#18「ファミレスにて(後編)」


「それでは、本題に入りましょうか」


 凪紗なぎさ先輩が空気を変えるようにパンと手を叩いた。


「うん、あさひくんの脚本のアイデアをみんなで考えよーって感じだったよね~」

「よろしくお願いします」


 俺が頭を下げると、早速凪紗先輩が質問を投げかけてくる。


「旭さんの中にこういう話にしたいとか、こんな登場人物を出したいという構想はありますか?」

「えーっと、本格的な演劇っぽいのは書ける気がしないので日常っぽい感じというか、登場人物の関係性をメインにしたいなとは考えてます」

「日常系……っと」


 すかさず樹里じゅり先輩が注文用紙の裏にメモを取ってくれる。


 さすがは生徒会の書記といったところか。


「あとは凪紗先輩に紹介してもらった小説が恋愛系が多かったので、そういうのもありかなって」

「あっ、もう読んでくださったんですね!」

「はい。どれもすごく面白くて寝る間も惜しんで読んじゃいました」

「そうですよね、どの作品も自信を持っておすすめできるものばかりだったので旭さんが面白いと言ってくれてすごく嬉しいです! そうだ、ぜひ詳しい感想を――」

「凪紗、ストップ。お前、本のことになると急にキャラ変わるよな……」

「す、すいません……。今は脚本のアイデアを考えるのでしたね……」


 樹里先輩に制止され、凪紗先輩が少し恥ずかしそうにこほんと咳払いをした。


 またしても、凪紗先輩の意外な一面が見れた気がする。


「うーん、恋愛モノか~。どういうのがいいのかなぁ~?」


 ふと、隣で双葉ふたば先輩が口許に人差し指を当てて考えるような仕草をしていた。


「そうですね……。よく小説家の方のインタビューを読んでいると、自分の実体験をもとに書くことが大切、と言われている方が多い気がします。作品のリアリティーに繋がるのだとか」

「実体験か、じゃあ一人ずつ過去の恋愛話でもしていくか?」


 樹里先輩がそう提案すると、探り合うような視線が交錯した。


 しかし、誰一人として話し始めようとする人はいない。


 微妙な雰囲気に、凪紗先輩が困ったように言う。


「れ、恋愛話と言われましても……。そういう樹里はどうなのですか?」

「……アタシに聞くか、それ?」

「樹里ちゃんはどちらかと言うと女の子からよくモテるよね~」


 双葉先輩の言う通り、樹里先輩はうちのクラスでも特に女子からの人気がすさまじい。


 たしかに中性的でカッコいいし、女子からモテる理由もよく分かる気がする。


「それこそ、凪紗も双葉もよく告白とかされてんじゃん?」

「ですが、実際に付き合ったことなんてないですし……」

「だね~、恋愛なんて小学校まで遡らないとないよ~」


 はぁ……、とため息を吐く三人。


「まぁ、アタシらの間であんま浮いた話とかないもんな……」

「そうだよね、花火ちゃんに聞いてみたらなにかあるかな~?」

「ねーだろ、アイツにかぎって」

「そうですね、ありえません」

「たしかに花火ちゃん恋愛とか全然興味なさそうだもんね~」

「へ、へぇー……」


 先輩たちが話し合う中、俺はと言うとなかなか会話に入りきれずたまに相槌を打つことくらいしかできなかった。


 なんというか、女子のこういう話を聞いていると背徳感のようなものを感じる。


 秘密の花園とか、百合の聖域とか……男が決して踏み入ってはならない境界線があるのだ。


 俺が気配を消しながらやり過ごしていると、不意に樹里先輩が躊躇いがちな視線をこちらに向けてきた。


 潤んだ瞳がちらちらとこちらを窺うように注がれる。


「ていうかさ……」


 躊躇するような間。


 突如、その場が緊張感に包まれる。


 気が付けば、双葉先輩や凪紗先輩もこちらに視線を送っていた。


 やがて、意を決したように樹里先輩が口を開く。


「あ、旭はさ……ど、どうなんだよ……?」

「恋愛ですか? あー、俺も全然ないっすね……」


 正直に言うと、ガッカリしたような先輩たちのため息が重なった。


 三人とも一様に胸を押さえて息を吐き出す。


 なんかすごく重要なことを言われるのかと身構えていたのだが、拍子抜けした。


 いや、もしかして気を使われたのかな……?


『こんな陰キャに彼女なんかいるはずないけど流れ的に一応聞いてやったほうがいいよなー。でも変な空気になったら面倒だなー』……の間だったのか!?


 思わずグサッと心にダメージを受けていると、樹里先輩がニヤニヤと笑みを浮かべる。


「そっか、そうだよな!」

「なんでちょっと嬉しそうなんですか……」


 俺が引モテ陰キャでそんなに嬉しいのかよ……!


 まぁ、これも樹里先輩なりの優しさなのかもしれない。


 変な空気にならないようにわざと茶化しているのだ。


 にしても、傷付くのは傷付くけど……。


「ですが困りましたね……。まさか誰一人、恋愛経験のある人がいないとは……」

「あーもうこの際、子供の恋愛でもいいから恋バナを捻り出せっ! じゃないと、アタシらのJKとしての面目が保たれないぞ……!」

「JKの面目ってなんですか……」


 凪紗先輩が呆れたようなジト目で樹里先輩を見る。


「JKと言えば恋愛だろ! このままじゃアタシら青春せずに卒業することになるんだぞ」

「まったく、樹里は少女漫画の読み過ぎです。一概に恋愛だけが青春とは言わないでしょう?」

「しょ、少女漫画なんて読むわけねーだろ!」

「別に隠さなくてもいいじゃないですか」

「隠してねーし! ていうか、なんでもいいんだよ。最近ドキドキしたり、とくんって胸がときめいた出来事とかねーのかよ?」


 胸の鼓動の表現が完全に少女漫画のそれだった……。


 思わず苦笑していると、隣で双葉先輩が考え込むような仕草をする。


「うーん、最近ドキドキした出来事かぁ~……」


 双葉先輩はしばし思考に耽っていたが、ふと思い出したように声を上げた。


「あっ、旭くんと一緒にお風呂に入った時かなぁ~?」



「「……え?」」



 その瞬間、場の空気が凍り付いたのだった――。

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