#5「手に残る感触」
「
脱衣所の方から聞こえてきたのは
その瞬間、双葉先輩にぐいっと腕を引かれ、湯船の中に押し込まれる。
双葉先輩はトーンの高い声で、ドアの向こうへ誤魔化すような生返事をした。
「え、えー、なんにもないよぉ~」
「そう? ならいいけれど。もし、なにか困ったことがあったらいつでも呼んでね」
「は、はーい。ありがとぉ~……」
良かった、バレてない……。
ふぅー、と二人して安堵のため息を吐いた――そのとき。
「あれ……?」
ドアの向こうから花火の怪訝そうな声が聞こえてきたのだ。
ドキッと嫌な予感が胸にまとわりつく。
「どうして、
嫌な予感は的中した。
花火が、脱衣所に置いていた俺の着替えの存在に気付いてしまったのだ。
双葉先輩は初めて家に来たから気付かなかったみたいだが、この家の住人でかつ毎日この風呂を利用している花火だからこそ気付いたのだろう。
ど、どうする……? こんな状況がバレたら言い訳の余地もないぞ……。
「ど、どうかしたの、花火ちゃん……?」
双葉先輩も相当焦っているのか、スルーすればいいところをわざわざ聞いてしまう。
「なぜか弟の服が置いてあったのよ。旭は部屋で寝ているはずなんだけど……」
「へ、へぇー……お風呂に入る前に力尽きちゃったのかなぁ~……?」
「まったく、こんなところに置きっぱなしにして……」
「あはは……」
「あ、ごめんね。それじゃ、ゆっくりしてね」
「う、うん。ありがとね~……」
そして、花火は脱衣所を出ていく。
今度こそ安堵のため息を吐き出した。
どうやら花火にはバレなかったようだ……。
もしこんなところを見られでもしたら、俺は花火に家族の縁を切られてしまうかもしれない。
俺は双葉先輩を見ないよう、目を閉じながら頭を下げる。
「あ、あの、ありがとうございます。助かりました……」
「ううん、ドキドキしたね……」
「は、はい……」
そりゃもういろんな意味でね。今もドキドキしっぱなしだ。
俺はそんな危機的状況からいち早く離脱すべく、大事なところを隠しながら湯船をまたぐ。
「じゃ、じゃあ俺もう出ます……。ホントにすいませんでした……」
「待って、旭くん!」
「ま、待てません! 失礼します……!」
「お、お姉さん、そんなに魅力ないかな……」
ぽつり、と溢された双葉先輩のか細い声。
俺はぴたりとドアノブにかけた手を止める。
「そ、そんなわけないです……。むしろ、その……せ、先輩が魅力的だから……」
理性を保てるうちに退散しないと、いろいろマズい……。
「す、すいません。失礼します……」
俺は逃げるように浴室を飛び出した。
タオルで体を拭いている最中も心臓の音が鳴りやまない。
「はぁ……」
すっかり疲れてしまい、ぐったりしながらため息を吐く。
ホント、目に毒というかなんというか。
しばらくはさっきの光景が頭から離れそうにない。
そして、手に残る感触も……。
俺は煩悩を振り払うようにかぶりを振って、パッと着替えを入れていたカゴに目を移す。
しかし、カゴは空っぽで……。
「あれ……?」
俺の服が、ない。
そこでふと思い出す。
――まったく、こんなところに置きっぱなしにして……。
おい、ふざけんな。花火のヤツ、俺の服どこ持っていきやがった……!?
◆ ◆ ◆
――そ、そんなわけないです……。むしろ、その……せ、先輩が魅力的だから……。
ついさきほど逃げるように浴室から飛び出していった男の子の言葉を思い出しながら。
「……そっかぁ」
双葉は胸に――いまだ鳴りやまない心臓に手を当て、満足げに微笑んだ。
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