#26「ウォータースライダー」
「お前ら、どこにいたんだよ。捜したんだぞ?」
「
「べ、別にはしゃいでねーよ!」
まったく……と、ため息を吐く凪紗先輩とぷいっとそっぽを向く樹里先輩。
すると、二人の様子を和やかに見守っていた
「ちょうどね、これからウォータースライダーに行こうって話してたところなの~」
「おー、いいですね」
ウォータースライダーと言えば、トロピカルウォーターランドの目玉アトラクションのひとつだ。たしか、普通のウォータースライダーの他にもボートに乗って滑るタイプだったり、いろんな種類のウォータースライダーがあったはずだ。
しかし、ふとひとつの懸念点が思い浮かんだ。
「あーでも、凪紗先輩大丈夫そうですか?」
さっきの様子からすると、厳しそうだけど……。
さすがに流れるプールを克服したからと言って、いきなりウォータースライダーが滑れるかと言われると、そういうわけにはいかないだろう。
すると、花火も同じようなことを考えていたのか、顎に指を添えて考える仕草をする。
「たしかに、凪紗は少し苦手かもしれないわね……」
「私のことは気にしなくていいですよ。この辺りで待っているので、みんなで行ってきてください」
「でも、さすがにみんなで来てるし凪紗ちゃんだけ待たせるのは悪いよ~」
「いえ、ちょうど休憩したいと思っていたので大丈夫ですよ」
多少気を使っている部分はあるだろうが、休憩したいというのは本音のようだった。
樹里先輩がこくりと頷く。
「まぁ、凪紗がそういうなら……」
「そうね、行きましょうか」
「じゃあ凪紗ちゃん、すぐに戻ってくるからちょっと待っててね~」
「はい。いってらっしゃい」
そうして軽く手を振る凪紗先輩に見送られ、俺と花火、双葉先輩と樹里先輩の四人でウォータースライダーが乱立するエリアにやって来た。
さすが目玉アトラクションというだけあって、どこもかしこも長蛇の列ができている。
俺たちは数ある種類の中からスタンダードなウォータースライダーの列に並ぶことにした。
ふと、樹里先輩が前に並ぶ人を数えながらため息を吐く。
「これじゃあ凪紗を待たせることになりそうだな……」
「どうかしら? わりと回転率が良さそうだし、すぐに回ってくるんじゃない?」
そう言った花火の予想は的中し、適当な会話を交わしながら待っているとあっという間に俺たちの順番が回ってきた。
俺の前に並んでいた花火と双葉先輩にスタッフのお姉さんが声を掛けてくる。
「お姉さんたちお友達ですかー?」
「はい、お友達です~」
「実はこのスライダー、二人ずつ滑れるんですけど、どうされますかー?」
そう聞かれて、双葉先輩が花火の方に振り向く。
「花火ちゃん、どうする~?」
「私はどっちでもいいけれど……まぁ、双葉が怖いと言うなら一緒に滑ってあげてもいいわ」
「あー、花火ちゃん怖いんだぁ~」
「べ、別に怖くなんてないわよ……!」
いや、あれは多分怖がっている時の花火だ。
ああ見えて、花火は心霊系とか絶叫マシンが苦手だったはずだ。
双葉先輩は花火の特徴をよく理解しているようで、優しく微笑みながら頷く。
「分かったよ、じゃあ一緒に滑ろっか~」
そして、二人はスタッフのお姉さんに説明された通り……花火が双葉先輩を後ろから抱きしめるような体勢になり、いざ滑る準備が完了したようだった。
「それじゃあ行きますよー、スリー・ツー・ワン――スライダー!」
お姉さんが掛け声とともに花火の背中を押し、二人は急斜面を滑り落ちていった。
ひゃあああ~~~という悲鳴とも歓声とも取れない甲高い声が響き、しばらくすると真下に見えるプールで水しぶきが上がる。
すると、隣でその光景を見ていた樹里先輩が「うわぁ……」と声を漏らした。
「け、結構速いんだな……」
「ですね、思ったより迫力あるかも……」
思わず怖気づいていると、スタッフのお姉さんが俺たちに声を掛けてくる。
「あ、次はカップルさんですねー」
「「か、カップル……!?」」
「じゃあ彼氏さんが先に座ってもらって、脚を広げてくださーい」
このウォータースライダーの回転率の良さはお姉さんの手際の良さで成り立っていたのか、俺はお姉さんに手を引かれて言われるがまま滑り台に腰を下ろし、脚を広げさせられた。
「彼女さんは彼氏さんの脚の間に座ってくださいねー」
「か、彼女……」
樹里先輩が戸惑うようにまごついていると、お姉さんが優しく笑いかける。
「大丈夫ですよー、彼氏さんが付いてるので怖くないと思います!」
その言葉でむしろ急かされているように感じたのか、それとも後ろに並ぶ長蛇の列の圧力に圧されたのか、はたまた別の要因があるのかは定かではないが……。
樹里先輩は意を決したようにごくりと喉を鳴らすと、大人しく俺の股の間に腰を下ろした。
すると、プールの塩素の匂いに混ざって、柑橘系の爽やかな香りが広がる。
思わず心臓の鼓動が加速するのを自覚していると、スタッフのお姉さんが説明を続けた。
「それでは危ないので、彼氏さんがぎゅーっと抱きしめてあげてくださいねー」
「え、抱きしめるって……」
「そうしないと事故に繋がる恐れがあるのでご協力お願いしまーす」
たしかに、さっき花火が双葉先輩を後ろから抱きしめていたけど。
さすがに樹里先輩、嫌がるよな……。
俺が躊躇っていると、不意に樹里先輩が肩口からこっちを振り返ってくる。
「な、なにしてんだよ。後ろの人、待たせてるだろ……」
「で、でも先輩……」
「アタシは気にしないからさっさとやれ」
「分かりました。し、失礼します……」
俺はおそるおそる樹里先輩の腰に腕を回し、ぎゅっと引き寄せるように抱きしめた。
「――ひゃっ」
すると、樹里先輩がびくっと体を震わせる。
「だ、大丈夫ですか……?」
「……うん」
樹里先輩は耳を朱くしながらこくりと頷いた。
先輩の引き締まったウエストは力を入れすぎると折れてしまいそうなほどに細く、さらさらとした肌の感触に思わずドキドキしてしまう。
俺は思ったよりも、華奢な体に気を使いながら抱き締めた。
その体勢のまま、俺がドキマギとしているのも束の間。
不意に後ろから例の掛け声が聞こえてくる。
「それじゃあ行きますねー、スリー・ツー・ワン――スライダー!」
その瞬間、背中をトンと押されて俺たちは急斜面を落下した。
「おわあああああああああ~~~‼」
思っていた何倍もスピードが速く、俺たちは水を切り裂くように滑り落ちていく。
内臓が浮くような浮遊感に襲われたと思ったら、急カーブでいきなり重力に引っ張られた。
そのせいで体勢を崩してしまった拍子――。
ふにっ、という柔らかい感触が手のひらを覆う。
「ひやぁっ⁉」
それと同時に腕の中から小さな悲鳴が聞こえてきた。
そして猛スピードで滑り落ちていく中、俺は気付いてしまう。
さっきの急カーブで体勢を崩してしまった拍子に樹里先輩の胸を鷲づかみにしてしまったということを……。
ちょうど手に収まる大きさの柔らかい感触にすべての神経が支配されていた。
俺はすぐさま手をどかそうとするが、スライダーが最終盤に差し掛かった辺りでさらに角度が大きくなり、スピードアップする。
その瞬間、さっきお姉さんが「ちゃんと抱きしめていないと危ない」と言っていたのを思い出し、俺は手を離すことができなかった。
「ど、どこ触ってんだぁあああああ~~~っ!」
「す、すいません! でもそれどころじゃああああああ~~~ッ!」
そして次の瞬間――ザバァーン、と水しぶきが上がる。
水面に顔を出して髪をかき上げると、胸を腕で隠すようにしながら睨み付けてくる樹里先輩と視線がかち合った。
顔を真っ赤に染めながらうるうるとした涙目がなにかを訴えかけるように揺れる。
「す、すいません。わざとじゃないんです……」
「……責任、取ってもらうからな」
「せ、責任って……?」
「ふん、なんでもねーよ……!」
樹里先輩はぷいっと顔を背けて、プールサイドの方に行ってしまったのだった。
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