#35「樹里とのデート」


 夏休みも終盤に差し掛かったある日。


 俺はショッピングモールが見える駅前の大時計の下で待ち合わせ相手を待っていた。


 時刻は午前十一時前。


 今日は樹里じゅり先輩から買い物に付き合ってくれ、と言われてこのショッピングモールにやって来たのだが……もしかしたら、この前双葉ふたば先輩が言ってくれた『一緒に記憶を取り戻す』手伝いのため、俺に連絡してくれたのかもしれない。


 それ以外に俺を呼び出す理由なんてないだろうし。


 しばらく待っていると、集合時間よりも少し早く改札の方から樹里先輩の姿が見えた。


 樹里先輩は時計の下に突っ立っている俺に気が付くと、軽く手を振りながら駆け寄ってくる。


「ごめん、待たせたか……?」

「いえ、全然待ってないです。というか、まだ集合時間よりも随分早いですよ」


 午前十一時に駅前で待ち合わせ……というはずが、まだ時間まで十分ほど余裕がある。


 樹里先輩はスマホの時計を確認しながら苦笑した。


「アタシも早めに来たつもりだけど、お前何分前に来たんだよ」

「ホントに今来たところですって。それより……」


 ふと、樹里先輩の全身に視線を這わせると、いつもと雰囲気が違うことに気が付いた。


 樹里先輩は女の子っぽいフリルがあしらわれたブラウスに胸リボン、膝上丈のプリーツスカートというガーリーな服装で、髪もヘアピンでアレンジしていたのだ。


 この前みんなでプールに行った時はもっとボーイッシュな恰好だったし、普段から制服の着こなしとかもカッコいいイメージがあったから少し驚いた。


 先輩は俺が全身をジロジロと見ていることに気が付いたのか、居心地が悪そうに身をよじる。


 そして、おそるおそると言った感じにこっちを見上げてきた。


「や、やっぱり似合わないよな……」

「え、そんなことないです。すっごく似合ってますよ!」

「ほ、ホントか……?」

「はい。いつもはカッコいい感じですけど、今日は可愛いです」

「っ……! そ、そうか……」


 不意に樹里先輩がふいっと顔を逸らし、近くに聳え立つでかでかとした建物に視線を向ける。


 そして、先導するように歩き出した。


「じゃ、じゃあ行くか……」

「はい、行きましょう」


 俺も樹里先輩の後に続き、ショッピングモールの入り口の方へと向かった。



   ◆ ◆ ◆



 ショッピングモールの入り口をくぐって、二階に上がるエスカレータ―に乗りながら俺は辺りをぐるりと見回した。


 どうやら二階はアパレルショップのテナントが並んでいるらしく、若い男女の姿が多く見受けられる。


 今日は買い物に付き合ってくれとしか言われていなかったが、ようやく察しが付いた。


「先輩、今日は洋服を買いに来たんですか?」

「ああ、悪いけど付き合ってもらうからな」

「それは全然いいんですけど、ホントに俺で大丈夫ですか? ファッションとかにはかなり疎いと思いますけど……」

「今日は、お前じゃなきゃダメなんだ」

「俺ですか……?」


 つまり、俺が忘れてしまった記憶と何か関係があるのだろうか。


 そのまま樹里先輩に連れて来られたのはフェミニン系とでも言うのだろうか……お嬢さまっぽい上品さと女の子らしい可愛らしさを兼ね備えた服や小物を取り揃えたお店だった。


 もちろん店内には若い女性客が多く、心なしか男が入りにくい雰囲気がある。


 俺が店の前で入るのを躊躇っていると、樹里先輩がぐいっと腕を引っ張ってきた。


「ほら、行くぞ」

「は、はい……」


 店内に入り、樹里先輩がご機嫌に鼻唄を歌いながら服を選んでいる最中……俺は借りてきた猫のごとく、辺りをきょろきょろと見回しては少し挙動不審だったかもしれない。


 それくらいファンシーな色の配置と香水の甘い香りに包まれた店の雰囲気に気圧されていた。


 不意に樹里先輩が手に取った服を見せてくる。


「なぁあさひ、この服可愛くないか?」

「そ、そうですね。樹里先輩によく似合いそうです」

「なっ……あ、ありがと」


 素直な感想を言うと、樹里先輩がほんのりと頬を染めながら俯いてしまう。


 いつもなら睨み付けてくるところだが、なんだか今日はいつもと様子が違う気がした。


「でも、これはアタシより双葉っぽいんだよなぁ」

「たしかに、言われてみれば双葉先輩が着てそうですね」

「双葉とは結構センスが合うんだよ。いつも可愛い服着てるし」


 樹里先輩の言うように、双葉先輩はよく女の子っぽい可愛らしい洋服を着ている気がする。


「そういえば、樹里先輩はいつもボーイッシュな感じですよね」

「ああ、まぁな……」

「なんか、今日みたいな可愛い感じの服装ってめずらしい気がして」

「こういう可愛い服って、アタシには似合わないからな。でも、旭が可愛いって言ってくれたから……これからはもっと自分の好きなものに自信を持とうと思えたんだよ」


 ふと、樹里先輩が柔らかな笑みを浮かべて見上げてくる。


「……なんか、前にもこんなやり取りがあった気がしますね」


 プールの時……いや、もっと前にもこんなことがあったような気がするのだ。


 それは一体いつだっただろうか。


 まるで、夢の中の出来事だったかのようなふわふわとした記憶。


 俺が頭を捻らせていると、不意に樹里先輩がぽけーっと俺の顔を見ていることに気が付いた。


「先輩? どうかしましたか……?」

「いや、なんでも。……そ、それより、ちょっと試着してきてもいいか?」

「はい。俺のことは全然気にしなくていいですよ」

「…………


 ぼそっと何か聞こえた気がするが、聞き返すよりも先に樹里先輩が服を数着見繕って足早に試着室の方へと歩いて行ってしまった。

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