#16「頼りになる先輩」


 図書室に行った日から数日が経った金曜日。


 俺は帰りのホームルームを聞きながら大きな欠伸を漏らした。


 ここ最近、毎日のように夜遅くまで凪紗なぎさ先輩に紹介してもらった小説を読んだり、指南書に書いてあった『インプットが大切』という文言を信じて映画を観たりしていたため、睡眠不足がたたっていたのだ。


 欠伸を噛み殺しながら連絡事項の確認が終わると、クラス委員長の宇佐見うさみがなにか連絡でもあるのか、先生に代わって教壇に上がる。


「来週月曜日の放課後、脚本会議を行うので以前決めた脚本係の人は出席してください」


 宇佐見の連絡は脚本係に向けたものだった。


 来週の月曜日か……。


 たしか脚本会議ではプロットを用意しなければならなかったはずだ。


 正直なところ、まだプロットはおろかアイデアすら決まっていないという有様だった。


 困ったな、あと二日でプロットを書ける気がしない……。


 もしかしたらこういう話を考えるのとか、俺には向いていないのかもしれない。


 思わず、そんな弱音を吐きそうになってしまう。


「はぁ、どうしたものかな……」


 ホームルームが終わると、俺は鞄を肩に引っ提げて教室を後にする。


 階段を降りて、一階の昇降口へと向かう途中――不意に聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「あれ、あさひじゃねーか」


 俺に声を掛けてきたのは生徒会書記のたちばな 樹里じゅり先輩だった。


 その背後には副会長の小花衣こはない 双葉ふたば先輩と会計の夏目なつめ 凪紗なぎさ先輩の姿もある。


「あ、先輩お疲れ様です」

「おう、お疲れ」「お疲れさま~」「お疲れ様です」


 三人ともバッグを肩にかけ、帰り際という感じ。


 今日は生徒会の活動がないのか、この時間帯に昇降口で見かけるのは珍しいと思った。


 いつもは下校時間ギリギリまで生徒会の仕事をしているイメージがあったから。


 と、そういえば姉の姿が見当たらないことに気付く。


「あれ、花火はなびはいないんですか?」

「花火ちゃんなら生徒会長のお仕事で居残りだよ」

「そうですか、じゃあ晩飯急がなくていいな」


 無意識にそう独り言ちると、双葉先輩がふふっと笑った。


「旭くんは良いお嫁さんになりそうだね~」

「できればお婿さんがいいんですけど……」

「双葉の言う通り、料理も上手ですし気配りもできるので素敵なお嫁さんになりそうですね」

「えぇー、凪紗先輩まで……」


 ふと、凪紗先輩とは一対一でしかちゃんと話したことがなかったから双葉先輩や樹里先輩と一緒だとこういう冗談も言うんだな……と、少し意外だった。


 俺が意外な一面に驚いていると、凪紗先輩が思い出したように言う。


「そういえば、脚本の進捗はいかがですか?」

「あー、それが全然思いつかなくて……」


 ふと、隣で話を聞いていた樹里先輩が小首をかしげる。


「脚本? 旭が書いてるのか?」

「えーっと、クラスの出し物でオリジナル演劇をするんですけど、その脚本係になっちゃって」

「旭くんがお話考えるの~? お姉さん観に行きたいなぁ~」

「まだ俺が書くって決まったわけじゃないです。というか、アイデアすら全然出なくて……」


 思わず、はぁ……とため息を吐いてしまった。


 誰かの前で弱気な姿を見せるのは好きじゃないが、それ以上にプロットのことを考えると億劫な気分になってしまう。


 すると、不意に樹里先輩がにぱっと太陽のようなまぶしい笑顔を向けてきた。


「じゃあ、アタシたちが一緒に考えてやるよ!」

「え?」

「二人もいいよな? なんか面白いそうじゃん」

「もちろんだよ~。お姉さん、ひと肌脱いじゃうよ!」

「私も旭さんのお力になれるのであれば協力させていただきたいです」

「いや、そんな悪いですよ」


 ただでさえ、生徒会の活動で忙しいはずなのにわざわざ俺のプロットを手伝ってもらうなんてさすがに申し訳ないと思った。


 しかし、樹里先輩が不可解な面持ちを浮かべる。


「なに言ってんだ、アタシたちからやりたいって言ったんだぞ」

「もしかしてご迷惑でしたか……?」

「迷惑だなんて、そんな。むしろマジで助かるというか……」

「じゃあ決まりだな」

「うん、もっとお姉さんたちに頼ってもいいんだよ~?」


 先輩たちが優しく微笑む。


 たしかにアイデアすらまともに出ない現状、藁にも縋りたいというのが本音だ。


 しかもそれがこの三人だと言うのだからかなり頼りになる。


 俺は少し考えた末、三人の言葉に甘えさせてもらうことにした。


「それじゃあ、よろしくお願いします」


 そうして、俺たちは駅前のファミレスに場所を移すことにした。

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