹里も、心配そうな目で双葉を見つめる。


 双葉はそんな二人を安心させるように深く頷いた。


「うん、旭くんならきっと大丈夫だよ。……旭くんは、忘れた記憶を取り戻したいって……そう言ってたんだ」

「……そうですか、やはり彼は強いですね」

「そうだな、旭なら大丈夫だ」


 どこか懐かしむように目を細める凪紗。


 樹里も同じように頷いていた。


「旭くんが思い出したいって言うなら……わたしは力を貸してあげたい」

「ああ、アタシも協力する」

「私も、旭さんのために頑張りたいです」


 この二人ならそう言ってくれると、双葉は信じて疑わなかった。


 二人とは幼馴染で、性格も考え方もなんでも分かっているつもりだし……それに、二人は自分と同じだから。同じものを持っている仲間だからこそ分かるのだ。


 双葉は真剣な表情で二人の顔を見た。


「旭くんの記憶を取り戻す方法。実はひとつ、考えがあるんだ」

「考え、ですか……?」

「うん。でもその前に、ひとつだけはっきりしておきたいことがあるの」

「な、なんだよ改まって……」


 戸惑うような二人に、双葉は問いかけるように言う。



「二人は、なんだよね……?」



 すると、てんてんてん……としばしの静寂が訪れる。


 そして、不意に樹里が仰け反るようにガタガタと椅子を動かした。


「ヘェッ⁉ きゅ、急に何を言い出すんだ、お前……ッ⁉」


 顔を真っ赤にしながら動揺をあらわにする樹里。


 だが、そんな樹里とは対照的に……その隣に座る凪紗が真剣な眼差しを返してきた。


「はい。私は旭さんのことが好きです。ずっと前から……」

「うん、知ってるよ。でも、わたしも旭くんが好き」

「はい、私も知ってます」


 そう互いに宣言して、双葉と凪紗は静かに笑う。


 すると、樹里も耳まで真っ赤に染めながら小さく呟いた。


「アタシだって……あ、旭のことが好きだ……」

「「知ってる」」


 そうして、三人は互いに再確認して笑い合った。


 不意に凪紗が懐かしむように言う。


「そもそも、私たちが仲良くなった共通点きっかけのようなものですしね」

「そういえばそうだったね、懐かしいなぁ~」

「まぁ、どっちかと言えば苦い思い出だけどな……」


 たしかにそれは間違いなく苦い思い出だった。


 考えてみれば、アレがきっかけで仲良くなったこの三人が一緒に彼の記憶を取り戻そうということ自体が不思議なことなのだ。


「ていうか、旭の記憶を取り戻す案ってなんだよ?」

「それはね、旭くんとの思い出を追体験するんだよ」

「追体験……?」


 怪訝な顔を浮かべる樹里。


 双葉がにこにこしていると、代わりに凪紗が説明してくれる。


「つまり、私たちの中にある旭さんとの思い出を追体験することで忘れてしまった記憶を呼び覚ます……ということですか」

「そうそう、さすが凪紗ちゃん」

「なるほどな。たしかに五感で覚える暗記法とかもあるし、試してみる価値はありそうだな」


 納得したように樹里が頷いた。


 そして、双葉は話を続ける。


「それじゃあ順番だけど~」

「順番……?」

「うん、旭くんとデートする順番だよ」

「で、デートですか……⁉」


 何を言っているのか分からないというような二人の反応。


 しかし、三人の共通点を考えればデートというのもあながち間違いではないはずだ。


 少しして二人はそれに気が付いたのか、納得したような表情を浮かべる。


「順番はじゃんけんでいいよね」

「お、おう」

「分かりました」


 緊張した面持ちの二人とにこにこと微笑む双葉。



「それじゃあいくよ、じゃんけーん――ほいっ」



 そうして、三人の作戦の方針が決まったのであった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る