#6「全裸かくれんぼ」


 花火はなびのヤツ、俺の服どこ持っていきやがった……!?


 これじゃ裸のまま部屋まで戻るしかない。


 ま、まぁでも救いがあるとすれば双葉ふたば先輩がいま風呂に入っているということ。


 つまり、今がチャンスだ。


 最悪、花火になら裸を見られてもいいだろう。いや、良くはないんだけど。


 こうなったら、やむを得ないことだ。


 双葉先輩が風呂から上がる前にさっさと部屋に戻ろうと、脱衣所の扉に手をかけたその時。


「――花火、樹里じゅりがどこに行ったか知りませんか?」

「樹里? 私の部屋で本を読んでいたんじゃないの?」


 脱衣所の外から花火と他の誰かの会話が聞こえてきた。


 おい、ちょっと待て。泊りに来る友達って双葉先輩だけじゃないのかよ……!


 これじゃ脱衣所から出られない。


 もし裸のまま出ていったらとんだヘンタイ野郎だ。


 花火には冷たい目で見られるだろうし、花火の友達には通報されてしまうかもしれない。


 かと言って、このまま脱衣所で待機していて双葉先輩が風呂から出てきてしまってもマズい。


 ど、どうすればいいんだよ……。


 いや、どうするって花火たちに見つからないように部屋に戻るしか生存ルートはない。


 見つかればゲームオーバー。性犯罪者ルートが待っている。


 しかし、この脱衣所から俺の部屋に行くには廊下を出て玄関のわきにある階段で二階に上がる必要がある。


 その階段に到達するまでにリビングを素通りしなければならないし、さらに二階に上がった後にも俺の部屋の隣にある花火の部屋で誰かと鉢合わせる可能性もある。


 かなり慎重に行動しなければならない。


 俺はおそるおそる脱衣所の扉を開け、周囲に誰もいないことを確認するとそっと廊下に出た。


 腰にタオルを巻いただけの丸ごし。


 こんな姿を花火の友達――ましてや女性に見られるわけにはいかない。


 抜き足、差し足、忍び足。


 俺は物音を立てないようにゆっくりと廊下を歩いていく。


 このまま真っすぐ進めば、玄関わきの階段にたどり着く。


 しかしその前に、開け放たれたリビングの扉の前を通り過ぎる必要があるのだ。


 リビングの扉を閉めようとも考えたが押戸になっているため、このまま息をひそめて通り過ぎた方が見つかる可能性が低いと判断した。


 そして、とうとうリビングの前に差し掛かる。


 俺は一層注意を払ってゆっくりと廊下を進んだ。


 と、その時――。



 ズデンッ、と足に何かが絡まって床に転倒してしまった。



 リビングの方に意識を払っていて気が付かなかったが、いつの間にか腰に巻いていたタオルがズレて床に引きずってしまっていたらしい。


 それに足を取られて転んでしまったのだ。


 くそ、なんでこんな時にかぎってドジを踏んでしまうんだよ。いや、こんな時だからこそかえってこういうことが起こりうるのかもしれない……とかパニック状態で錯乱していると。


「――樹里、そこにいるのですか?」


 や、ヤバい。誰か来る……!


 リビングの中から、こっちに向かって足音が近付いてきたのだ。


 周囲を見渡すが、近くに隠れられるようなところはない。


 このままでは姉の友達に裸を見せつけた変態として生きていくことになる。


 それだけは絶対にダメだ……。


 しかし、すでにすぐ近くまで足音が迫っていた。




 ひょこ、とリビングの戸口から黒髪ミディアムの落ち着いた雰囲気の女性が顔を出す。




「あれ、誰もいない……?」




 あ、危なかった……。


 俺は咄嗟に玄関わきの階段へ突っ走ったのだ。


 なんとか間一髪で隠れることができた。


 リビングの戸口から顔を出したのは生徒会会計の夏目なつめ 凪紗なぎさ先輩だった。


 凪紗先輩はきょろきょろと周囲を見回しながら怪訝そうな表情を浮かべる。


「たしかに物音がしたはずなんですが。樹里は一体どこに行ってしまったのでしょうか……」


 樹里って、双葉先輩と凪紗先輩の他に書記のたちばな 樹里じゅり先輩も来てたのか。


 あとは二階に上がって突き当りにある自分の部屋まで戻るだけだが、油断できない。


 まだ花火と樹里先輩がいるのだ。


 二人と鉢合わせないよう気を付けなければならない。


「あれ、これは……」


 不意に凪紗先輩が何かに気付いたように眉を顰める。


 と、同時に俺も大変なことに気付いてしまった。


 さっきまで腰に巻いていたはずのタオルがないのだ。


 隠れることに必死で全然気付かなかったが、いま俺の下半身を覆うものはなにもない。


 さらに最悪なことに、どうやらタオルをリビングの前に置いてきてしまったらしい。


 凪紗先輩が床に落ちていたタオルを拾い上げる。


「こ、この匂いって……」


 言いながら、なぜか凪紗先輩がタオルを自分の顔に近づけようとして――。


「はっ。だ、誰かいるのですか……?」


 気配を悟られたのか、凪紗先輩がこちらに振り替える。


 俺は咄嗟に身を屈めて息を止めた。


 凪紗先輩がなにをしようとしていたのか気になるが、俺の存在に気付かれる前にこの場から退散しようと俺は物音を立てないよう慎重に階段を上がり、二階へと到達した。


 二階の廊下は電気が消えているため、薄暗い。


 人の気配も感じなかった。


 きっと花火と樹里先輩も下の階にいるのだろう。


 ふぅ、と安堵しながらも警戒を怠らず、俺は花火の部屋の扉を通り過ぎてとうとう自分の部屋までたどり着いた。


「あ、俺の服……」


 花火が持ってきたのか、部屋の扉の前に俺の服が置いてあった。


 まったく、このせいで酷いめに遭ったんだぞ……。


 こんなところで着替えていてはいつ誰と鉢合わせるかわからないため、俺はとりあえずきれいに畳んで置いてあった服を拾って部屋の中に入った。


 そして深くため息を吐く。


 はぁ、ようやく安心できる……と思ったのだが。


「あー、おかえり。漫画借りてるぞー」


 ぽと、と抱えていた服が床に落ちる。


 声の方に視線を向ければ、金髪ショートボブの女の子がへそ出しのキャミソールときれいな脚を見せつけるようなショートパンツ姿で、俺のベッドの上でくつろいでいたのだ。


 物音で俺が戻ってきたことに気付いたのか、うつ伏せで視線を漫画に落としたまま足をパタパタさせ、声をかけてきた。


 俺はあまりの驚きに思わず、声が出てしまう。


「な、なんで……が俺の部屋に……」

「ん、あーわりぃな。ちょっと漫画を借りたく――」


 こちらを振り向いた樹里先輩が動きを止める。


 そして次第に顔が真っ赤に染まっていき……。


「な、なな、なななな……」


 樹里先輩がいつもの勝気な表情から涙目になって声を上げた。



「ひゃあああ~~~っ!? な、なんで裸なんだよ、お前はぁぁあっ!!」



 樹里先輩の甲高い声が部屋に反響した。

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