#30「帰り道」
トロピカルウォーターランドの帰り道、すでに時刻は五時半を過ぎていた。
ガタンゴトン……と、俺はひと気の少ない電車に揺られる。
ひとつ前の乗り換えで先輩たちと解散して、今は俺と
どうやら、俺はプールで溺れて気を失ってしまったらしく、施設の医務室で診察を受けて少し休んでから帰ることになったのだ。
本来ならみんなで一緒に外食でもしてから解散する予定だったのだろうが、俺のせいで花火や先輩たちの時間を奪ってしまったみたいで申し訳なかった。
先輩たちは俺の心配をしてくれていたが、心苦しさでいっぱいだ。
はぁ……と、俺は深くため息を吐いて隣に座る花火に視線を向けた。
「……せっかくのプールだったのに、俺のせいで台無しになってごめん」
言うと、花火が呆れたようにこちらを振り返る。
「だから、誰も気にしていないってさっきから言っているじゃない」
「そうだけど……。元々は俺抜きの四人で行くはずだったのに、四人の時間を邪魔してしまった上にこんなことになって……さすがに申し訳なさすぎる」
さっき来週からみんな忙しくなると言っていたし、もしかしたら夏休み中に生徒会の四人で集まれる唯一のチャンスだったのかもしれない。
俺が俯いていると、花火が軽く咳払いをする。
「……いろいろと考え過ぎよ。別に
ダメだ……。今そんな言葉を掛けられると、思わず込み上げてくるものがある。
指で目頭を押さえて必死に涙をこらえていると、花火が聞いてくる。
「それより、体調はもう大丈夫なの?」
「……うん、それはもう全然」
「そう、良かったわ」
花火とこんなに話したのは久しぶりかもしれない。
風邪をひいた時、母さんがいつもより優しくなるみたいな感覚だった。
しばらく無言のまま、電車に揺られる。
すると、ふと思い出したことがあって花火に問いかけた。
「そういえば、助けてくれた人たちがどんな人だったか知らないか?」
医務室の先生が言うには……俺が溺れた時、周りにいた人たちが助けてくれたらしい。
どうにかお礼をさせてもらいたいのだが、あのとき気絶していたせいで助けてくれたのがどんな人だったのか分からなかった。
「…………」
「は、花火……?」
すると、花火がじーっと俺の顔を覗き込んだまま沈黙する。
視線が少し下がっているため、俺の口の辺りを見つめているようで、なにか付いているのか……と思って口許を拭うと、不意に花火がふいっと顔を逸らした。
「……た、助けてくれた人には私からお礼を言っておいたから大丈夫よ」
「そっか、何から何までありがとな」
「別に気にしなくていいから、とにかく今は安静にしてなさい」
そう言うと、おもむろにずいずいと離れていく花火。
車窓から夕陽が差し込んでいるせいか、心なしか花火の顔が赤みを帯びていた。
そのまま花火が明後日の方向に顔を逸らし、話が途切れてしまう。
疲れているのか、話しかけるな……というオーラを漂わせているが、俺は大事なことを言い忘れていたのを思い出し、花火に声を掛けた。
「あ、そういえばまだ花火にもちゃんとお礼言えてなかったな」
「……つい今しがた聞いたけれど?」
「いや、そっちじゃなくて。あの時、助けてくれてありがとな」
「え?」
「花火が人工呼吸してくれたから――」
「ちょ、ちょっと待って。あの時、気を失っていたんじゃ……」
「や、さっき医務室の先生が花火が咄嗟に人工呼吸してくれたから助かったって」
言うと、花火の顔が見る見るうちに真っ赤に染まっていく。
そして、両手で顔を覆うように俯き、大きなため息が聞こえてきた。
「……ただの医療行為だから」
「ん?」
「だから、私はただ止むを得ない状況だったから仕方なく人工的に呼吸を補うという手段を取っただけで他意はないから。そもそもあの時はあれが最適だったし、咄嗟な行動だったから他のことを考える暇もなかったの。まぁ旭じゃなかったら多少は躊躇ったかもしれないけれど、他の人でも同じ行動を取ると思うわ。つまり、変な勘違いはしないことね……!」
早口でまくし立てるように花火が言う。
俺は思わず苦笑しながらぽりぽりと頬をかいた。
「えーっと、よく分からないけど……とにかくありがとう。花火のおかげで助かったよ」
「…………うん」
花火の小さな声は電車の走行音にかき消されたのだった。
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