#12「気まずい朝(後編)」
「――えっ……」
洗面所の扉を開けると、ブラウスを着るために腕を上げ、無防備に上半身を晒した……着替え中の
先輩は俺の存在に気が付くと、咄嗟に胸を隠す。
「ひゃっ」
「あ、すいません……!」
俺は慌てて洗面所の扉を閉めた。
最悪だ……。今、一番顔を合わせたくなかった相手と、よりによって最悪のタイミングで鉢合わせてしまったのだ。
考えるな……と、自己暗示をかけるものの、どうしても昨日の風呂場での出来事が脳裏によぎってしまう。
俺が洗面所の扉の前で煩悩を振り払うようにかぶりを振っていると、不意に洗面所の中からおっとりとした声が聞こえてきた。
「ご、ごめんね~……
「い、いえ、完全に俺の不注意です……。すいませんでした……」
「ううん、気にしないで……」
それから衣擦れの音が聞こえて……。
しばらくすると、双葉先輩が声をかけてくる。
「もう入ってきて大丈夫だよ~」
「は、はい。失礼します……」
おそるおそる洗面所の扉を開く。
すると、ベージュのオフショルダーニットにチノパンツというスタイルの良さが際立った服装をした双葉先輩が洗面台の鏡の前に立っていた。
意識しないでおこうとは思っているものの、体のラインが出る服装のせいか、昨日風呂場で見てしまった服の下が脳裏にちらついて、まともに双葉先輩を直視することができない。
また、気まずい……。
俺が歯ブラシを手に取り歯を磨いていると、双葉先輩は隣でリップを付けたり、髪を整えたりとお出かけの準備をしている様子だった。
髪を手櫛でほぐすたびにふわり、と甘い香りが漂う。
さらに、リップをなじませるためか、ンパッとリップ音が聞こえた。
こんなの、意識しないなんてできるはずがない……。
ふと、俺が鏡越しにちらちらと隣の様子を窺っていると、双葉先輩が苦笑する。
「そ、そんなにジロジロ見られると、お姉さん恥ずかしいなぁ……」
「す、すいません……」
見てたの気付かれてたのか。恥ずかしい……。
鉄の意志で隣を意識しないようシュコシュコと歯を磨いていると、ふと双葉先輩が吐息する。
「よしっ、おっけー」
準備を終えたのか、満足げな双葉先輩。
すると、先輩がふわっと髪を揺らしてからかうように言う。
「どうかな、綺麗になった?」
ぱち、とウインクして一回転。
甘い香りが広がる。
「はい、すごく綺麗だと思います。でも、先輩は元から綺麗ですけど」
「えっ……あ、ありがとぉ~……」
双葉先輩は少し照れたように笑った。
「旭くんって、昔から素直っていうか、天然さんだよね~」
「そ、そうですかね……?」
「そうだよ。天然のすけこましさんだよぉ~」
「えぇー、それって褒めてます?」
「んー、褒めてるよぉ~」
「ほ、ホントですか? ……ん?」
そこで、ふと気が付いた。
ちょっと待って。いま、「昔から」って言ったか……?
その「昔から」という言葉に引っ掛かりを覚えたのだ。
俺が双葉先輩を知ったのは高校に入ってからだし、少しだけ喋るようになったのも姉が生徒会長になってからだ。実際、こんなにしっかりと話したのはほとんど初めてだし。
昔から、ってどういうことだ……?
俺が疑問を抱いていると、準備を終えた双葉先輩が洗面所の扉に手をかける。
そして扉を開けて出て行く前に、ふとこちらに振り返った。
「あ、お姉さんからの忠告だよ。あんまり他の女の子に「可愛い」とか「綺麗」とか言わないこと。勘違いされちゃうよぉ~?」
「え……あ、はい。気を付けます」
「うん、お利口さんだねぇ~」
ニコッ、と子供をあやすような笑顔で双葉先輩は洗面所から出て行った。
先輩、俺のこと何歳だと思ってるんだろ……。
そんなことを思いながら、歯を磨き、顔を洗い終えてリビングに戻ろうとすると、玄関の前で
「あっ、旭も起きていたのね」
「うん」
「これからショッピングに出かけてくるわ」
「おー、気を付けてー」
花火の後ろにはすでに靴を履き終えた
こうして四人で朝からショッピングに出かけるため、昨日はうちに泊まったのだろう。
俺はなんだか後ろの三人と顔を合わせるのが気まずくて、視線をそらしてしまった。
それは向こうも同じなのか、花火の背後で三人ともそれぞれ気まずそうに顔を逸らし、心なしか顔を赤く染めていた。
何も知らない花火と、気まずい四人の図だ。
なんだ、この状況……。
すると、花火が怪訝そうな顔をする。
「どうかしたの?」
「あ、いや、なんでもないよ」
「……そう。あ、一応言っておくけど私の洗濯物には触れないでね」
「言われなくても分かってるよ」
俺の気のせいか、いつもより花火の口数が多いような気がしたが、やっぱりただの気のせいかもしれない。
「そうね。それじゃあ行ってくるわ」
「おう、行ってらっしゃい」
玄関の方に振り返る花火。
すると、気まずそうに顔を逸らしている三人に気が付いたのか首を傾げる。
「なに? 三人とも……」
『「な、なんでもないよぉ~」「な、なんでもねぇよ」「な、なにもありません……!」』
声がはもる三人。
「変な人たちね」
双葉先輩と樹里先輩と凪紗先輩の三人は互いに怪訝な顔を見合わせたが、花火が玄関の外に出ると、それに続いて三人とも外に出て行った。
俺はそれを見送った後、はぁ……と深くため息を吐く。
ホントにいろいろありすぎた……。
◆ ◆ ◆
ふと、
「いつもよりは話せたんじゃない?」
「……まぁね」
居心地の悪そうな顔をする花火。
双葉はそれが花火の照れ隠しの兆候であることを知っている。
だが、その隣で
「でもよ、なんだよあの会話……。業務連絡か?」
「し、仕方ないじゃない。なにを話せばいいのか分からないんだから……」
「さすがにあれはないと思いますけど……」
樹里の意見に同調する
花火は二人から責められてむっとした。
「なによ、二人して……」
「
「そうです。あんな言い方じゃ旭さんが可哀想ですよ」
「そ、そうね……」
分かりやすくシュンと肩を落とした花火に同情したのか、凪紗がフォローする。
「まぁでも、花火にしては頑張った方なのではないですか?」
「そうだね~。ふふっ、花火ちゃんブラコンだからねぇ~」
「なっ、そ、そこまでじゃないわ」
「いいえ、ブラコンなのは否定できません」
「そうだな、弟大好きだもんな花火」
幼馴染三人に好き放題に言われ、花火は不貞腐れたように頬を膨らました。
「んむぅ……そんなことないもん……」
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