#28「急接近」
昼ご飯を食べた後、俺たちは水上アスレチックが楽しめるエリアに来ていた。
広いプールの上に様々な遊具が浮かんでおり、水に落ちないよう向こう岸のプールサイドまで渡り切ることでクリアというアスレチックである。
ここは主に子供たちに人気のあるエリアだそうだ。
だが、今はちょうど昼時ということもあり、ちらほらと人がいるくらいで比較的空いている。
早めに昼飯を済ませたおかげで、ほとんど貸し切り状態だった。
「よーし、誰が一番早くクリアできるか勝負しよーぜ」
上機嫌な様子で軽くストレッチをしながら、そんな提案をする
それに対して三人とも案外ノリノリで頷いた。
「競争かぁ~、楽しそうだね~!」
「望むところです」
「絶対に負けないわ」
そして、スタート地点に横一列で並ぶと、俺たちは一斉にスタートした。
先輩たちに続き、俺もプールに浮かんだ丸太みたいなデザインのマットの上を渡り、ジャングルジムのような遊具を登っていく……が、水の上に浮かんでいるため不安定なのと、足場が濡れていてつるつると滑るせいでなかなか上手く登れない。
頂上から俺たちを見下ろしながら樹里先輩が大きく手を振ってくる。
「おーい、みんな遅いぞー!」
「じゅ、樹里……なんであんなに速いんですか……」
ぜえぜえと息を切らした
たしかにあの人、速すぎるだろ。どんなバランス感覚してんだよ……。
俺たちが樹里先輩の運動神経の良さに驚いていると、先輩はジャングルジムの頂上から滑り台を滑ってプールに水しぶきを上げる。
どうやら、もう一つ目のステージをクリアしたみたいだった。
その後、俺たちも互いに協力し合いながらなんとか一つ目のステージをクリアし、樹里先輩が待っている二つ目のステージにやって来る。
「やっと来たか、結構待ったんだぞ」
「樹里が速すぎるのよ……」
花火が呆れたように言う。
そういう花火も運動神経は良い方だが、樹里先輩はそれ以上なのだろう。
それを証明するように、樹里先輩はさっきよりも難しい二つ目のステージを難なく進んでいく。
凪紗先輩と双葉先輩に関してはもはや競争する気はないのか、二人で協力し合いながらステージを進んでいた。
その二人に続く花火を追って、俺もなんとか水に落ちないように進んだ。
そして、二つ目のステージも中盤に差し掛かった辺り。
ぐらぐら揺れるバランスの悪い遊具を渡っていく……というアスレチックをなんとかクリアすると、不意に俺の後をついて来た花火が小さな悲鳴を上げた。
「――ひゃっ」
あと一歩で渡り切るというところで花火が足を滑らせ、体勢を崩したのである。
「おっと、大丈夫――って、おわっ⁉」
花火が転びそうになったところを支えてやろうと腕を伸ばした拍子――足元が水に濡れていたせいで滑ってしまい、花火が倒れ込んでくるのと一緒に俺も転倒してしまった。
「「「あっ……」」」
気付けば、花火に押し倒されるような体勢になっており、必然的に花火の唇が当たりそうなほどの距離にまで顔が接近している。
その瞬間、真っ先に声を出したのは俺でも花火でもなければ……すぐ近くでその光景を見ていた双葉先輩と凪紗先輩、樹里先輩の三人だった。
「ごめん、支えきれなかった」
「いえ、助かったわ」
先に俺が体を起こし、座り込む花火に手を差し出す。
顔が接近したくらいで互いに何か意識するようなこともなく、普段通りの俺たちを……なぜか呆然としながら眺めている三人にふと気が付いて、俺は首をかしげた。
「……どうかしましたか?」
すると、慌てたように双葉先輩が首を横に振る。
「な、なんでもないよ~!」
それに同調するようにこくこくと頷く樹里先輩と凪紗先輩。
三人のよそよそしい様子に再度首をかしげていると、不意に背後からボソッとなにか聞こえてきた。
「は、はぁ……びっくりした……」
振り返ると背を向けた花火がいて、なにか独り言を呟いていたようだったが……周囲の喧騒にかき消されてよく聞き取れなかった。
◆ ◆ ◆
水上アスレチックをクリアした後もみんなでいろんなエリアを回って遊び尽くし、午後三時を過ぎた辺りになると、みんなヘトヘトで休憩の頻度が増え始めた。
「今日は朝からいっぱい遊んだね~」
「そうですね、こんなに遊んだのは久しぶりかもしれないです」
「あー、アタシらの夏休みは今日で終わりか……」
「来週から夏季講習があったり、みんな忙しくなるものね」
ふと、しんみりとした空気に包まれる。
しかし、彼女らはどこかこの瞬間に居心地の良さみたいなものを感じているような気がして。
沈黙すら心地よい……まさにそういう雰囲気があった。
なにも取り繕わない関係性。
そんな四人を見ていると、思わず疎外感のようなものを感じてしまう。
だが、それでいいのだ。これは四人の関係性が生む空間なのだと理解しているから。
むしろその雰囲気を邪魔したくなくて、俺は黙ったまま遠くの景色を眺めていた。
「そろそろ帰りましょうか」
四人のうちの誰かがそう言うと、どこか名残惜しむような沈黙の後、皆こくりと頷いた。
そして、更衣室に向かうため流れるプールのエリアを歩いていた時。
不意に近くにいたカップルがプールの方を指差しながら話している声が耳に入る。
「ねぇ、あの子ちょっとヤバくない……?」
「え、マジじゃん。溺れてんの?」
その声につられてプールの方に視線を向けると、浮き輪が遠くに流れてしまったのか、水流に流されながらバタバタと手足を動かしている子供の姿があった。
俺が足を止めたのに気が付いたのか、凪紗先輩が声を掛けてくる。
「
「あそこ、誰か溺れてませんか……?」
すると、凪紗先輩も溺れている子供に気が付いたらしい。
「た、大変、早くスタッフの人を呼ばないと……!」
いや、そんな悠長にしている時間はない。
そう思った瞬間、俺は咄嗟に駆け出していた。
そして流れるプールに飛び込み、水流に逆らうように子供の方へ泳いでいく。
だが、もう少しで溺れている子供のところに辿り着く……というところで、周囲の大人が溺れている子供に気が付いたらしく、子供がプールサイドに引き上げられた。
どうやら、俺が出る幕ではなかったようだ。
まぁ、なにはともあれ大事に至らなくて良かった。
そう、ほっと胸を撫で下ろした時だった――。
不意に、ビクッと右足に激痛が走る。
や、やべッ……足が……。
足が攣ってしまったのか、ふくらはぎの筋肉をペンチで挟まれたような痛みに襲われたのだ。
そのせいで、体が上手く動かせずプールの水流に流されてしまう。
すぐに水面に上がろうと必死に両手を動かすが、まるで体が鉛になったかのようにプールの底に沈んでいく一方だった。
い、息が……。
ぶくぶく、と泡だけが水面に上がる。
酸素が取り込めず、徐々に視界の端が黒闇に覆われていき、狭まっていった。
だ、誰か……助け……。
助けを求めるように必死に腕を伸ばしたが、その手は水すら掴めない。
やがて、俺の意識はプールの底で途切れてしまったのだった。
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