#2「生徒会の四姫」
四限目の授業が終わり、昼休みを報せるチャイムが鳴り響く。
俺はチャイムが鳴るや否や、弁当が入った巾着袋を引っ提げて席を立った。
昼休みはひと気の少ない中庭で弁当を食べるのが俺の日課なのだ。
有名な姉のせいで、無遠慮に注がれる好奇の視線から解放される憩いの時間。
俺はひとりでのんびりとするこの時間が好きだった。
しかし、今日は憩いの場を台無しにする喧騒があった。
「――本当にこんなところにいるのかよ?」
「マジだって、いつも中庭の端の方でボッチ飯してるのを見かけるんだよ」
「……って、ホントにいたよ」
「おー、いたいた。おーい、
突如、周囲の人に注目されるほどの大声で呼びかけてきたのは今朝の朝礼の時、列の後ろでひそひそと話していた二人組の男子生徒だった。
俺は思わず眉根を寄せる。
さ、最悪だ……。教室で弁当を食べると、
こことも今日でお別れか……。
二人組は俺の複雑な心境などまったく気付いていない様子でニヤニヤと胡散臭い笑みをたたえながらこっちまで近付いてきた。
彼らの要件は大体察しが付いている。
「ういっすー。あれ、相模クンこんなところで一人で食べてんの?」
「……まぁ」
二人組の片割れが俺の隣にどかっと座って、馴れ馴れしく肩を組んできた。
まるで長年の友人のような振る舞いだが、俺はコイツの名前すら知らない。
とりあえず男子Aでいいか。
「ちょうど俺らもさ、気分転換に外で食べよう的な?」
男子Aの言葉に同調するように男子Bがググッと伸びをしながら言う。
「そうそう、やっぱ外の空気吸うのって超大事じゃん? ちょうどいいし相席させてもらっていいかな?」
なにがちょうどいいんだ。というか、もう座ってるし……。
向こうにも空いてるベンチあるんだし、そっち行けばいいだろ……と言いかけたが、わざわざ口にするのも面倒だし俺があっちに移動すれば済む話だ。
「……じゃあ、俺あっち行くから」
ここどうぞクソ野郎、と言外に含みながら立ち上がろうとすると、またしても肩を組まれてがっちりホールドされてしまった。
運動部なのか、謎にガタイが良いせいでひょろっちい俺は身動きが取れない。
「んなこと言うなよ、つれないなぁ~。せっかくだし一緒に食べようぜ~」
「いや――」
「よしゃー、相席成立ぅ! ちょっと待てぇ~」
なんかウザいノリに押し込められて離脱できない状況になってしまった。
二人組が左右に座って、俺はサンドウィッチされている状況だった。
「つーかさ、毎日コンビニ弁当だとさすがに飽きてくるよなぁ~……って、あっれぇー? 相模クン、手作り弁当じゃん」
「ええ、マジじゃん。もしかしてそれって、もしかしちゃう?」
「……なにが?」
「いや、もしかしてお姉さんの手作りかなーってさ」
二人はニヤニヤとしながら本題を切り出すタイミングを窺っているような雰囲気だった。
なんだよコイツら、回りくどい……。
要は、コイツらも花火とお近づきになりたいって連中なんだろう。
そのために俺に取り入ろうとしているんだ。
今までも幾度となく経験した状況だが、俺はその度に強い不快感を覚える。
それは今回も例外ではなかった。
「別に、なんでもいいだろ」
「えー、なになに照れちゃってぇ~」
「そりゃ相模クンが照れても仕方ないよ。あんな美人な姉ちゃんいたら普通にヤバいでしょ?」
「…………」
「で、やっぱりそれ花火会長の手作りなん?」
「……わざわざアンタらに教えてやる義理はないよ」
少し声に怒気をはらませると、二人はそれを敏感に感じ取って苦笑いを浮かべる。
「ま、まぁまぁ別に相模クンのお弁当狙ってるとかそんなんじゃないよ?」
「食べ物の恨みは怖いって言うしなぁ~」
ヘラヘラとその場を取り繕うような笑い声。
それすらも不愉快だった。
俺は無意識のうちに場の雰囲気を切り裂くような大きなため息を吐いていた。
「やめろよ、不快なんだよ」
「……えーっと、相模クン?」
「な、なんか嫌がることしちゃったか?」
「……別に。もういいかな? ひとりになりたいから」
無意識に口をついて出てしまった言葉に自分自身でも驚きながらその場から立ち去ろうとした時だった。
隣から小さく舌打ちの音が聞こえる。
「はぁ、さっきからなんなんだよ、その態度……」
我慢の限界とばかりに不機嫌を露わにしたのは男子B。
でもたしかに、俺も言い方が悪かったかもしれない。
「……ごめん、ちょっと言い過――」
「俺たちはさ、相模クンがいつもひとりで可哀想だから声掛けてやってんのによ! そんな態度ないだろ。ちょっとは感謝されてもいいはずだぜ?」
「……は? なんだよ、それ」
そんなの俺がいつ頼んだんだよ。
途端、胸に渦巻いた感情が大きく膨らんでいく。
「人を勝手に可哀想だとか決めつけて、憐れんでんじゃねぇよ……。余計なお世話なんだ」
「んだと? いい加減にしろよ、クソ陰キャが……!」
突然、男子Bが胸ぐらに掴みかかってきた。
服を引っ張られ、ベンチから腰が浮く。その拍子に膝に置いていた弁当箱が地面に転がった。
「お前なんか花火会長の弟じゃなかったらなんの価値も――」
「分かってるよ、そんなこと……。俺が一番分かってんだよ!」
もう感情を抑えることはできなかった。
俺が相手を睨みつけながら詰め寄ろうとした瞬間。
「――そこまでよ。やめなさい、そこの二人」
一瞬でその場を掌握するような凛とした響きだった。
声の方に視線を向ければ、そこにはよく知った顔がある。
その背後には生徒会のメンバーを引き連れている。
生徒会の
「は、花火会長……⁉」
俺に掴みかかっていた男子Bは彼女らの姿を目の当たりにした瞬間、あらゆる感情がそぎ落とされたように俺の服から手を離した。
男子Aの方は最悪の場面を見られたとばかりに頭を抱えている。
「マジかよ最悪……。おい、もう行くぞ」
そして二人組は逃げるように去っていった。
残されたのは俺と花火と含めた四人の生徒会役員。
すでに周囲にまばらにいた人達もいなくなっている。
不意に花火がずかずかとこちらに近付いてくる。
「校内で悪目立ちしないで。周りの人が見たらどう思うの?」
「…………」
なんだよそれ、自分の評判に関わるからってか……?
だが、俺は胸に渦巻く感情に蓋をして唇に歯を立てる。
「……ごめん、気を付ける」
――俺は脇役なのだ。花火を引き立てるための俺なんだ。
脇役が主役に泥を塗るなんてことはあってはならない。
花火は軽くため息を吐くと、踵を返して去っていく。
そのまま姉の背中を見送った後、ふと声をかけられた。
「花火ちゃんのこと、悪く思わないでね」
「え?」
「ああ見えて、花火ちゃんはキミのことを心配して駆け付けてきたんだよぉ~?」
声をかけてきたのは生徒会副会長の
双葉先輩は俺に近付いてくると、さっき掴まれたせいで乱れた襟元を整えてくれる。
気付けば顔があまりに間近にあり、思わず息を止めてしまう。
意識をそらすようにその背後を見れば、生徒会会計の
「せっかく美味しそうなお弁当なのにこれでは台無しですね……。よければ、私のお弁当食べますか?」
「え、いやそんな……」
「遠慮すんな、特別にアタシも限定焼きそばパン分けてやるからよ」
生徒会書記の
「お姉さんのお弁当も分けてあげるよぉ~」
「いや、ホント悪いですって……」
「なんだよ、アタシらの弁当が食えないっていうのか?」
「そ、そういうわけじゃないですけど……」
「では、一緒に食べましょう」
そのまま、流れでベンチに四人で腰掛ける。
さすがに四人だと少々手狭で、必然的に密着するような形になる。
と、不意に双葉先輩が目の前に卵焼きが差し出してきた。
「はい、あ~ん」
「あ、あ~ん⁉ あ~んってなんですか! 急にあ~んぐぅ……⁉」
わけの分からない状況に戸惑っているうちに口の中に甘い卵焼きの味覚が広がる。
え、なんだこれ? なんなんだよこの状況……⁉
気付けば、上級生の女子に囲まれてランチタイムだって?
「どうかな、お口に合うかなぁ?」
「……あ、はい。美味いです」
この時の俺は、まさか今後彼女たちともっと深い関係になっていくなんて思ってもいなかった。
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