#4「お姉さんと洗いっこしない?」
「あ……」
浴室に
亜麻色の長髪を入浴用に束ね、一糸まとわぬ双葉先輩はいつもの柔和な表情を驚愕に染める。
華奢な肩幅、豊満にみのった魅惑の乳房、ほっそりと引き締まったウエスト、そして……とにかく双葉先輩のすべてが俺の眼前に晒されていた。
次第に赤面していく双葉先輩が慌てて体を隠すよりも先に、俺は両手で顔を覆う。
さっき体を洗ったばかりなのに変な汗が全身から噴き出てきて、顔が信じられないほどに熱かった。
友達って双葉先輩のことだったのか……。
心臓の音が全身を覆う。
俺は口から心臓が飛び出しそうになりながら声を上げた。
「ご、ごめんなさいっ! す、すぐ出ていきますから……!」
勢いのまま、ザバッと湯船から立ち上がる、が。
ここが風呂場で、自分自身も生まれたままの姿であることを思い出し、さらにとても他人に……ましてや女性には絶対に見せられないものを晒してしまっていることに気付いて、俺は噴火しそうなほど体温が上がったことを自覚して再び湯船に沈み込んだ。
お、終わった……。
俺はこれから性犯罪者としての業を背負って生きていくことになるんだ……。
サイレンの音、蔑むように見下ろしてくる姉の姿、両親の涙、連日報道するニュース番組など……一瞬のうちにあらゆる最悪の事態が脳裏に浮かんだ。
俺が頭を抱えながら湯船で溺れかけていると、不意にぽつりと声が聞こえる。
「そ、その……ごめんね。
それは双葉先輩の声だった。
かすかに震えるようなその声は羞恥心のためか、それとも怒りなのか。
手で顔を覆っているため、先輩の顔を窺い知ることができない。
俺はとにかく謝ることしかできなかった。
「ほ、本当にすいません……。そ、その……落ち着いたら出ていきますから……」
「う、ううん。謝らないで……。全部お姉さんのせいだから……そ、それも……」
「……すいません」
俺はひたすら無心になるように心中で念仏を唱えることしかできない。
落ち着け、収まれ、冷静になるんだ我が息子よ……。
湯船の中で双葉先輩に背を向け、膝を抱え込みながら心を無にしていると、不意に肩に何かが触れた感触。
「――ひぃえッ!?」
穏やかになりかけていた水面が再び波打つように煩悩がいきり立った。
反射的に振り返れば、そこには水の滴る女体がある。
もう、なんか逆に腹立ってきた……。なんでまだいるんだよっ⁉ そっちが後から入ってきたんだから出てってくれよ! それに手で隠してるつもりかもしれないけど、なんかいろいろ見えちゃってるしさ……! ていうか――。
と、俺の心の声を遮ったのは双葉先輩の上ずったような声だった。
「ねぇ旭くん、お、お姉さんと洗いっこしない……?」
「へぇえっ!?」
「せ、せっかくだから背中流してあげるよぉ~」
「な、なんでですかッ……!?」
「いいからいいからぁ~」
「なんにも良くないですって!」
腕を引っ張ってくる双葉先輩に抵抗していた時。
「ひゃっ……!」
つるっと足を滑らせた双葉先輩がこちらに倒れかかってきた。
咄嗟に先輩の体を支えようと腕を伸ばしたが、俺も湯船の中で足を滑らせて壁に腰をぶつけてしまう。いてて……っと腰の鈍痛に耐えながら顔を上げると。
「え」
――ふにゅっ、という柔らかい感触。
「やっ……」
熱い吐息が俺の頬に当たる。
いわゆる壁ドン。双葉先輩に押し倒されるような形で体が密着していた。
大きな胸に俺の指が沈みこむ。足に当たるしっとりとした太もも。
何もかもが今までに経験したことのないような感触だった。
はっと我に返った俺はすぐに体を離そうとするが、背中に壁があるため身動きが取れない。
息遣いを肌で感じるほど顔が接近しており、目をそらそうにも目のやり場がなく、俺たちは目を瞠りながらしばし見つめ合っていた。
「……すっ」
口を動かそうとするが、空気が漏れるだけで言葉を紡ぎ出せない。
こてん、と双葉先輩が小首をかしげた。
「す?」
「――すいませんでしたァアアア……!!」
スルッと我ながら器用に先輩の腕から抜け出し、湯船を出る。
そして浴室のドアノブに手をかけた瞬間だった。
「双葉、どうかした? すごい音がしたけれど……」
は、花火……っ!?
浴室のドアの向こうから聞こえたのは姉の声。
まさに、絶体絶命の状況だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます