夏休み編
#23「気分転換」
夏休みに入ってから数日が経ったある日。
俺は脚本の書き方を勉強しながら、同時進行でコツコツと執筆作業に励んでいた。
しかし、今まで書くことはおろか読書すらまともにしてこなかった俺がいきなり脚本なんか書けるはずもなく、書いては消してをひたすら繰り返しているというのが現状。
前に図書室で借りてきた『サルでもわかる脚本の書き方』という指南書のおかげで、なんとか『柱』や『ト書き』、『台詞』で脚本が構成されることは分かったのだが。
いざ書いてみようとすると、どんなシーンを書けばいいのか、どんな台詞を言わせればいいのかもさっぱり分からなかった。
午前中は部屋に籠ってカタカタと慣れない手付きでキーボードを叩いていたが、一度手が止まってしまうと、そのまま作業が進まなくなってしまう。
一旦気分を変えるためリビングに降りると、ちょうど昼のいい時間帯になっていた。
今日は
花火の分の昼飯を作る必要がないのでカップ麺で済ませることにした。
カップにお湯を注ぎながら今書いているシーンの続きをぼーっと考えていたのだが、一度集中力が切れてしまうと上手く考えがまとまらない。
俺はぶんぶんとかぶりを振って、ため息を吐いた。
「さすがに、ちょっと休憩した方がいいな……」
ここ最近、毎日脚本のことを考えているせいか、モチベーションが下がりつつあるのだ。
たまには脚本のことを忘れて気分転換することも大切なのかもしれない。
俺はそう思い立つと、昼食のカップ麺を食べ終わった後、外に出掛ける準備を始めた。
夏休みに入ってから食料の買い出しくらいでしかまともに外に出ていないし、それも悪い。
そのせいで、気分が滅入ってしまうのだ。
せっかくの夏休みだし、たまには映画でも観に行くのもいいだろう。
そう思って、俺は近所のショッピングモールに併設された映画館に向かうことにした。
◆ ◆ ◆
燦燦と照り付ける太陽。
セミの鳴き声と肌を刺すような日差しが本格的な夏を感じさせる。
そんな中、俺は三〇分ほど電車に揺られて、この一帯で一番大きなショッピングモールに来ていた。このショッピングモールの最上階に映画館が併設されているのだ。
執筆の気分転換のつもりで映画を観に来たけど、脚本の勉強にもなるし一石二鳥じゃね。
そんなことを思いながら、クーラーの効いた店内に入ってエスカレータ―に乗り、最上階にある映画館に向かう途中――。
「あ、
唐突に声を掛けられ、振り返れば……そこには姉である
そして、花火の後ろには
花火たちは買い物でもしていたのか、みんな同じ店のロゴが入った袋を持っていた。
「どうしてこんなところに……」
花火は偶然俺の姿を見つけてつい名前を読んでしまったという具合に目を丸くしていたが、すぐにいつもの冷静沈着な表情に戻ってしまう。
すると、双葉先輩が花火の背後から顔を覗かせた。
「あれ、旭くんだぁ~! 旭くんも買い物に来たの~?」
「あ、いえ。映画を観に来たんです」
凪紗先輩と樹里先輩も俺の方に歩み寄ってきてくれる。
「もしかして、脚本の勉強ですか?」
「はい、それもありますけど気分転換がメインですかね」
「脚本書くのってすげー大変そうだな」
それにしても、まさか花火や先輩たちとこんなところで鉢合わせるとは……。
もしかしたら四人の時間を邪魔してしまったのでは……と、申し訳なくなってくる。
しかし、あからさまにこの場から離脱するわけにもいかず、適当な世間話を振った。
「先輩たちは買い物に来たんですか?」
「うん、みんなで水着を買いに来たんだよ~」
「へ、へぇー」
水着という単語に思わずドキッとしてしまう。
異性との会話の話題に『水着』というのはなかなか難易度が高いのではないだろうか。
俺が困惑していると、凪紗先輩が補足するように言う。
「来週、四人でプールに行く予定なんです」
「プールですか?」
「おう、なんか双葉が大型プール施設の入場パスをもらったらしくてな」
「そうそう、もうちょっとで四人とも夏期講習が始まっちゃうからその前にみんなで遊びに行こーってことになったんだよ~」
相変わらず仲が良さそうで、微笑ましい気持ちになる。
すると、不意に双葉先輩がなにか思い付いたように手のひらをパンと合わせた。
「あっ、そうだ~。もしよかったら旭くんも一緒に行く?」
「ちょ、ちょっと双葉……」
双葉先輩が言うと、その隣で花火が肘で先輩を小突く。
だが、俺には花火の気持ちも少し分かった。
さすがに友達との時間を弟に邪魔されるのは嫌なのかもしれない。
せっかくのお誘いだが断らせてもらおう……と口を開くと、それを遮るように双葉先輩と樹里先輩の声が聞こえた。。
「いいじゃないですか。この五人で集まることなんてなかなかないですし」
「そーだな、人数が多い方が絶対楽しいだろ」
そう言われて、困ったような顔をする花火。
先輩たちとプールに行きたくないというわけではないが、俺としても四人の時間を邪魔するのは申し訳なかった。
俺は花火の気持ちを汲みつつ、口を開く。
「ほ、本当に俺が行っていいんですか?」
「もちろんだよ~」
「いや、でも四人の時間を邪魔するわけには……」
「いえ、気にしないでください。私たちいつも一緒ですし」
「ああ、せっかくだし旭も一緒に行こうぜ」
やんわりと断る流れを作るつもりだったのだが、なんだか断りにくい雰囲気になってしまった。
花火は依然と難しい顔をしていたが、双葉先輩が雰囲気を和ませるような笑顔を向ける。
「花火ちゃんもいいよね~?」
「……ええ、そうね」
とは言いつつも、少し嫌そうな顔をする花火。
これは俺から断った方が良さそうだよな……。
「あの……すいません。俺やっぱり辞めときます」
すると、花火がボソッと呟く。
「別に……」
「え?」
「別に気にすることじゃないわ。旭も来たければ付いて来ればいいじゃない」
「え、うん……」
いつも通りの淡々とした姉弟の会話。
そうして、俺もプールについていくことになったのだった。
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