#25「流れるプール」


「あれ、みんなどこ行ったんですか?」


 花火はなびの後をついて行き、『流れるプール』という看板がでかでかと掲げられたエリアで凪紗なぎさ先輩と合流したのだが、辺りを見回しても双葉ふたば先輩や樹里じゅり先輩の姿が見当たらなかった。


 すると、凪紗先輩が少し離れた位置を指差しながら言う。


「樹里と双葉なら浮き輪を借りに行きました。向こうでレンタルしてるみたいなんです」


 浮き輪か、たしかに浮き輪に乗って水の上をぷかぷか浮かぶのは気持ちよさそうだ。


 そして、しばらくすると人混みの中から両手に浮き輪を抱えた二人が戻ってきた。


「みんなの分も借りてきたよ~」


 言って、双葉先輩が大きめの浮き輪を手渡してくれる。


 その隣では樹里先輩がうずうずとした様子で腰に浮き輪を装着していた。


「早速泳ぎに行こーぜ!」

「ちょ、ちょっと樹里、準備運動してからの方が――」


 凪咲先輩が呼び止めようとしたが、樹里先輩はそのままプールの方に駆けていく。


 それに続いて花火と双葉先輩も流水プールの方へ行ってしまった。


 はぁ……とため息を吐く凪紗先輩。


「まったく、樹里ははしゃぎすぎです……」

「ははっ、相当楽しみだったんですね」


 さっきまで恥ずかしそうにしていた樹里先輩だったが、もうすっかり慣れたのか、はたまた恥ずかしさよりも楽しみという気持ちの方が上回ってしまったのだろうか。


 さっきまでの様子はどこへやら、今は本当に楽しそうな様子だった。


 今まで、樹里先輩に対して勝手にクールなイメージを抱いていたのだが、ここ最近少しずつ話すようになってからは無邪気な一面が垣間見える。


 思っていたよりも、ずっと話しやすくて優しい人だった。


 俺がプールに向かう三人の背中を見届けていると、不意に凪紗先輩が隣で念入りな準備運動をしながら俺に視線を向けてくる。


あさひさんもしっかり体を動かしておいた方がいいですよ」

「そうですね、ちゃんと筋肉を伸ばしておかないと」


 言われた通り、俺も凪紗先輩に倣って念入りに準備運動をしていたのだが……。



 ――十分後。



「あのー、先輩? そろそろ行きませんか……?」


 かれこれ十分以上は体を伸ばしていたので、さすがに声を掛けてしまった。


「そ、そうですね。行きましょう……」


 そして、ついに俺たちも浮き輪を抱えて流れるプールにやって来た。


 しかし、俺たちがプールサイドに来た頃にはすでに三人とも遠くに流されたのだろう……完全にはぐれてしまっていた。


 まぁさすがに迷子になるという歳でもないし、またそのうち会えるだろう。


 そう思って、俺は浮き輪を腰に装着してプールに入った。


 おー、冷たくて気持ちがいい。


 そして、プールの縁を掴み、凪紗先輩が入ってくるのを待っていたのだが……。


 先輩は胸の辺りでぎゅっと拳を握って顔を強張らせ、なかなかプールに入ろうとしなかった。


 その様子を見て、ふと気が付く。


「先輩、もしかして泳げないんですか?」

「……は、はい。昔から泳ぐのは苦手で」

「泳げなくても大丈夫ですよ、浮き輪があるし」

「で、ですが、やっぱり少し怖いです……」


 たしかにただのプールじゃなくて水流があるし、怖いという気持ちは少し分かる。


 だけど、せっかく一緒に来たんだし凪紗先輩にも楽しんでほしかった。


「じゃあ先輩、俺と一緒の浮き輪に入りましょ?」

「え、一緒の浮き輪にですか……?」

「はい、この浮き輪大きいですし二人くらいならいけると思います。それにもし先輩が怖くなったら俺がプールサイドまで泳ぐので安心してください」


 そう言って手を伸ばすと、凪紗先輩はしばし躊躇うような様子だったが……。


 やがて、俺の手を握る。


「じゃ、じゃあよろしくお願いします……」


 俺が凪紗先輩の方に寄ると、先輩は浮き輪の穴におそるおそる足を入れ、そしてちゃぽん、とプールに浸かった。


 同じ浮き輪の穴に二人で入って、水の上に浮かぶ。


「どうですか先輩、怖いですか?」

「い、いえ。すごく気持ちいいです」

「ですよね、それじゃあ行きましょうか」


 言って、俺がプールの縁から手を離すと、浮き輪が水流に乗って動き始めた。


 ぷかぷかと、ゆったりしたスピードで水の上を浮かんでいく。


 隣を見ると、凪紗先輩はまだ少し怖いのか、緊張した様子でぎゅっと浮き輪に掴まっていた。


「先輩、怖くなったらいつでも言ってくださいね」

「は、はい。ありがとうございます……」


 そのまま、ゆったりと浮き輪は進んでいく。


 時間が経つにつれて凪紗先輩の恐怖心も薄れていったのか、今はリラックスした様子で浮き輪に掴まりながら水の上に浮かんでいた。



 ――そして、時間が経つにつれて気付いてしまったことがある。



 いくら大きめの浮き輪とはいえ、二人で使うと少々手狭になって必然的に互いの体が密着してしまうということ。


 そして今は二人とも水着姿。


 普段よりも肌の露出が多く、素肌同士が直に触れ合ってしまうのだ。


 背中や脇腹の辺りで感じるモチモチとした感触を妙に意識してしまい、俺は急激に心拍数が上がっていくのを自覚していた。


 すると、凪紗先輩も水に慣れて余裕ができたおかげで現状に気が付いたのか、居心地が悪そうに身をよじる。


 それから視線を周囲に這わせ、小さく呟いた。


「そ、その、周りの人たちはカップルなんでしょうか……?」


 ふと周囲を見回せば、俺たちと同じように一つの浮き輪を二人で使う男女の姿が多くあった。


 そのカップルたちは浮き輪の中であえて体を密着させるようにして、いちゃいちゃとしている。


 ま、まったく意識してなかったけど、こうして二人で浮き輪を使うのってカップルだけだよな……。


 俺は自分の軽率な行動に後悔しながらこくりと頷く。


「そ、そうですかね……」

「も、もしかして、私たちも……か、カップルだと思われているのでしょうか……」

「す、すいません。そういうつもりじゃなかったんですけど……」

「分かってます……。旭さんは私のために言ってくれたんですよね」

「あの……そろそろ上がりますか……?」


 さすがに凪紗先輩もこのままだと嫌だろうし、そこそこ流れるプールも堪能したのでそう提案したのだが……凪紗先輩はほんのりと頬を朱く染めながらふるふると首を横に振った。


「い、いえ。私はもう少しこのままでもいいです……」

「わ、分かりました……」


 どうやら凪紗先輩はまだ流れるプールを堪能し足りないようだった。


 そうして俺たちは妙な空気をまといながら肌を密着させ、しばらく水の上に浮かんでいた。

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