文化祭準備編

#13「クラスの出し物」


「――てなわけで、今年の文化祭での出し物はに決まりました」


 教壇の前に立つクラス委員長の宇佐見うさみがそう言うと、教室中は歓喜や不満の声に包まれる。



 週明けの月曜日。


 四限目のロングホームルームで、十月の文化祭に向けたクラスの出し物を決める話し合いの時間が設けられていた。


 初めの方は定番のメイド喫茶やらコスプレ喫茶をやる方針で話し合いが進んでいたものの、飲食系はいろいろと面倒くさいとか、他のクラスと被りそうとかで結局却下となったのだ。


 それでいろいろと話し合った結果、『オリジナル演劇』に落ち着いたのである。


 いや、落ち着いたのかどうかは分からないけれど……。


 俺は教室の端――窓際の最後列の席で頬杖をつきながら大きく欠伸をする。


 さっきから一応話は聞いていたものの、週末にいろいろとあって疲れているせいか、全然話が頭に入ってこなかった。


 というか、クラスの出し物なんてなんでもいい。


 メイド喫茶でもお化け屋敷でも演劇でも、俺は割り振られた仕事をやるだけだ。


 ふあ……と、欠伸をかみ殺して窓の外に視線をやると、どこかのクラスが校庭で体育の授業をしていた。リレーだろうか、外から薄っすらと楽し気な喧騒が聞こえてくる。


 と、不意に人だまりの中に見知った顔を発見した。


 ――俺の実の姉である相模さがみ 花火はなびである。


 あんだけ同じ服を着た大勢の人がいる中で、ひときわ存在感を放つ女子生徒。


 よく見れば、花火の近くに生徒会役員の三人の姿もあった。


 彼女らの姿を見ていると、週末の出来事を思い出してしまう。


 双葉ふたば先輩と風呂場で遭遇し、樹里じゅり先輩に全裸を見られ、凪紗なぎさ先輩を事故とはいえ押し倒してしまった。


 全部の出来事が下手をすれば逮捕されかねない大ゴトである。


 土曜の夜には三人とも帰ったけれど、かなり気を使ったせいでまだ疲労が溜まっていた。


 思わずはぁ……と、ため息を吐きながら目をつむって休んでいると。


「――あれ、一票足りないなぁ……。相模くん、手あげた?」

「え?」


 急に名指しされ、顔を上げる。


 教壇の方から委員長の宇佐見がこちらに近付いてきた。


「もう、聞いてなかったでしょ。今、オリジナル演劇の脚本係と大道具係と衣装係とか……それぞれ担当する当番を決めてたんだよ」

「ご、ごめん……」

「相模くんはどの係やりたい?」

「んー、なんでもいいかな。人が足りてないとこで」

「あっ、助かるよー。じゃあ脚本係に入ってもらうね」

「うん、それでいいよ」


 委員長がパタパタと教壇に戻り、黒板の『脚本係』のところに俺の名前を書き加える。


 そんなこんなでクラスの出し物とそれぞれの当番が決まり、四限目の終了を告げるチャイムが鳴り響くと昼休みに突入した。


 いつものように弁当が入った巾着袋を持って教室を出ようとすると、クラスの中心で騒いでいる連中が視界に入る。


「よーし、俺がハーレム主人公の脚本を書く!」

「はー、ずりぃ。じゃあ俺は宇佐見との純愛モノを……」

「キモッ! いや、ガチでキモイわお前……」


 そして、ケタケタと笑う連中。


 アイツらが同じ脚本係なのか。めんどくさいことになりそうだなぁ……。


 思わず小さくため息を吐きながら教室を出ようとすると、ふと教壇の方からパタパタと駆け寄ってきた足音に呼び止められる。


「相模くん、ちょっと待って」

「ん?」


 振り向くと、クラス委員長の宇佐見の姿があった。


「相模くん、聞いてなかったと思うから一応伝えておくけど。脚本係の人は定期的に脚本会議に出席してもらうから相模くんもちゃんと参加してね」

「脚本会議? なにするの?」

「それぞれがプロットを持ち寄って、どんな脚本にするか決めるんだよ」


 プロットと言えば、たしか物語の設計図的なヤツだよな。


「まぁ、分からないことがあればなんでも聞いてよ。掛け持ちだけど、私も一応脚本係だからさ」

「ああ、ありがとう」


 脚本か……。俺が考えたものが採用されるかは分からないが、割り振られたからには一応やってみるか。


 俺はそう心を決め、弁当を持って教室を後にした。



   ◆ ◆ ◆



 放課後、俺は図書室を訪れていた。


 脚本のプロットを書こうにも脚本なんて書いたこともないし、そもそも話題の本をたまに読むくらいしか読書量のない俺がいきなりプロットなんて書けるはずがない。


 したがって、図書室に脚本の資料になりそうな本を探しにきたのである。


 普段あまり図書室を利用しないため、張り詰めるような静寂に妙な緊張感を覚えてしまう。


 紙の独特な匂いが充満する中、本棚を見上げながら目的の本を探していると。


 不意にとんとん、と肩を叩かれた。


「――おわっ!」

「しぃー……あさひさん、図書室では静かにですよ」


 振り向くと、唇に指を当てた生徒会会計の夏目なつめ 凪紗なぎさ先輩の姿があった。

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